第1話 新人探索者研修 受講手続き
世界各地に迷宮が現れてから、五十年が経った。
二一世紀中期の今も、迷宮そのものは“異常事態”のままだ。
それでも、人類はその異常と共存するほかなくなっていた。
迷宮は、危険と隣り合わせのまま、電気や水道のように止まれば社会そのものが揺らぐほど、深く生活に食い込んでいる。
そんな迷宮時代の只中で――
半世紀ぶりに、神々の思惑が盤上で交差しようとしていた。
神々の盤上に置かれるのは、選ばれた駒だけだ。
そもそも選ばれなかった者は、盤の上に立つことすら許されない。
いま、その指先が、ひとつの駒へと触れようとしていた。
それが新しい時代の始まりを告げる一手だと、この時まだ誰も知らない。
◆◇◆◇◆◇
迷宮と共に歩む道を選んだ人類に、ある日――世界中を巻き込む大激震が走った。
「とある迷宮が踏破された」
その事実そのものは、まだ誰もが理解できる範疇だった。
踏破とは、ひとつの迷宮が一定期間中に何度も走破(ボス討伐)され、
やがて迷宮核の間が露わになった段階で、その迷宮核を破壊することを指す迷宮用語だ。
問題は、その迷宮が踏破された“後”だった。
その迷宮は、縄文時代を模した世界観を持ち、縄文衣装を着たNPCが集落を作って暮らす階層が続く、全四十階層構造のC級ダンジョンだった。最奥には、ボス部屋と迷宮核の間が用意されている――はずの場所だった。
本来、NPC(Non-Player Character)は、探索者用にクエストを発生させたり、物資や情報を売買するための“ゲームシステム上の装置”として設計された存在だ。
決まったセリフを繰り返し、決まった条件でイベントを起こし、
決まった報酬を渡すだけで、
そこに「心」や「生活」は想定されていない。
魔物に殺されても次の日には生き返り、
歳も取らない。子どもも産まない。
迷宮から出ることも決して叶わない。
迷宮に捕らわれた、魔物への生け贄。
ただ毎日、迷宮の指示のまま動く、生ける屍のような存在――少なくとも、迷宮に挑み続けた探索者たちは、五十年間、そう信じてきた。
今回、その法則が根底から崩れ去った。
迷宮が踏破された時――これまで一度も確認されたことのない“奇跡”が起きたのだ。
NPCは解放された。迷宮から。
五十年前が起点となった、ダンジョンに囚われ続けてきた“魂の囚人たち”。
彼等彼女等は、失われていた時代の記憶を取り戻し、
これまで魔物に何千回、何万回と殺され続けた痛みを抱えたまま、
人間として最後の瞬間を迎えたときの記憶をも取り戻し、
NPCは――縄文人の衣服を着たまま、
人間として最後の時を迎える、その直前の外見のままで、
再び、現代という異邦の大地を踏むことになった。
まるで、竜宮城をあとにして歳が取らなかった浦島 太郎のように。
その数、およそ十万人。
田んぼの真ん中に現れた縄文服の若者たちが、泥に沈む足を引きずるようにしてゆっくりと目を開けた。朝露が草の葉を震わせ、遠くでヒバリが一声鳴く。最初の一人が、かすれた声で言った。
「ここはどこだ……」
その声が風に乗って広がると、次々と同じような声が返ってきた。
「また死ぬ夢か」
「もう死ぬのは嫌だ」
「だれか助けて」
泣き崩れる者、抱き合う者、怒りを露わにする者。
十万人という数字は、あとから突きつけられる冷たい現実であるが、今この瞬間は、ただ一人の声だけが、世界の中心にあった。
この事実を、世界が完全に理解するには、少しばかり時間が必要だった。
だが、当事者国である日本政府は、この日から時間に追われた。
なぜ、迷宮がそうした振る舞いをしたのか?
なぜ、他の迷宮では起こらないのか?
この“奇跡”はいったい何を意味するのか?
疑問が尽きることはなかったが、その理由づけと理論立ては、ひとまず迷宮学を専門とする学者たちに委ねられた。
日本政府は即座に動き、帰還した日本国民に保護の手を差し伸べる政策――『帰還者保護プログラム』を発表、この政策を最優先で推し進めることになった。
日本のネット空間は沸き立っていた。
669 名前:名無し探索者さん:2049/07/31(土) 13:06:15 ID:h28aXH3hA8Bv
大ニュース、C級ダンジョンから死者が生き返って生還!!
670 名前:名無し探索者さん:2049/07/31(土) 13:06:18 ID:1121WWzjJDtq
マジっすか
671 名前:名無し探索者さん:2049/07/31(土) 13:06:25 ID:168fQjt9j/RZ
当たりも当たり、大当たりじゃー
672 名前:名無し探索者さん:2049/07/31(土) 13:06:35 ID:z50bLP9IJ1Gp
踏破されて、大当たり、ってパチンコかよ
673 名前:名無し探索者さん:2049/07/31(土) 13:06:40 ID:RYhSsFvtgDr11
11年前にダンジョンで死んだ兄、実家にただいまと帰ってきた件
更には、ハッシュタグがネットのトレンドを席巻する。
#C級踏破、#帰還者、#竜宮からの帰還、#迷宮アップデート、#迷宮恩恵更新。
YourTubeでは、生還者たちの生映像コンテンツが乱立し、視聴数は秒単位で跳ね上がった。
地上波テレビも各社一斉に速報を流した後は、緊急事態の生報道番組が差し込まれ、それ一色の状況。
世間の関心が未知の現象に向かう先で、迷宮省の役人たちは、“とある少年”の動向について、これまで以上の監視体制を敷くこととした。
とある場所にて、この‟奇跡”を軽々と起こした存在は、くすくすと笑う。
「さーて、面白くなってきましたよ~、第二迷宮神サイドの魔人陣営はどう動くんでしょうね~、楽しみです~」
そう言い残した存在は、四枚の羽根を羽ばたかせ、暗い夜空へと高く舞い上がっていった。
神々の盤上にそっと一つの駒が置かれた。
それは、新たな神の領域が、静かに盤上に割り込んだことを示していた。
後に“卵売りの迷宮術師”と呼ばれる少年、朝倉 翔太は、まだ自分が世界の行方を左右する一手になることを知らない。
そして、時間は少し巻き戻る。
◆◇◆◇◆◇
2049年7月21日(水)
夏休み初日の朝。
アパートの前には、蝉の声と、じっとりとした夏の匂いが満ちていた。
湿った空気の中に、どこか懐かしい“長い休みの始まり”の気配が漂っていた。
僕――朝倉 翔太(15歳)は、玄関で靴紐を結びながら深呼吸した。
(……今日は探索者・新人研修日。ついに迷宮に入る資格を得る日が来た……)
正直、探索者になりたいって気持ちは、そこまで強くなかった。今日だって、どちらかといえば“デートついでのイベント”くらいの温度だ。小恋路たちの付き添いで、青春の一ページを増やしに行く──その程度の覚悟しか、今の僕にはない。
……そういえば、僕と小恋路が付き合い始めたのも、ふとしたきっかけだった。
僕たちは、隣人同士の部屋を行き来して、暇さえあれば格闘ゲーム対戦やら、MMORPGゲームをして遊んでいた。
中学三年の春先のとある日、「最近、クラスの中で付き合いだした子たちいるよね」と他愛もない話をしていたら、小恋路がふいに言った。
「じゃあ、わたしたちも付き合ってみる?」
そんな半分冗談みたいな一言から、僕たちの付き合いは始まった。
玄関ドアを開けた瞬間、夏の空気が少しだけ軽くなった気がした。
小恋路が、ちょうど隣のドアから出てきた。
「おはよう、翔太。寝癖、まだ残ってるよ」
「えっ、マジで……?」
小恋路は笑いながら、僕の黒髪の跳ねた部分をそっと整えてくれた。
指先が触れた瞬間、心臓の鼓動がドキッと鳴った。
(……幼馴染から異性にジョブチェンジしてから、毎日ドキドキしっぱなしだよ)
僕の袖をつまむ癖は昔からだけど、最近は、それをされると胸が急に苦しくなるんだ。思春期特有の異性として意識しだすから自然とそうなる。
そういうわけで、お互い意識しすぎて、初キッスすら出来てない関係だ。
朝の光を受けて揺れる黒髪ロング。
白いブラウスと淡い水色のスカートが、夏の空気に溶け込むように軽やかだ。
歩くだけで視線をさらう透明感のある美少女。
(……いや、本人に言ったら絶対いじられるけど)
そんな外見とは裏腹に、家族親戚そろって探索者という“筋金入り”の家に生まれた彼女は、物心ついた頃から「いずれ迷宮に潜るもの」として育てられてきた。
それが八神 小恋路だ。
アパート前には、母さんの軽自動車が停まっていた。
「二人とも乗りなさい。駅まで送るよ」
「ありがとうございます、お母さん」
小恋路が丁寧に頭を下げると、母さんは嬉しそうに目を細めた。
(……母さん、小恋路には甘いんだよな……)
車に乗り込み、僕らは富山駅へ向かった。
◆◇◆◇◆◇
富山駅前の噴水広場は、朝の光を反射してきらきら輝いていた。
水しぶきが風に乗って頬に触れ、夏の始まりを告げていた。
「おはよう。二人とも早いな」
すでに上杉 憲政が立っていた。待ち合わせ時間の三十分前。
黒髪のロン毛を後ろで束ね、姿勢の良さが目を引く長身の剣道男子。
制服じゃなくても、どこか“武士”のような雰囲気があった。
「上杉、来るの早すぎない? まだ三十分前だよ」
「遅れるよりはいい」
(……ほんと、上杉は時間に厳しい……)
待ち合わせ十分前。噴水の向こうから大声が響いた。
「おーい! お前らー! 待たせたなー!」
噴水広場の向こうから、武田新之助が全力ダッシュで走ってきた。
背が高く、野球部で鍛えた体格に日焼けした肌。
汗を拭いながら笑う姿は、真夏の陽射しを背負った“夏のスポーツ少年”そのものだ。
「武田はん、走ると汗が飛ぶでありんす……」
その少し後ろから、石畳をコツコツと踏みしめて歩いてくる京極マリア。
黒髪をかんざしでまとめたお団子ヘアに、落ち着いた和風の雰囲気。
三年間の演劇部で時代劇に心酔したせいか、その立ち居振る舞いは妙に優雅だ。片手の扇子で、ぱたぱたと自分の顔をあおいでいる。
「マリア、今日も扇子持ってきたの?」
「ええ、これがないと落ち着かないでありんす」
(……このメンバー、ほんと個性強いな。見てて飽きがこないから、まあいいけどさ)
こうして、僕たち五人は噴水広場に揃った。
◆◇◆◇◆◇
電車がホームに滑り込んできた。
金属の軋む音と、夏の空気を押しのけるような風が吹き抜けた。
「よし、乗るぞー!」
武田が勢いよく乗り込み、僕らも続いた。
車内は通勤客と観光客が半々くらい。
窓の外には、富山の街並みがゆっくりと後ろへ流れていく。
小恋路は窓際に座り、頬を寄せて外を眺めていた。
「今日、蜃気楼見えるかな……?」
「見えたら縁起いいよね」
僕が言うと、上杉が淡々《たんたん》と返す。
「蜃気楼は気象条件が揃わないと見えない。期待しすぎるな」
「夢がねぇなぁ上杉は!」
武田が笑い、マリアは扇子で口元を隠しながら微笑んだ。
「まあまあ。今日は記念日でありんすから、縁起は良い方がいいでありんしょう」
電車が海沿いに出ると、青い海が一気に視界に広がった。
小恋路が嬉しそうに指をさす。
「見て翔太、海きれい!」
「ほんとだ……」
その横顔が眩しくて、僕は少しだけ目をそらした。
◆◇◆◇◆◇
魚津駅に到着すると、潮風と夏の匂いが混ざった空気が流れ込んできた。
「うわ、海の匂いする!」
武田が深呼吸し、マリアは扇子をぱたぱた。
「魚津といえば蜃気楼でありんすね。見えたら幸運の兆しでありんすよ」
上杉は駅前の案内板を確認しながら言った。
「探索者ギルドは徒歩10分。海沿いの道を行く」
「よっしゃ、行くぞ!」
僕たちは海風に吹かれながら歩き始めた。
「そういえばさ」
小恋路が、ふと思い出したように口を開く。
「魚津ギルドの中にある初心者ダンジョン、名前知ってる? 霧の遺跡迷宮っていうんだって。前に兄さんが教えてくれたの」
「なんだそれ、カッコいいじゃん」
「Fランクで十階層、その先にボス部屋がある迷宮だったかな? 薄い霧が流れる古代遺跡みたいな段々構造で、マチュピチュの遺跡が霧の中に沈んでるみたいな景色らしいよ」
僕の頭の中に、白い霧と石段の風景がぼんやりと浮かぶ。
「しかもね、その薄い霧のどこかに“妖精”が隠れていて、その妖精と仲良くなれたら幸せが舞い降りるんだって。ほんとかどうかは分からないけど、そういうロマンチックな噂があるらしいよ」
「妖精さんと友達になるのは、小さい頃からの夢でありんした」
マリアが、ふわっと目を輝かせた。
「俺は妖精より、伝説の武器の方がほしいけどな」
武田が即答すると、上杉がため息まじりに刺してきた。
「まずその前に、その脳筋の脳みそを妖精に交換してもらったらどうだ」
「おいおい上杉、ケンカ売ってんのか?」
武田が指先をわちゃわちゃさせながら絡みにいき、上杉が冷たい目でいなす。
「はいはい、じゃれ合ってたら時間に遅れるよ」
僕は二人をなだめながら、胸の奥が少しだけ弾むのを感じていた。
(……こういう他愛もないやり取り、僕は結構好きなんだよな)
◆◇◆◇◆◇
海沿いの道を抜けると、
近代的な建物――魚津探索者ギルドが見えてきた。
「ここが噂の探索者ギルドか! テンション上がってきた!」
武田が両手を広げた、その時。
ギルド玄関前の車寄せに、黒光りする高級車が静かに滑り込んだ。
運転手が素早く降り、後部座席のドアを恭しく開けた。
そこから姿を現したのは、見覚えのある顔。
中学三年の同級生。
地元企業の御曹司。
元・生徒会長。
――佐々木 勝正。
取り巻きの男子二人と、“第一夫人候補”と噂されていた女子が続く。
佐々木は僕らを見た瞬間、口の端だけを吊り上げた。
「お前ら、どこかで見た面だと思ったら……ああ、八神か。偶然だな」
小恋路の表情が、わずかに曇った。
「お前らも新人登録か?
あんま、俺たちの学校の名誉を下げるような真似すんなよ」
すぐ横から取り巻きが、鼻で笑った。
「醜態さらすなッス」
“第一夫人候補”の女子は、わざとらしくため息をつく。
「庶民は庶民らしく、身の丈を知ることね」
(……相変わらずだな、この人たち……)
佐々木は、小恋路にだけ声色を変えた。
「八神。《《そんなの》》と付き合うくらいなら、俺と付き合った方がいいぞ。
早めに申し込んでもらわないと、第二夫人の座も埋まっちまうからな」
(……そんなのって、本人を目の前にして言うセリフじゃないよね)
小恋路は、ほんの一瞬だけ僕の袖をつまんでから――
まっすぐ佐々木を見た。
「……ごめんね佐々木くん。私、翔太と一緒にいたいから」
その言葉を聞いた瞬間、僕の心臓が、変な音を立てた。
(ちょ、ちょっと待って小恋路さん……
そんな直球……僕のHPがゼロになる……)
佐々木は短く目を細め、それから興味をなくしたように肩をすくめた。
「……そうかよ。
まあいい。八神、気が変わったらいつでも言えよ?」
それだけ言い残し、佐々木たちはギルドの自動ドアへと歩き出した。
迎えに立つ重役と思われるギルド関係者たちが、握手を交わして佐々木たちを歓迎し、歩き出す姿を見送った。
高級車は、運転手の操作で静かに脇へ移動し、車寄せの端で待機した。
(……ふぅ……胃がキュッて鳴ったのは、たぶん気のせいじゃない……)
◆◇◆◇◆◇
自動ドアの奥へ消えていく後ろ姿を睨みつけ、武田がギリッと奥歯を鳴らした。
「……なんだアイツ。相変わらずムカつくな。ギルド重役がお出迎えってことは、お一人様五十万ビップコースってやつだろ。なんかよ、世間の冷たい風を感じるぜ」
「放っておけ。関わるだけ無駄だ」
上杉はすでに興味を失ったように視線を外し、淡々《たんたん》と切り捨てた。
「気にしない方がいいでありんすよ。あのような輩は、いずれ自滅するでありんす」
マリアは口元を扇子で隠しながら、どこか楽しげに目を細めた。
小恋路は僕の袖をそっとつまむ。
「翔太……大丈夫?」
「う、うん……ていうか、佐々木君を簡単にあしらってたけど、さすが小恋路さん。この調子で僕を守ってください。一生コバンザメみたいに、しがみついて離さないからさ」
「えー、そこは『俺が守ってやるぜ』って、前に出るところじゃないの?」
「そこは、まあ、今日の新人研修しだいかな」
(……正直、めっちゃ嫌だけど、軽口叩いて耐えるしかないんだよね……ああ、嫌だ嫌だ……こういうところが、小市民の辛いところなんだよね)
でも、ここで空気を引きずるわけにはいかない。
「よし。気分入れ替えて、受付の列に並ぶとしようか」
「うへ~、どんだけ時間かかるんだろうな」
「わかんね。庶民は庶民らしく、並ぶとしよう」
僕たちは気持ちを切り替え、探索者ギルドの自動ドアをくぐった。
◆◇◆◇◆◇
受付フロアは、市役所の堅苦しさとゲームセンターの賑やかさを
無理やり混ぜたような空間だった。
壁には迷宮の危険度一覧、天井からは魔石ランプの淡い光。
職員たちは高速で書類を仕分けていた。
「次の方、どうぞー」
呼ばれて列の先頭へ進むと、
受付の女性職員が慣れた手つきで書類を並べた。
「新人探索者登録ですね。承諾書と本人確認書類をお願いします」
小恋路は整った所作でファイルを開き、武田は折れ曲がった承諾書を引っ張り出し、上杉は無駄のない動きで提出し、マリアは扇子を閉じながら優雅に差し出した。
僕は、昨夜母さんから受け取った承諾書がしわにならないよう、クリアファイルに挟んで渡した。
「では登録費用の一万五千円をお願いします」
「カードで」「現金で」「Payで」「Suicaでありんす」
みんなバラバラだ。
僕はぎゅうぎゅうに詰まった千円札を数えながら出した。
「……ちょうどです。確認しました。こちらが登録番号です。
午後のダンジョン講習で必要になりますので、なくさないように」
番号札と簡易IDカードが渡された。
「それと、新人探索者ガイドです。
魔力アレルギーの注意事項、迷宮の基礎知識、
ステータス開示の仕組みなどが書かれていますので、
講義までに目を通しておいてください」
小恋路が受け取り、僕たちに配ってくれた。
武田がガイドブックをめくりながら言う。
「うわ、字ちっさ…… 読みづらくて眠くなってくるな」
上杉は冷たく返す。
「武田、お前はまず“読む習慣”を身につけろ」
「なんだと!」
マリアがくすりと笑う。
「まあまあ、お二人さん。
講義で怒鳴られたくなければ、今のうちに読んでおくでありんすよ」
小恋路がガイドブックを指でとんとん叩きながら言った。
「ほら翔太、ここテストに出るよー?」
「えっ、テストなんかあったっけ。
マジかー、期末テスト終わったばっかなのに、またか……」
上杉がページをめくりながら、ため息混じりに言う。
「翔太、テストなんかないぞ。八神に揶揄われてるだけだ。気づけ」
「……そうなの?」
小恋路は満面の笑みで親指を立てた。
「うん、嘘」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
武田が腹を抱えて笑う。
「翔太、ちょろすぎだろ!」
受付の女性職員が微笑む。
「皆さん仲が良くていいですね。
講義室はエレベーターで三階になります」
「あ、どうも、ありがとうございました!」
僕たちは頭を下げ、エレベーター前へ向かった。
◆◇◆◇◆◇
※佐々木 勝正視点
朝、玄関ホールから講義棟へ向かう途中、子分――茂部野 功が胸を張って言った。
「勝正さん、特別優先研修生の集合教室、俺が案内しますッス。ギルドの人からちゃんと聞いておきましたから大丈夫ッス」
「普通、そのまま案内役が付くものだと思っていたが、さすがは体育会系、杜撰だな」
「他にもお迎えしないといけない優遇新人がいたみたいッスよ」
俺は特に疑いもせずに頷いた。
「そうか、なら任せる」
こいつは典型的なモブだが、それを弁えているから、傍に置いてやっている。こいつの親父が佐々木製薬の部長だから、腰巾着としても、裏切る心配をしなくて済むのが良い。よく失敗はするが、大目に見てやっている。上に立つ人間は、下の人間には寛容さが必要だからな。
「はい、では勝正様、ご案内いたしますッス。どうぞ、足元に気を付けてッス」
茂部の言葉を信じてついて行ったはいいものの――
(……ホントにここか?)
目の前のドアは、明らかに汚れが目立つ。
一人五十万、全員分合わせると総額二百万支払った特別新人研修の肩書に反して、妙に扱いが雑だ。
(まあ、探索者ギルドそのものが体育会系だから、そこまで気が回らないんだろう。多分。おそらく。とりあえず今のところは……)
俺は将来、上に立つ男だ。だからこそ、自分の部下を信じないのは、俺の美学が許さない。ここは部下を信じるとしよう。
もうひとりの腰巾着――朧田 平がドアを開ける。俺は当然のように先頭で講義室に入った。
思ったよりも多くの新人の姿が目に入った。
講義室の中は、広々とした大学講義室のように階段状で、木製の椅子と机がずらりと並んでいた。
人の上に立つ人間は高い場所が似合う。
だから俺は迷わず最後列の机に座った。
「ねぇ勝正様」
当然のように俺の隣に座った高飛車女――氷川 麗香が、距離を縮めて質問してきた。
「どうしてそんなに八神さんにこだわるんですの? 中学の頃からずっと、でしょ?」
「決まっているだろう」
俺は肩をすくめてみせた。
「八神家は“特別”なんだよ。うちのお爺様が、口酸っぱく言ってたからな」
「お爺様が?」
「ああ。『お前は三男なんだから、せめて八神家との縁くらい役に立て』ってな」
軽口のつもりで言ったが、胸の奥がわずかにざわつく。
期待されていない、という言葉の裏返し。
だからこそ、ここで結果を出さなければならない。
「それに――」
俺はわざとらしく笑ってみせた。
「八神 小恋路は、女として見ても一級品だ。血筋も顔も、どれも俺に相応しい」
氷川 麗香は、少しだけ唇を尖らせて黙り込んだ。
「わたし、あの子、嫌いです……あの子は」
麗香がそう言いかけた、そのとき。
講義室の最前列横のドアが開く。
俺のよく知る佐々木家から送り込んだ臨時ギルド指導員が姿を現し、声を張る。
「佐々木様、佐々木様はいらっしゃいますかー?」
「ああ、ここだ」
俺は大きく手を振り上げた。
俺の姿を見たギルド指導員はホッと胸を撫で下ろすと、急ぎ、階段を登って近づいてきた。
◆◇◆◇◆◇
※翔太視点
矢印案内に沿ってエレベーター前に辿り着く。
到着を待つ間、武田が腕を組んで言った。
「いやぁ、一万五千円は痛かったな。
だが、これで俺も“武田家の名を継ぐ男”として一歩前進だ!」
上杉がすかさず突っ込む。
「武田家って……お前の家、普通のサラリーマン家庭だろ」
武田はむっとして言い返す。
「うるせぇ上杉! 親戚の爺が剣術道場やってんだよ。
あながち間違ってねえだぜ」
上杉はため息をつく。
「……その道場、週一で子ども相手に竹刀振ってるだけだろ。
それを“武田家の名”とか言うのは盛りすぎだ」
「盛ってねぇよ! 俺は将来、道場を継ぐ可能性だって――」
「いや、武田。お前、野球部の方が出席率高いだろ」
「ぐっ……! そ、それは……両立してんだよ!」
小恋路が苦笑しながら二人の間に入った。
「もう、二人とも。受付の人が困ってたよ?」
武田は咳払いし、上杉は視線をそらした。
「……悪かった、八神」
「……すまない。気を付けよう」
マリアが扇子をぱたぱたさせながら微笑む。
「あたしは承諾書をお願いするのが一番大変でありんしたよ。
“危ないからダメ”って言われて、泣き落としでござんす」
「マリア……泣き落とししたの?」
「ええ、芸のひとつでありんす。
涙をぽろりと流せば、親御さんもイチコロでありんした」
武田が感心する。
「すげぇな……俺の親父なんて、泣いても怒鳴ってくるぜ」
上杉が淡々《たんたん》と返す。
「武田、お前の泣き顔は“反省してない顔”に見えるからだろ」
確かに。武田の顔は老け顔なんだよな。
中学三年にして髭の剃り跡がはっきり見えてるし。
「なんだとコラァ!」
小恋路が手を叩く。
「はいはい、落ち着いて」
僕はというと――
「……一万五千円、痛かったなぁ……
運よくレアスキル手に入れればいいんだけど」
小恋路が心配そうに覗き込む。
「翔太、手持ちのお金、厳しいんだったら言ってくれたら半分出してもよかったのに」
「いや、それは男としてのプライドが……」
「ふふ、そういうところ好きだけど?」
「……っ!」
小恋路に微笑まれ、心臓が跳ねた。
「じゃあさ、全部終わったら、帰りに二人っきりでファミレス寄ってこっか?
うちの両親からデート代、ちょっと多めに貰ってきたから、奢りでも大丈夫だし」
「おっし、やる気出た。僕、小恋路のそういうとこ、けっこう好きだよ」
そう言うと、小恋路は少し顔を赤くして、照れたように僕の頭をナデナデする。
これも、昔から続いている“いつものお約束”だ。
エレベーターが到着し、僕たちは乗り込んだ。
その瞬間――
胸の奥に、じわっと熱が灯る。
(……今日の一日は忘れないようにしよう。
あとから思い返して、楽しい日だったと思えるように)
そう願った瞬間、
エレベーターが静かに上昇を始めた。
僕はまだ知らない。
この“楽しい日”が、僕の人生の分岐点になることを。
迷宮が、神々が、そして運命が――
すでに僕を見つけていたなんて。
応援よろしくお願いします!
「面白かった!」
「続きが気になる、読みたい!」
「この後一体どうなるのっ……!?」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援お願いいたします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です!
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。




