商売繁盛
来年の深海の衣の予約がすでにメーユ王国の国王みずから入っている。
今年は献上したが、来年からは買い上げだ。
どれくらいの額がやってくるのだろう。
芭蕉布と波の布は好調に売れているらしい。
芭蕉布はボルフと妻のレイアが監督している。自分たちの利益をかえりみない態度が好評だ。
私はギドと二人で経糸を作って渡す以外、波の衣にはほぼノータッチなのだが、「経糸に秘密があるそうだし、キャリコは責任者なのだから」と、サリラと婆様と村長が私の受け取り歩合を決めてくれた。
深海の布もどきをサリラを通して売ってみたら、波の布以上の高値で売れていく。
「メーユ国王と似たようなものをつけたい」
という人は多いらしい。
それはそれはすごい額である。
銅貨しか収入のなかった私に、金貨銀貨が急激に入り始めたのだ。
私は誇らしい気持ちで神島の家族に報告。
しかし「儲けた金は婆ちゃんのため以外は使わない」と言う家族に戸惑った。
婆ちゃんの診察は銀貨五枚で済んだ。
金貨三枚と言うのは重病のキイの母にかかる費用だったらしい。
トイレすら改善してもらえない。
むしろ、ボルフの妻であるレイアが「下の豚小屋の手入れをしさえすればこのトイレは合理的だ」と、褒めて広めたらしい。
豚は雑食で、糞便もいとわず食べる。さらに豚はきれい好きらしく、小屋は適度に管理していれば不衛生にはならない。何かの際にはごちそうにもなる。
というか、それまではあちこち好きなところで用を足す人が多かったと聞いて私はめまいを覚えた。異世界転生よワイルドすぎるぜ。
「いいかい、キャリコ」
父さんは言い含める。
「私たちは神につながる身。やたらなぜいたくを覚えれば、神から見放されてしまうよ。毎日与えられた糧に感謝しながら、生活をすることが大事なんだ」
それではこの稼いだお金はどうしよう。
困った私にサリラがメーユ王国の商業ギルドに貸金庫があると教えてくれた。
ありがたい、この小さな島にあるよりよっぽど安全だ。
ナワキ本島のお医者様に診てもらったところ、婆ちゃんの病気は加齢と過労からくるものだった。きつい畑の労働を減らして、栄養のあるものを食べれば治るらしい。
診察の残りのお金を使って忙しい時だけ人を雇い、米と野菜を買って今までよりもちょっと贅沢な食事をすることにした。
そう、米を買って食べられるようになったのだ。
異世界転生よ炊き立ての米は輝いている。
王宮の料理には全然届かないけれど、家族で囲む食卓に私は満足だった。
帳簿をつけて貯めたお金を握りしめて一緒に母親をナワキ本島の医者に診せに行ったキイは、そのお医者様に入門を申し込んだ。
母親は良くなるまでしばらくナワキ本島にいなければならないらしく、婆様の推薦もあって「まずは小間使いから」と、入門を許してもらった。治療費は給料から払っていいと言われた。
キイは認められたのだ。本当に良かった。
赤子の弟は婆様が手配して女たちが交代で預かってくれるという。
ギドには弟を預かってくれた女たちに謝礼を払って、母と妹に生活費を送るくらい余裕がある給金を渡すと婆様が決めた。
「将来大島に医者ができるのはいいことだよ」
本当に、婆様は賢い。
婆様はさらに、稼いだ金で島の全ての家を作りなおすように手配した。
石垣で外を覆い、低い屋根に頑丈な瓦屋根をつける。強風が通り過ぎやすい木造だ。
嵐の後で家を直す作業がぐっと減った。
それだけでも暮らしが楽になる。嵐による死者も減ったそうだ。
そうそう、食料を買えるようにもなって、それで死ぬ人も減ったのだ。
海に男を取られて収入に困っていた家庭は多かったらしい。
波の衣にかかわる人は、そういう人を優先して婆様が選んでくれた。
ギドは小さな子どもたちを従えて(子どもにもちゃんと謝礼を払うのだ)シルカの実を採ってきてくれて、私とギドは波の布と深海の布のための糸を紡いで波の糸の経糸を作る。
白いシルカ糸を藍で染めるのは私の家だけでやっていたが、ギドにも教えてあげようと婆ちゃんが言った。どうやらギドはお年寄りにウケがいいらしい。
家族はもちろん、いろんな人に分け隔てなく心配りをするからかな。
藍染は男手があった方が助かる作業ではある。誠実なギドは期待に応えた。
「お前はいい男に育つだろうねぇ」
婆ちゃんの言葉に真っ赤になって、何も言えずにお茶を取りこぼすギドはちょっと真面目過ぎるとみんなが笑った。
私はギドが手伝ってくれたおかげでできた時間で、腕がなまらないように深海の衣の技法で織ったストールやマフラーを、祈りの衣を邪魔しないようなスケジュールで作る。
シルカの実の集め方も覚えようとしてみたが、一発で遭難してしまい、しばらくは絶対に一人で森に行くなと叱られてしまった。
ナワキ本島からソウがお供を引き連れて時々やって来ては、私のマフラーやストールを見てふんふんと言っている。
「織りにも工夫が見えないし、祈りがほとんどない。お前は普段からもっと本気を出さなくてはだめだ」
手厳しい兄ちゃんである。
そして、祈りの衣を作るネルリコの姿に一目惚れしてしまった。
言いたくはないが、えっと、その、ちょっと、いやかなりロリコンじゃない?
「同じ職人として尊敬する。秘密だとは思うが、全ての工程を見せて欲しい」
ああ、ロリコンではなかった。良かった。
ネルリコは恥じらって母さんの陰に隠れ、母さんが微笑んで言う。
「祈りの衣は神に祈りながら作るもの。見世物にするのではないのです」
うるさくすると思ったが、ソウはあっさりと引き下がった。
「この無欲な思いが祈りの衣をより尊くする」
十五代目はダテではないのだ。色々よく見抜いている。
イーホンからは通信の魔術具が送られてきた。イーホンの瞳と同じ紫色の魔石がはめ込まれている。
通話しかできない携帯電話だと思えばよい。
肌身離さず持って、朝と夜に通話することとなった。
シルカのために森で遭難したと報告した時にはイーホンが慌ててしまって大変だった。
「激務には手を抜くのよ」と言うと「ありがとう、でもキャリコが闘うから私も闘うよ」と言われる。
カイコーのような気の利く大人の側仕えや、集められた同年代の男の子のお貴族さま側近候補では埋められない何かがあるようで、他愛ない話を嬉しそうにしてくる。
御光台に巻いたシルカ糸を糸枠に移しながら、今日は何を話そうかな、と考える時間がとても楽しい。
「イーホンのことを考えている時が一番楽しいわ」
何気なく告げると、しっとりとした時間が落ちて、
「私もキャリコのことを考えている時が一番楽しい」
と、返ってきた。かわいいなぁ。
私には普段祈りの込められた布がほとんど織れなかったが、婆ちゃんは元気を取り戻し、食事が良くなったせいか家のみんなが力にあふれ、私の貸金庫には勝手に金が貯まっていった。
年に一度はイーホンに布を渡しにメーユ王国の王宮に行って、二人で同じベッドで眠りにつくまで話をするのである。
私たちはいい友達だ、イーホンは大切な人だ。
婆様の許可をもらって血赤珊瑚の耳飾りを片方イーホンにゆずった。
いつも左耳につけていてくれるらしい。
私も左耳につけた。友達とお揃いは嬉しい。
キイとギドの母さんは順調に回復しているらしい。
赤子だった弟はすくすく育っていく。
子ども服を見た時はびっくりした。股の部分がぱっくり開いている。合理的だけど衛生的ではないぞ。
そんな三年が過ぎていった。




