割り込み番外編2「歩~学校にて」
高校生ともなると、いろいろある。だから悩む、考える。
でも、やっぱり高校生は未成年。悩んでも考えても、どうしてもあらがえないものがあるのです。
午前の授業が終わった。
教師が教壇から降りると、周囲の生徒たちが一斉に動き出す。席を立つ者、カバンから弁当を取り出す者、机をくっつけるためにガタガタと騒音をたてる者。
鳴沢歩は机の上を片付けると、大きく伸びをした。眠い。眠くてたまらない。
昨夜は何度渚に起こされたことか。
はしかが治ったのはよいが、赤い発疹のあとがかゆくてたまらないのだろう。何度も起きてはむずかって、そのたびに歩は冷たいタオルで背中を拭いてやらなければならなかった。今日の夜もまた同じことが予想されるだけに、とにかく時間が許す限り睡眠をとりたい。持ってきた弁当が無駄になるけれど、まあいいか。毎朝自分で作っているのだから、中身はわかっている。今日は白飯に塩コショウ味の豚と温野菜と、渚の食べ残したチーズだけだ。たいして美味いものでもないし、下手に満腹になれば、午後の授業がつらくなる。
歩はひとつ欠伸をすると、机に突っ伏した。
目を閉じていくらもたたないうちに、誰かに背中を叩かれた。無視していると、
「鳴沢、おい」
名前を呼ばれて体を揺さぶられた。聞こえた声に、歩はハッとして目を開ける。
「先生?」
担任の松本先生が見下ろしている。
(まさか寝過ごした? そんなに時間、たってねえだろ?)
焦って壁の時計を見るとまだ昼休み中で、周囲には食事の臭いが立ち込めていた。
「ちょっといいか?」
そう言って、松本先生は歩を教室の外へと連れ出した。白いジャージの背中に着き従って廊下を歩く。一番はじの階段を下りたところの、ひと気のない踊り場で立ち止まると、先生は歩に向き直った。
「鳴沢、お前だけだぞ。三者面談の用紙が出てないのは」
歩はうつむいた。
「保護者の人は……親戚だったか? 時間、とれないのか?」
「はい、仕事が忙しくて……」
歩は上目づかいでちらりと見た。先生は困った顔つきで腕組みしている。
「お前さあ、家庭訪問も拒否してるよな? ……てゆうか、俺は一度もお前の保護者に会っていない。それは、やっぱりまずいと思うんだが?」
歩は口を引き結ぶ。
(保護者……か)
一番触れてほしくないことだった。
松本先生は、歩に両親がおらず、つい最近姉を亡くしたことも知っている。けれども、渚のことや勇介との関係などはくわしく話していない。ただ、親戚と一緒に暮らしているとだけ告げてある。忙しい勇介に、自分のことで負担をかけたくなかったし、渚のことについてもあまり話したくはなかった。渚に触れれば、必然的に渚の親のこと、つまりは姉と北詰氏のことを話さなければならないからだ。松本先生は腕組みしたまま問う。
「進路のこととか、やっぱり保護者の方に会ってきちんと相談するべきだと思うんだがなあ。……あの書類、本当に見せたのか?」
「え……?」
歩はドキリとして思わず一歩後ずさった。
先日配られた進路調査表の保護者欄に勇介の名前を勝手に書き、宅急便用に預かっている印鑑を押して提出した。今までも、そうやって適当に書類を書いた。勇介には申し訳ないと思うが、仕方がないことだ。
それらに不備があったのだろうか。
「進路、ちゃんと書きましたし、印鑑も押してもらいましたけど、なにか?」
恐る恐るたずねると、先生は労わるような声を出した。
「いや、本当に就職希望でいいのかなって」
ここ、成林高校は進学校だ。ほとんどの生徒が進学する。ゆえに、企業から学校への求人は皆無だ。よって、就職にはとても不利だと言いたいのだろう。
――そんなことはわかっている。
(でも、俺は働かなくっちゃならない。これ以上勇さんの世話になるわけにはいかないから……)
毎日患者のためにくたくたになっているのに、自分たちのためにまで貴重な休暇を使ってくれる勇介。うれしかった。
……でも
歩は小さくうなずく。
「そうか。……厳しいぞ」
「わかってます」
松本先生は、ぽんと歩の肩をたたくとそのまま階段を下りて行った。
誰もいなくなった踊り場で、歩はぐっと拳を握りしめる。
(わかってるさ)
心の中でつぶやく。
自分の将来について考えることもある。かなわぬ夢を見るほど愚かではないけれど、やりたいことがないわけじゃない。
でも今は……
「俺は、渚を育てなくっちゃならないんだ。だから今は……」
ぽつりとつぶやいた声は、校舎の壁に吸い込まれた。
歩の学校風景をちらりとのぞいてみました。
こんなことがあって、そして、物語は本編へ・・・




