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第16話 午後実習⑬ 事情聴取③

 第16話 午後実習⑬ 事情聴取③


 ※黒田 庄兵衛(くろだ しゅうべい)視点


 トゥルルルル……トゥルルルル……


 着信音が鳴った瞬間、わたしは短く息を吐いた。このタイミングでか、と胸の奥で小さく毒づく。だが、表情には一切出さない。


「すまないが、少し待っていてくれないか」


 少年から視線を外さぬまま、数歩だけ距離を取る。背中に感じるのは、少年の緊張――そして、説明のつかない“揺らぎ”。


 その揺らぎは、今日の午後四時半からずっと続いていた。


 新人研修の自己紹介が始まった頃。本来なら、わたしの直感スキルは危険の兆しを敏感に拾う。頭痛、胸騒ぎ、皮膚の粟立ち、幻視――形はどうあれ、必ず反応する。


 だが今日は違った。スキルの反応がない。


 新人が不可思議な体験をした? 石碑がエラーを吐いた? ダンジョンカートが勝手に動いた? 新人にしてはあり得ない体験をしている少年。


 これらの体験談は、どう考えても不自然だ。ギルドGメンとしての経験が、疑念を強く刺激する。ここで、本来なら直感スキルが真っ先に喚き散らすはずだ。


 なのに――沈黙。


 まるで、感覚そのものに蓋をされたような静けさ。


(……この沈黙は、危険の前兆じゃない。もっと別の……“何か”だ)


 背筋に冷たいものが走る。直感が働かないのではない。働けない状況に置かれている。


 理由は分からない。だが、目の前の少年と向き合っている間だけ、自分の“本能”が鈍る。


(……この子は、何だ?)


 問いは胸の奥に沈んだまま、答えを得られない。わたしはスマホを耳に当て、通話ボタンを押した。


「黒田だ。どうした」


 最初の数秒は、いつも通りの定時報告だった。だが、通話の向こうの声が急に低くなる。


『迷宮省の審議官に代わる』


 審議官といえば、事務次官に次ぐ各官僚ナンバー2のポストだ。


(そのナンバー2が、なぜわたしに……)


 気づけば、わたしの眉間にしわが寄っていた。


(……嫌な予感が当たったか)


 通話の向こうから、落ち着いた、しかし異様に硬い声が響く。


『わたしは迷宮省審議官の後藤田だ。よろしく頼む。唐突ですまないが、黒田君。石川の御経塚ダンジョン十階層で魔物進軍掃討戦モンスターパレードウォーが発生した。第二防衛拠点が突破されかけている。ただちに応援に向かってほしい』


「……迷宮省の審議官が直接? 地元ギルドを飛び越える越権行為をする理由が、何かおありということでしょうか?」


『ああ。今回は“特例”だ』


 特例――その言葉が、わたしの胸に重く沈む。


 そして次の一言が、空気を凍らせた。


『そこに“例の子供”がいるんだろう?』


「……例の?」


『政府管理下の預言者が言っていた。

 今日この日、“人類の味方にも敵にもなり得る存在”が生まれると』


 わたしの呼吸が一瞬止まる。


 預言者――的中率95%。

 政府が厳重に保護する預言者。その言葉は、軽く扱えない。


『その存在が、今そちらにいる』


「……本気で、そう言っているんですか」


『本気だ。……選ばせろ。政府の管理下に入るか、探索者ギルドの管理下に入るか』


 わたしは奥歯を噛みしめた。


『拒否するなら、政府の監視対象に置く。……家族も、友人も、だ』


「……脅しですか。それをわたしの口から伝えろと……」


『違う。これは“警告”だ。危険と判断すれば、排除も辞さない。だが――人類の味方になるのなら、こちらも真摯に向き合う』


 そして最後に、決定的な一言。


『人類側につく気があるなら、石川の戦場に参加してほしい。そこで力を示せば、政府もギルドも保護を約束する――そう、彼に伝えてほしい』


 一方的に政府側の要件だけを伝え、通話が切れた。


 わたしはしばらく動けなかった。胸の奥から、長く重い息が漏れる。


(……やはり、今日が“その日”か)


 一週間前から続く胸騒ぎ。夢に現れた不吉な影。直感スキルの沈黙。

 すべてが一本の線で繋がっていく。

 そして――目の前の少年を見た瞬間、確信に変わった。


(敵ではない。少なくとも、今のところは)


 直感が沈黙しているのは、“危険ではない”という証でもある。

 問題は――政府がそれをどう扱うか、だ。


 わたしはスマホをしまうと、ゆっくりと少年の方へ向き直った。その表情は、先ほどまでの柔らかさを完全に消し去り、Aランク探索者としての“覚悟”を宿していた。


 そして、静かに告げる。


「……朝倉君。少し、話が変わった」


 ◆◇◆◇◆◇


※翔太視点


 頭が真っ白になった僕。

 叶うことなら、とっとと肉体をほっぽって、魂になって天国に避難したい気分だ。

 で、天国に着いたら無邪気なサイコ妖精さんと、可愛い天使さんとチェンジしたい。


 ただ、叶うわけがない夢を見たところで空しくなるだけ、とっとと現実に戻るとするか。


 そんなこんなで現実に復帰してみれば、フェアによる最新念話情報が、頭の中を駆け巡る。その度に、精神がガリガリ削られる。


 これまで生きてきた中で最高難度のプレッシャーに晒されているんだけど、その割に精神は冷静に保てている。なぜ?と疑問を浮かべるまでもないことで、その答えの主は僕の肩に透明化したままちょこんと座り、半熟煮卵を美味しそうに食べている。


(美味しいデース!!)


 もしかして、この妖精さん、若干、頭にきているような気がする。


 ちなみにこの半熟卵、黒田さんから見えないように、背中の後ろに両手を回し、その体勢で卵生成をした品で、フェアが即座に透明化の生活魔術を行使したから、卵も黒田さんから見えていない。


(腹が減っては戦は出来ないですから、翔太様、もっとほしいです〜)


(……あの〜、フェアさんや、そんなにやる気を出されても困るんだけど……)


(任せてください翔太様〜。フェア、やる時はやる妖精なんですよ〜)


(はいはい、自称、祝福の妖精さん、頼んだよ)


 黒田さんが戻ってくる気配がした瞬間、僕の背中の筋肉が、勝手にピンッと伸びた。


 これは、授業中に真面目に授業を受けているフリをしていたら、

 真後ろを先生が通り過ぎて、「よし、やり過ごした……」と思った瞬間に、

 いきなり振り返られた時の、あの心臓がキュッと縮む感覚にそっくりだ。


 ただし、こっちのほうが百倍辛いものがある。


 先生はせいぜい怒るだけだけど、

 ギルドGメンの黒田さんは――僕の人生の分岐点を握っている。


 想像しただけで胃がキュッと鳴る。

 これは空腹じゃない。いや、ホントにそうか?

 そういや、僕、自分の卵生成で作った卵、まだ一回も食べてなかったな。


 黒田さんが立ち止まる。

 その瞬間、空気が“ピシッ”と音を立てた気がした。


(翔太様〜、黒田さん、覚悟決めてますね〜)


(やめて……その“覚悟”って言葉が一番怖いんだよ……)


「……朝倉君。少し、話が変わった」


 黒田さんの声は、さっきまでの柔らかさを完全に捨て去っていた。


 重い。硬い。覚悟を帯びた声。

 僕の心臓が、胸の奥でドクンと跳ねた。


(翔太様、落ち着いてくださいね〜。

 政府の通話内容、全部お伝えしましたけど〜……難しいならフェアがパパッと解決しますよ)


(ありがとう、フェア。煮卵あげるから取っておいで……それっ)


 先ほど黒田さんの通話中、隙をみながら余分に作り置きして『卵BOX』に収納した品(透明化煮卵)を背中に回した手から取り出すと、後ろにそっと放り投げてみた。


 すると、フェアは透明化した状態のまま、可愛い羽の生えたパピヨン犬となって、急いで羽根を広げて飛び立った。


(ワンワンワン!!)


 犬になり切ったフェアが卵を追いかけていく姿が、僕の視界にくっきり映る。


(……犬型妖精ってなんだよ。それ、需要ないと思うけど)


 という素朴な疑問はひとまず横に置いておくとして。


(空元気で不安をかき消すにも、さすがに限度があるよね)


 そうは言っても、間もなく訪れる現実の壁から逃れる術はない。


(……はぁ。逃げたい。でも逃げられない)


 だからこそ、真面目に検討する必要がある。


 究極の選択――


 政府の管理下か、ギルドの管理下か、その二択から選択……しろって。


(はあぁ、いやいやいやいや。

 そんなの、普通の人生で迫られる選択じゃない)


 僕の頭の中に、“政府管理下”という言葉が浮かぶ。

 それに関連して、さまざまな想像が脳裏に浮かんでは消えていく。


 国家公務員。徹夜続き。ブラック労働。自衛軍で連日連夜のしごき。国家情報局員。国外諜報の最前線。海外派遣。外交カード。海外工作員まがいの汚れ仕事。そして国に見捨てられ……最後はあえない最期を遂げる……


(……いやいやいやいや)


 僕は小市民だ。生まれた国で、静かに、ひっそり、小恋路と平和に暮らしたいだけだ。


 海外で戦争代行? 海外で交渉? 海外で命がけの任務? 絶対イヤだ。


 対するギルドは国内の特定非営利活動法人組織なので、税金投入されているけど、ある程度の自由があるように思える。


 成人したら最初に購入する車は軽四でいい。

 高級外車なんて僕のキャラじゃないし、マンションの最上階なんて肩が凝るし、なんか落ち着かない。そもそも派手な生活なんて望んでない。


 小恋路とそれなりに幸せに暮らせればそれで満足する、そんなちっぽけな人間なんだから、そんな重い責任を押し付けるのは、勘弁してほしいんだけど。


(翔太様〜、じゃあギルドにお世話になる方向で“翔太様育成計画”を再更新しますね〜)


(……ほどほどで頼むよ。ほんとに)


(了解でーす。

 “ほどほど”という言葉を、フェア日記に登録しておきますね〜)


(頼むから、そこだけは本気で守って……)


 黒田さんは、僕の混乱を見透かしたように、静かに、しかし逃げ場のない声で言葉を重ねた。


「朝倉君にとっては、はなはだ迷惑な話だが――じっくり腰を据えて話をしなければならなくなった」


 本当は全部知っているんだけど、惚けた答えを返す。


「えっ、どういうことですか?」


「電話を受けて、いろいろ厄介事の対処をしなければいけなくなってね。それは、朝倉君にとっても無関係ではないところが悩ましいのだが、こちらとしては、もうあまり時間がとれない。だから腹を割って話をしたい」


 ここまで腹を割ってくれるなんて正直助かる。高圧的に来られたら、うちの無邪気なサイコ妖精さん、何するか予測不可能だから、願ったり叶ったりなんだけど。


「まず最初に宣言しよう。わたしはこれから一切の嘘はつかないと約束する。わたしの立場から朝倉君に助言もしよう。わたしは君の味方だと思ってくれて構わない。だからわたしを信用してほしい。……まあ、初対面の人間にこう言われても戸惑うしかないと思うが、ここまではいいかね」


 うんうん、僕の中で黒田さんの好感度が爆上がり中だ。ただ、それを顔に出してしまうと、これまでの演技が台無しになるので、このまま演技続行。


「これから話すのは重たい話ってことですか?」


「ああ、非常に重たい。君の人生を左右するほどの重要な話になる。だから、朝倉君にも腹を割って話をしてほしい。……できるかね?」


(う〜む……。黒田さんには悪いけど、難しいかな。だって、僕の腹の中には、フェアという超大型時限爆弾が隠れているからね)


 ――触るな危険。――叩くと爆発。――大惨事。


(そんな未来、こちらから願い下げしたいんで、なんとか煙に巻くしかない)


「なるべくそうするように答えますけど……内容によりますね」


「そうだな、今はそれで構わない。さて、次の話に進む前に、聞きたいことがひとつあってね……朝倉君、君――わたしに何かしたかね?」


 唐突に繰り出された、僕の目を突き刺す鋭い目つき。


 通話前までの僕なら、これほどの会心の一撃を食らったら、思わずのけぞるか、冷や汗がドバドバ流れ落ちていたことだろう。


 しかし、先ほどまでの失態を演じた僕の支援対策として、改善策を講じたとフェアから刹那の思念波が届く。そのおかげもあって、今現在、僕の深層心理は冷静に保つようにコントロールされているらしい。


(そっか〜、これくらいの実力者になると、簡単にバレるんだね。ま、勉強になった)


 だから、こんな悠長なことを考える余裕があったりする。


 でも、そんな素振りは一切見せず、何も知らないふりをする。


「……え、なにかって?」


「……いや、いい。答えなくても構わない。おそらく、どうしても答えられない理由があるのだろう。ただ、それがないと少々不便でね。この後、待っている用事に無くてはならないものなのだよ。あとで必要な状態にしておいてくれると助かる。それで追及はしない――……」


(だそうだよ。フェアさん……)


(……ごめんなさい、翔太様。次からは、もっと上手くやりますね)


(その前にちゃんと報告して、連絡して、相談もしてね)


 そんな思念のやり取りをしながらも、言質を取られないよう、無言を貫く。


「……………」


「さて、次に本題に入ろうか。先ほどの通信相手は、迷宮省事務方ナンバー2の政府高官からだった。その政府高官から、君に言伝を預かっている」


「……僕にですか?」


「そうだ。わたしも最初は耳を疑ったが、どうやら政府は本気らしい。その政府高官から、君に選択肢が二つ提示された」


「――政府の管理下に入るか。――探索者ギルドの管理下に入るか」


「そして、こうも言っていた。もしも拒否するなら、家族も友人も政府の監視対象下に置くと……」


「そうですか……」


「ずいぶん落ち着いているものだね。わたしが最初に感じた印象とは、随分違う。もっと怖がるものだとばかり思っていたよ。朝倉君、ここまでで何か質問はあるかね」


 黒田さんは、やっぱり一流の探索者だ。フェアの修正改善策の穴を、確実についてくる。確かに、十五歳の未成年、しかも探索者の新人がこの状況下で落ち着いているのは、どうにも不自然だ。


(とりあえず、フェアさん、僕に施してある精神安定の改善策はストップの方向でよろしく)


(アイアイサー)


 フェアさんがすぐに対応してくれたようで、額から徐々に冷や汗が浮き出してくる。


(……やばい、汗が止まらない……

 でも、ここで取り乱したら逆に怪しまれる……!)


「その、何と言っていいか……頭が真っ白で……」


「探索者研修を受けに来た新人には、あまりに酷な状況だ。

 そうなるのは自然だよ。だが――この話は、まだ終わりではない」


 黒田の声は、さらに低く沈んだ。


「君の存在そのものが“人類にとって危険”と判断されれば、排除も辞さない。

 だが逆に、人類の味方になるのであれば……政府もギルドも、真摯に向き合う」


 一拍置いて、黒田は続けた。


「最後に、政府からの伝言だ。

 ――人類側につく気があるなら、石川の御経塚ダンジョン十階層へ向かってほしい。

 今まさに魔物進軍掃討戦モンスターパレードウォーが発生しており、第二防衛拠点が突破されかけている」


 黒田の目が、まっすぐ僕を射抜く。


「そこで“力”を示せば、政府もギルドも君を保護すると約束した」


 黒田は一度だけ息を整えた。


「……そう言い残して、通話は切れた」


 黒田さんの言葉が胸に重く沈んでいく。

 胃のあたりがキュッと縮む。いや、これは空腹じゃない。たぶん。


(……どうしよう。どう答えるのが正解なんだろう)


 フェアは僕の背後で透明化したまま、さっき投げた煮卵をもぐもぐしている。


(翔太様〜、落ち着いてくださいね〜。フェアはいつでも“後方支援”できますから〜)


(……その“支援”が一番怖いんだけど)


 深呼吸。

 空元気でもいい。震えててもいい。ちっぽけなままでいい。

 小恋路との居場所を守るために、僕は僕なりの勇気を振り絞る。


「……黒田さん」


 声が少しだけ震えた。でも、なんとか続ける。


「僕……正直、頭が追いついてなくて……でも、いまの自分の気持ちを正直に言うと……」


 喉がひゅっと鳴った。

 黒田さんの視線が、まっすぐ僕を射抜いてくる。


「僕は……探索者になる夢を持つ小恋路の背中を守るため、同じ道を志しました……人類の敵とか味方とか、僕にとっては些細な問題でしかありません。小恋路を守れれば、一緒の道を歩き続けられたら、それで良いんです。これが答えになりませんか?」


 黒田さんは、しばらく僕を見つめていた。

 その目は、脅すでもなく、疑うでもなく――ただ、真剣に“見極めよう”としていた。


 そして、ゆっくりと頷いた。


「……そうか。いまはそれで十分だ」


 黒田さんは、どこか安心したように微笑むが、すぐに表情を引き締める。


「ただ、そうなると、朝倉君に立ちはだかる最初の壁が、御経塚ダンジョンの魔物進軍掃討戦モンスターパレードウォーになるが……それでも、立ち向かう覚悟はあるかね?」


「一度覚悟を持って口にしたことを、怖いからって引っ込める。そんなの小恋路には恥ずかしくて言えません。だから戦います」


「よく言った。君の覚悟は確かに受け取った。すまないが、だいぶ時間が押している。政府から提示された二択の選択肢は、無事に生還してからゆっくり考えるといい。

 では、これより――特別新人実習をおこなう」


「特別講師は、わたし――黒田庄兵衛と赤槻万理華。受講者は――朝倉翔太。あと、誰か連れていきたい仲間がいれば、この際だ。一緒に連れて行ってやる。名前を言えば、こちらで手配するが、どうする?」


(巻き込むのは怖い。でも、僕は一人じゃ戦えない)


「はい、ありがとうございます。本人が行くか行かないかは別にして、僕が推薦する人物は――」


 僕は、今日一日、一緒に新人研修を受講していた仲間、八神小恋路、上杉憲政、武田新之助、京極マリア、そして保護者枠で八神優斗の名前を挙げた。


 僕が推した推薦者の名前を聞いた黒田さんは、急ぎスマホで通話を始め、相手先のもう一人のギルドGメンスタッフ、赤槻万理華さんに次々と指示を飛ばしていく。


 実際、一人を除き、僕を含めて全員新人なので、普通なら前線に出ることすら許されない戦場だ。参加権が下りるはずもないのだけど、何回かの通話のやり取りで、サポーター枠として参加権を取得できたようだ。


 赤槻さんが、僕が推薦した五人のメンバーに参加するかどうか、最終判断を仰いだところ、全員参加の意向を示したそうだ。


 五人のメンバーと赤槻さんは、空飛ぶダンジョンカートに乗って、先にこの場を後にする。


 この場に残された僕と黒田さんだけど、特命上級Gメンの肩書をもつこの人は、通話を切っては通話をしての繰り返しで、もう少し時間が掛かりそうな様子だ。


 その間、次に検討すべきは移動手段だ。

 新幹線で富山―金沢間の距離なら二十分ちょいあれば移動できるけど、探索者の移動手段はそうじゃなかった。


 僕は今日初めて知ったけど、探索者の移動手段は、石碑の近くの地面に刻み込まれた幾つかの円形魔法陣――迷宮ポーター、それを経由して他の迷宮に直接転移できるようだ。


(……てかゲームかよ。いや、現実なんだけど……)


 もちろん、パーティーリーダーが入った石碑登録済みの他迷宮で、第一階層と十階層刻みに存在する迷宮ポーターを使う必要がある。

 石碑端末からポーター使用手続きを行い、移動距離コストに応じた一定額のDPを支払う、というめんどい縛りがあるけど、それさえクリアできれば、時間的制約を大幅に短縮することが出来る。


 つまり、次の目的地に向かうには、まず第一階層の石碑前に辿り着く必要がある。


 黒田さんは、一通りの通話を終えると、


「……すまない。待たせたな」


 そう軽く謝罪したあと、おもむろに右手を前にかざし、「黒馬召喚」と声を張る。


 黒田さんの周囲の空気が、わずかに震えた。

 直後、地面に黒い穴が広がり、そこから馬具を纏った黒馬が浮かび上がる。


 伝説のアニメ、北〇の拳に登場する黒い名馬そっくりの、威風堂々とした姿。

 思わず、目を大きく見開いたまま釘付けになってしまった。


(おお、かっこいい!!)


「では、これに乗って移動する。朝倉君は後ろだ。乗ったら、しっかり背中にしがみ付いていろ」


「はい」


(乗馬初体験……わくわく)


 素早く黒馬の背に乗った黒田さんは、僕に向かって手を差し出す。その手をとると、勢いよく引っ張られ、気付いた時には黒田さんの背後に乗っていた。


「移動中、舌を噛むから口は閉じてろ。では出発だ」


 という掛け声とともに、僕らは一路、石碑の方角を目指した。

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