イーホンの危機
真夜中に胸につけた紫の魔石が震えて輝いて、私は慌てて飛び起きる。
家族のみんなが気づいて起きる前に、通信の魔術具を持って家を出た。
「キャリコ、キャリコ、キャリコ……」
泣きながら自分の名前を呼び続ける相手との距離をもどかしく思いながら、私は辛抱強くイーホンの言葉を待った。
しばらくして、少し落ち着いたイーホンがしゃくりあげながら話を始める。
「は、母上が……私の寝室に、いきなり、あ、あらわれて……」
「私はもう添い寝をする齢ではないのです」と言うイーホンに「そう、美しくたくましく育ったわ」と歪んだ笑みを浮かべた母親は、イーホンにのしかかり、あろうことか口づけしてこようとしてきたという。
突き放して追い出したが、震えと涙が止まらず、誰にも言えず、私に通信の魔術具を使ってしまったとのこと。
「今からカイコー様を呼んで相談するのよ。絶対に味方になってくれる」
なるべく優しい声を出すように気をつけながら私は内心激怒する。
なんて親だ。キック&チョップで倒してくれるわ。
「私も婆様に相談してみるわ。何とかなるはずよ」
「婆様?」
「何でも聞こえる婆様よ。噂だと世界のどこにでも繋がれるらしいわ。イーホンの所に行ってもらいましょう」
「そんなことが、できるのか……?」
「カイコー様に来てもらって、夜明けまで一緒にいてもらって。朝になったら婆様が助けてくれる」
カイコーを呼ぶ鈴の音が聞こえ、しばらくしてカイコーの
「陛下、どうなさいましたか?」
と言う落ち着いた声が聞こえてきた。
「キャリコ、ありがとう」
そこまで聞いてから、私は通信を切ったのである。
***
朝一番、陽が昇ると同時に私は小舟を漕いで大島の婆様の家へと急いだ。
早く早く、イーホンにまた魔の手が迫る前に。
事情をすべて聞いた婆様は、
「メーユの王宮はそこまで腐っているのだね」
とため息をついた。
「確かイーホンとやらは、婆の耳飾りを持っていたね」
「常に耳につけているわ」
ふーむ、と言って婆様は目をつむる。手を振って合図をした。
「キャリコ、見てはいけない」
私が目を閉じる直前、婆様の輪郭がぼやけて体全体が透け、向こうの壁が見えてびっくりする。
「婆様!」
「力を使っているんだ。見ると罰が当たるよ」
私は目を閉じた。しん……とした沈黙が落ちる。
「目を開けなさい」
と、しわがれた声がして、目を開けるといつもの婆様がいてほっとした。
「朝食を食べる前に一仕事して、余計にお腹が空いてしまったよ」
と言う婆様に、家から持って来た、とっておきの魚の干物と果物を渡す。
干物は今までこの島になかった。
「保存食が必要ではないか、作るのは簡単だし」と思った私が家で作ったものがいつの間にか我が家の名物商品になり、新たな収入源となりつつある。
新鮮な魚を開いてしばらく海水につけ、真水で洗い流して網に置くか吊るして風通しの良いところに干せばいい。
簡単だし、旨味が増して味が変わって、身はふっくらと美味しい。
婆ちゃんが気に入ってくれたのが嬉しかった。
そんなことはともかく、イーホンである。
「イーホンの血赤珊瑚に細工をしてきたよ。今後あのきれいな少年に手を出そうとした者の頭を、神の世界に飛ばすようにしてきた」
思ったより、怖いことをしてきてくれたようである。
「キャリコの婆だと言ったら抱きついてきた。かわいい国王だね。話をしたら落ち着いて聞いてくれた。賢い少年だ。これからもっといい男になるだろう」
婆様は大島と神島全体の婆様である。嘘は言ってない。
イーホンはもう大丈夫。
自慢の友達をほめられて、私は笑顔になった。
「婆が話しかけるまで、自分の身体を自分で抱いて、『キャリコ、キャリコ』とずっと唱えていた。あの子と結婚するのかい?」
思わず私は笑ってしまった。
「イーホンはメーユ王国の国王よ。王妃候補の人がちゃんといるの。私とイーホンはずっと友達よ」