♪第三章♪ 茄子色のカノン *9*
「だ、か、ら、さぁ、なぁんで逃げるかなー。超、チャンスだったんでしょーが!」
悠馬が帰っていった数分後、まるでそれを見計らったかのように、里杏が里桃を連れてカフェへ戻ってきた。
「だってぇ……まさか、あの時の店員さん~……」
サウスウィンドのCDを買った時に話しかけてくれた人がルマだとは、まったく想像していなかったのだ。不意打ちもいいとこだ。美咲がルマが来ているから紹介すると言った時も心臓が止まりそうなくらい驚いたのだったが。
と、美咲が戻ってきた姉妹に気付き、駆け寄ってきた。
「二人とも、戻ってきてくれたんですね」
「さっきは妹が失礼しましたー。ほら、りっちゃんも謝んなさいよ!」
「…す、すみません、でした……」
がっくりと肩を落としている里桃に、美咲はしばらく困ったように頬をかくと「そうだ」と言って紙のお皿を差し出した。
「落ち込んだ時は、ご飯ですよ。ナス嫌いな里桃さんでも食べれそうな料理、考えたので試食してもらってもいいですか?」
「はいっ、それはもちろん、いただきます~」
「あ、見てみて! りっちゃんの好きなお好み焼き!」
「ホントだぁ……。でも、あれにもやっぱりナスが入ってるんですか?」
見た目は普通のお好み焼きと同じで、たっぷりと塗られた焦げ茶色のソースに青海苔、綺麗な網目状にかけられた白いマヨネーズの上で、カツオ節がゆらゆらと揺れている。
ナスっぽいものは生地のどこにも見られなかった。
「一応、白ナスを小さく切ったものが、入ってるんですけど……どうかしら?」
「白ナス?」
初めて聞く名前に首を傾げた里桃と里杏に、美咲は「これよ」と言って、浴衣の袖の下から真っ白な皮のナスを取り出した。
「うわぁ……こんな色のナス、本当にあったんですね~」
紫色が毒々しい、と評した里桃の一言から、紫じゃない色のナスを見せると言った漣が独自のルートで仕入れしたものだった。
「この白ナスが、エッグプラントって呼ばれるようになった品種なんですって。アクが少ないから、普通のよりは食べやすいと思うのだけど……」
そう説明された里桃は、不安そうに姉の方に助けを求めるような視線を送った。
「はいはい。まずはあたしが味見すればいいんでしょ!」
ケーキのような形に切り分けられたお好み焼きを一切れ、自分のお皿に盛った里杏は、そのまま豪快に、パクリとかぶりついた。
口の中に、ソースの味の絡んだイカやナスが踊りだし、ふわりと桜海老の香ばしい匂いが広がる。サッパリとした後味になるのは、刻みミョウガの成せる技か。
「んー……フツーにおいしいお好み焼きって感じ? あまりナスが入ってるって、あたしはわかんないんだけど。ほら、りっちゃんも食べてみ?」
箸で小さく切り分けられた欠片を、里杏が妹の口元に運ぶと、条件反射のように里桃は口を開いてパクついた。
「……ん、んー? 平気、かな。これなら大丈夫、食べれるかもです~」
「わ、良かった!」
美咲は自分が考案した料理が認められたようで、パッと表情を明るくした。
そこへ、漣が対抗するように、お皿に盛った揚げたてのコロッケを持ってキッチンから出てきた。
「おぅ、こっちは俺が考えた青ナス入りコロッケなんだが、お嬢さんたち、一つどうよ?」
「「いただきますー」」
双子姉妹の声が綺麗にハモったかと思うと、二人同時にコロッケに箸を伸ばしていた。
その様子に懐かしさを覚えた美咲は、目を細めてそっと目を伏せる。
「美咲? どうかしたか?」
「え、あ、いえ……彼女たち、本当に仲がいいなぁと思って……」
「あぁ、たしかに。俺なんて姉貴にはいつも食いモン横取られ、弟には譲るハメになってたから、ああいう構図ってのは見てるとおもしれぇな」
「漣って、三人姉弟の真ん中なん…だ?」
「美咲は? 一人っ子?」
「……わたしは、兄が一人と、あね……じゃない、妹が」
なぜかしどろもどろになって答える美咲に、漣は一瞬怪訝そうに眉をひそめた。
「なんだ、じゃ、俺と同じ真ん中じゃん。へー、美咲ってなんか末っ子ってイメージあんのにな、ちょっと意外~」
「……そうですか? あ、そういえば、彼女にあのこと伝えておかなきゃ……」
美咲は驚いたように漣を見上げたかと思うと、話はそこでおしまいとばかりに、里桃たちに視線を戻し、話題を変えた。
「里桃さん、里桃さんがデザインして作ってくれたあのナスタンプカード、彼にちゃんと渡しておいたんですよー」
「えっ、ホントにあれ、使ってくれることになったんですかぁ?」
「もちろんですよー。他のお客さんにも何枚かもう渡したんですけどね、かわいい、って結構反応良くて……」
ナスタンプカード、というネーミングはやはり蒼空が付けたもので、ナスのオーナー認定証と兼ねたこのカード自体を作成したのは里桃だった。
チラシを作るついでにといって、ショップカードやスタンプカードなど、色んなデザインのものを考えてくれていたのだ。
「そこまでしてくださったのに……わたしってば、逃げちゃったんです……ね……」
「あ、いや、それは……」
再び思い出したように肩を落とした里桃に、美咲はわたわたと慌てた。自分の言い方とタイミングの悪さに、美咲の方まで落ち込みそうだ。
「あ、そうだ、ナスの射的とか、やっていきませんか?」
「……」
「興味ないですよね。じゃ、じゃあ、ナス釣り……も、ナス嫌いなのにすみません」
「いえ、わたしのほうこそ……」
どんどん落ち込んでいく二人を見かねた漣が、ポンと美咲の頭を撫でるように叩いた。
「どーせ来月もナス祭やるんだからよ、あんま気にすんなって!」
「来月も?」
「ああ、やるよな、美咲?」
「え、それはまぁ……やると思います、けど……」
ナスのオーナー制度と合体させて、毎月やろうと決めたのを思い出し、美咲は頷いた。
「じゃあさ、こういうのはどうだ?」
美咲もまだ聞いていなかった漣の考えに、里桃は顔を朱に染める。
提案されたのは、ピアノが弾けて作曲できるという悠馬による、ピアノ演奏会inエッグプラネットカフェ、というものだった。
「まだ悠馬の意見は聞いてないから、あくまでも予定だけどな。なかなか楽しそうだろ」
演奏会という形なら、話すのが苦手な二人が会ってもいきなり会話しなきゃいけないという状況に陥る心配はなく、ほどよい距離を保てる。もし話す機会が欲しい、ということになっても、音楽という共通のものが話題作りのネタになるのだ。
「はい……楽しみに、してます」
ようやく笑みを見せた里桃に、美咲もホッとしたように頷き返したのだった。




