♪第三章♪ 茄子色のカノン *8*
「え……彼女だったんですか? 僕のブログのことを漣さんたちに教えたのって」
他のお客さんの対応をしながら、一部始終を見ていたという漣が美咲に状況を解説したのち、今度は美咲が彼女たちのことを悠馬に説明してくれた。
「ええ、だから、ぜひ会わせたいと思っていたんですけど……」
「彼女、里桃さんって言うんだけどさ、悠馬にすげー会いたがってたからさ、でも、そうそう上手くいかねぇもんだな」
なるほど。つまり、先ほどあれは仕組まれた出会いだったというわけか、と、悠馬は恥ずかしさをごまかそうと苦笑した。と同時に、浮かび上がったひとつの可能性に、心の中で今にも踊りだしそうになっている感情を抑えるのに、必死になっていた。
悠馬のブログの常連で、記事を読んでこのカフェへ来たという里桃。
――今日、あのカフェに入ってみました。スコーンと紅茶、おいしかったです。
曲の感想ではないあのメッセージが届いたのは、彼女が悠馬の楽器店でサウスウィンドのCDを買っていったのと同じ日だ。彼女があの日、この商店街に来た理由が、カフェに入るためだとしたら。そして注文したのがアフタヌーンセットなら。
悠馬の方こそ、ずっと会いたいと思っていた、その相手だったということになる。
「なんだ、悠馬ってば照れてんのか?」
「いや、僕はその……彼女に何か悪いこと言ってしまったのかなー、と思って」
会いたかった相手に、逃げられてしまったという現実には、ちょっとショックだ。
やはり、CDを買っていった人、と言ったのがまずかったのか。ネット上ですでに知っている相手からそんなことを突然言われたら――どう思うのだろう。
「逃げられたことなら、あまり気にしない方がいいと思いますよ。彼女、すごい人見知りだし……逃げたくなる気持ちは、私もわかるような……」
「え、美咲さんも人見知りなんですか?」
カフェを開くような人が、人見知りだとは信じられない。美咲は色んな人と話しているイメージがあるので、なおさらだった。
そんなことに驚いていると、漣に睨まれ、悠馬は肩をすくませた。
「悠馬、彼女のことは『美咲さん』じゃなくて、『店長』と呼べと言っただろう?」
「あ、すみません。でも、み……店長さんって、すごく話しやすいし、全然人見知りには見えなくてすごいです」
「人見知りに見えない……ですか?」
美咲は少し驚いたような表情になり、それから照れくさそうに微笑んだ。
「ええ、全然見えないです」
もう一度、念を押すように頷き返すと、美咲の隣に立っている漣から、再び不穏なオーラが漂ってくるのを感じて、悠馬はそれ以上何も言わないように、口を引き結んだ。
「ぼ、僕、そろそろ昼休み終わる時間なので、失礼しますね」
これ以上、漣と美咲の邪魔をしたら怖いことになりそうだと思った悠馬は席を立つ。
「おぅ、悠馬、帰る前にどれが一番ウマかったか、ちゃんと言ってけよ」
「あ……はい、ええと……」
色んな国のナス料理を食べて、激辛ケーキの後も、ナスをつかったデザートをいくつか試食したのだが……正直、あの激辛以外はどれもすごくおいしかったので、一番と言われると難しい。
「全部って言いたい気持ちはわかるが、できればひとつ選んでくれると助かる」
漣の自信たっぷりな言い方に驚きつつ、悠馬はしばし唸った。
この先、カフェのメニューに加えて欲しいもの、と考えてもやはり全部と言いたくなるが、自分では絶対に作れそうになくて食べたいもの、もう一度食べたいもの――。
「じゃあ、辛くないナスのパウンドケーキ、でお願いします」
「そりゃイヤミか?」
「ち、違いますよ! 本当に、おいしかったんです!」
嫌味などではなく、あの後改めて食べさせてもらったチリパウダー抜きの、本当のナス入りパウンドケーキは、絶品だったのだ。香りから想像した以上に、チーズの塩加減がおいしくて、ナスのプチプチとした皮の食感が残っているのも良かった。
カフェのメニューに追加されたら、値段によっては、アフタヌーンティーセットから鞍替えしてもいいと思っていた。
「ははは、了解りょーかい。試食ご協力、ありがとうございましたー。あ、そうだ、これ持ってけよ」
差し出されたのは、薄紫色のナスの形をした名刺サイズのカードだった。
表には、エッグプラネットカフェの店名と、ナスのかわいらしいイラストがあり、裏には丸い枠がナス形に並んでいる。
これはいわゆる、スタンプカードのようなものだろうか。
「それはな、『ナスのオーナー認定証』なんだ。今度ココに来た時……って明日もどうせ来てくれんだろ? そん時に詳しく説明してやるから、忘れずに持って来いよ」
「わかりました。じゃあ、今日は本当にごちそうさまでしたー」
「おー。こちらこそ、またよろしくな!」
漣と美咲に見送られて、悠馬は楽器店のバイトに戻っていったのだった。




