第十話:緊急救助依頼
昨夜、ダンジョンの空に架かった『地下の虹』と、嵐を突き抜けた爆走配達の映像は、瞬く間に世界中のSNSを席巻した。
『絶望を希望に変える運び屋』――そんなドラマチックな見出しがネットニュースを踊り、俺のチャンネル登録者数は一夜にして桁違いの跳ね上がりを見せていた。
……その結果、俺の失敗も大々的に取り上げられてしまう。
『【切抜】「カグヤと一緒に見たかったな…」全人類の前でうっかり本音を漏らしてしまう配信者www』
『氷姫のガチ恋勢、大発狂www』
『レン、お前そこ代われ』
ラストのうっかり発言が見事に切り抜かれて大バズりし、カグヤの熱狂的なファン層から盛大に叩かれてプチ炎上。おまけに、カグヤ本人からも昨夜から一切の連絡が途絶えてしまった。トホホ……。
そんな重たい気分を引きずりつつ、俺は新居の地下ガレージで、昨日助けたハヤブサの子供に手袋越しに餌をあげていた。
瑠璃色の美しい羽を持つ『疾風隼』の幼体。すっかり俺に懐いてしまい、ガレージのどこへ移動しても「ピィ♪」と鳴きながら肩や頭に乗っかってくる。
カチャリ、とガレージの電子ロックが解除される音が響いた。
「……レン。いる…かしら?」
入ってきたのは、キョロキョロと挙動不審に唇を尖らせたカグヤだった。
俺は思わず背筋を正し、ギクシャクと手を振る。
「あ、カグヤ……昨日は、その……配信の最後、変なこと言っちゃってごめん……」
「……べ、別に気にしてないわよ! くだらないコメント欄が勝手に騒いでるだけだし! …ほんと、バカバカしい……」
ぷいっとそっぽを向くカグヤだったが、その白い耳の先端が隠しきれないほど真っ赤になっていた。
彼女の視線が、俺の肩に乗っているハヤブサへと向かう。
「……で? その子、ずっとガレージに置く気?」
「あ、うん。すっかり懐いちゃって……。ここ、カグヤの持ち物だし、やっぱりペット飼うのはダメかな?」
俺が申し訳なさそうに尋ねると、カグヤはハヤブサをまじまじと見つめ、小さく溜め息を吐いた。
「……ダメな訳ないじゃない。このガレージは『ダンジョン・イーツ』の拠点なんだから、あなたがやりやすいように使いなさい。それに……この子、昨日あなたに協力してナビをしてくれたんでしょ? 追い払う理由なんてないわ」
「本当か!? ありがとう、カグヤ!」
「……っ、お礼なんていいわよ。それより、名前は決めたの?」
カグヤは作業椅子を引っ張ってきて、俺のすぐ隣にちょこんと腰掛けた。
彼女がそっと手を伸ばすと、ハヤブサは警戒する様子もなく「ピィ♪」と甘えた声を出し、カグヤの指先に頭をすりすりと擦り付けた。
「可愛い……。とても綺麗な羽……まるで宝石を散りばめたみたいに光り輝いてる……」
「そうなんだよ。瑠璃色だから……『ルリ』なんてどうだ? ……あ、でもルリって名前だと女の子っぽいかな。鳥の性別って見分けるの難しいらしいけど、こいつどっちなんだろう?」
俺が首をひねると、カグヤはスマホで魔物図鑑のページを開き、ルリの頭元をじっと覗き込んだ。
「鳥の雌雄鑑別は難しいけれど……疾風隼の解説によると、雄には頭頂部にトサカみたいなピョコンと立った一本の飾り羽があるらしいわ。でも、この子には……ないわね」
「ってことは……」
「ええ、この子は女の子よ」
カグヤがルリの頭を優しく撫でると、ルリは「ピィッ♪」と嬉しそうに目を細めた。
「じゃあ『ルリ』で決まりだな!」
「ええ、響きも綺麗で可愛いじゃない」
カグヤの表情が、陽だまりのように柔らかく綻ぶ。
二人で顔を寄せ合い、ルリの小さな頭を撫でてやる。
「ルリ、今日からよろしくな」
「いい子ね、ルリ」
その時、ルリが嬉しそうに羽ばたいた反動で、カグヤの手と俺の手が重なった。
「あ……」
「っ!?」
ふと視線が交差する。
至近距離にあるカグヤの大きな瞳と、仄かに漂う甘い香り。昨日の記憶が脳裏をよぎり、お互いに「あっ……」「えっと……」ともじもじと身を引いた。
二人して顔を真っ赤にして黙り込んでしまう。
「こ、コホンッ! とにかく! 魔物を従魔として連れ歩くなら、探索者ギルドの『適性審査』と許可が必要よ! 今から行くわよ!」
「あ、はい!」
◆◆◆
探索者ギルドの適性審査場。
魔物使いの審査官たちが腕組みをして待つ前で、ルリのテストが行われた。
「天野様、従魔の安全性審査を行います。『待て』『来い』、そして簡単な障害物指示を出してください」
「はい。ルリ、『待て』」
ルリはチョコンと木箱の上でお行儀よくおすわり。
「ルリ、『あっちの柱を回って戻って来い』」
「ピィ!」
元気よく返事をすると、ルリは流れるような弾丸飛行で指定された柱を旋回し、寸分狂わず俺の手甲の上へと戻ってきた。
指示への従順さ、そして人間に害意を向けない圧倒的な懐きぶりに、審査官たちは目を見張った。
「ここまで従順な従魔は珍しい……完全に従属しており、凶暴性は皆無、そして可愛いっ!! 申請を即時承認します!」
無事にギルドの公認許可証が発行され、ルリの足首に装着された。
ギルドからの帰り道。
夕暮れの街を歩いていると、聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえた。
「あ! お兄ちゃんと動画で見た鳥さんだ!!」
振り向くと、昨日アップルパイの配達を依頼してくれた女の子と、お母さんが仲良く手を繋いで歩いていた。
「昨日は本当に……本当にお世話になりました! おかげさまで夫も嵐が去ったあと、無事にキャンプから帰宅中と連絡がありました。」
お母さんが嬉しそうに深々と頭を下げる。女の子はルリを見上げて目を輝かせ、「鳥さんも、おパパのアップルパイのとき、一緒に飛んでくれてありがとう!」と無邪気に感謝の言葉を口にした。
「ピィ♪」と嬉しそうに翼を広げるルリ。
親子の温かい笑顔と、女の子から手渡された感謝のお手紙。それを受け取った瞬間――
『ピンポンパンポーン♪』
頭の中に、久々のシステムアナウンスが響いた。
『【感謝ポイント】が一定値に達しました。【絶対配送】のスキルレベルが【LV.6】へ上昇します』
『レベルアップ報酬:【デリバリー・キャリア】が解放されました』
『従魔専用拡張装備:【デリバリー・アンクレットポーチ】が解放されました』
(……お、新しい報酬……!?)
自宅に戻った俺に、カグヤが「はいこれ、審査合格のお祝い」と小さな箱を差し出してきた。
「これ……?」
「ルリの足首に付ける超小型の撮影魔導具よ。ただ……小型化されている分、解像度や画質はあの浮遊魔眼にはどうしても劣るわ。だからこれは、あくまで広角のサブカメラ用か、ルリが単独で小物を配達する時の記録用に使ってちょうだい」
「ありがとう! じゃあ爆走する時の高画質なメイン映像は、変わらず浮遊魔眼をルリに足で掴んでもらえばOKだね!」
「ええ、そういうこと」
俺はさっそく、レベルアップ報酬で届いた『デリバリー・アンクレットポーチ』と、カグヤから貰った足首用サブカメラをルリの足に装着させた。少々足首周りがキツそうだけど、ルリも満足げに眺めている。
アンクレットポーチは、見た目は小さな革製のリングだが、デリバリーバッグほどの時間遅延はないものの『空間拡張』と『重量大幅緩和』の機能が備わっていた。これでルリ単体でも小物の配達や、別動部隊としての運用が可能になるわけだ。
「ルリ、似合ってるよ!」
「ピィッ♪」
新しい装備に喜び、クルクル飛び回るルリを微笑ましく眺めていた時だった。
ガレージの大型モニターに、緊急ニュースの赤文字が映し出された。
『【速報】第30階層・大規模採掘プラント『アトラス』にて大規模崩落事故発生! 上層の鉄砲水が流入し、作業員10名が地下坑道に孤立!』
画面には、泥水に呑まれかけている現場の映像。
大型救助車両は瓦礫に阻まれて進入不能。水が引くまで最低24時間。作業員たちの生存が絶望視される中――俺の配送アプリが、甲高い緊急アラートを打ち鳴らした。
【第30階層:至急、孤立した10名へ食料と医療品を届けてほしい。頼む!】
依頼人は、採掘ギルドの責任者。
「……レン」
カグヤが心配そうな表情で俺を見つめる。
「出撃だ、ルリ!」
「ピギャーッ!!」




