17話 すれ違う初夜
Pホテル、スイートルーム。外は日が落ち、ライトアップされた夜景が美しい。
シャワーを終えてタオルで髪を拭きながらバスローブ姿で出てきた湊に、晴夏は緊張しながら問いかけた。
「あの、黒川先輩が入院されていたというのは……」
彼の髪を拭く手が止まり、ポタリと水滴が落ちた。
「お前が黒川の事を聞いてきたら答えるつもりだったさ。……でも、卒業まで一度も来なかっただろう」
(同級生やテニス部には休学中としか伝えられていなかったし、先生方からの緘口令もあったからな)
晴夏は罪悪感から、身体が震えていた。
「お前もシャワー、浴びてこいよ。それからこれに着替えろ」
湊が夜着の入った箱を手渡すと、彼女は震えながらも受け取り、時折よろめきながら浴室に歩いて行った。
(私、何も知らなかった。誰も好きにならないと泣いたあの日よりも、先輩達はそれ以上に苦しんでいたなんて)
晴夏はシャワーと共に少しでも自分の罪も洗い流せますようにと祈りながら必死に体を洗った。シャワーを終え、渡された箱を開けると、ほのかに甘い香りが広がった。
(なんでこんな、甘い香り……?)
滑らかな生地の夜着を身につけた晴夏は湊の方に、覚悟を決めて歩き出した。
「準備、してきました。……あの、本当に私なんかで良いんですか?先輩は、嫌じゃないんですか…?」
湊の近くに立った晴夏は、彼をまっすぐに見上げた。2人の姿は間接照明に淡く照らし出されている。
(私なんかとの子どもを作るために、気持ち悪いのを我慢してまで、ご自分を犠牲になさるんですか……?)
湊はいつも通りの凍てついた目をしたまま、皮肉げな笑みを浮かべている。
(…そんなに、俺とは嫌かよ)
そっと。晴夏に紙袋を手渡し、はちみつのような甘い声で囁いた。
「そんなに嫌なら、どうぞ?」
(先輩は、こんなに醜い心の私を受け入れようとしてくれているのでしょうか…)
紙袋を持つ彼女の指に、キュッと力が入る。
「ありがとうございます。旦那様……」
晴夏は凪のような微笑みを浮かべ、そっと目を閉じた。
事が終わると、晴夏は気を失うかのように眠りに落ちた。部屋にはまだ、甘い香りが漂っている。
(まさか、天下のエリートキラーが未経験とはな…。少々予想外だった)
彼女の顔にかかる乱れた髪を払うと、左頬に一筋の涙の跡を見つけた。
「これでもう、完璧に俺のものだ」
湊は満足そうに微笑みながら間接照明の灯りを消した。サイドチェストに置かれた香油が入っていた小瓶が、窓の夜景に照らされてかすかに光を反射させていた。




