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14.蛇の腹の中へ

 古びた樫の机を挟んで、ディートとシールが向かい合っている。壁際にはシールの部下が二人、彫像のように立っていた。メアが扉を開けて入ると、シールがちらりとこちらを見たが、特に関心を示さず、手元の羊皮紙に視線を戻した。

「これが、王の勅許状の写しです。東の森一帯における魔力の調査、および必要に応じた遺物の回収。期間はひと月」

 羊皮紙が机の上を滑り、ディートの前に差し出された。ディートはそれを手に取りもせず、椅子の背もたれに深く体を預けたまま、片眉を上げた。

「ご丁寧にどうも。で?うちに何の用だ。調査するなら勝手に森へ行けばいい」

「ええ、もちろんそのつもりです。ただ、あの森は貴騎士団の管轄区域でしょう?無断で立ち入って、万が一行き違いがあっては困りますから。それに……」

 シールは、そこで言葉を切り、穏やかな笑みを浮かべた。その笑みが、メアの背筋にぞわりと冷たいものを走らせる。

「第三部隊の皆さんには、あの森についてお詳しい方もいらっしゃるでしょう。調査に際して、案内役を一名お借りできないかと思いまして」

 案内役。その言葉の裏に潜む意図を、メアは即座に読み取った。案内と称して騎士を一人引き込み、森の中での行動を探るつもりだ。誰を差し出しても、情報が漏れる危険がある。だが断れば、隠し事があると宣言するようなものだった。

 ディートの指が、机の上でとん、とん、と二度叩かれた。それは、メアだけが知っている合図だった。

 ――「お前に任せる」

「案内役は、俺が出ます」

 メアの声は淀みなかった。答えるまでに息ひとつ分の間もない。シールが、初めてメアの方をまっすぐに見た。その紫の瞳が、品定めするようにメアの全身を舐め回す。

「第三部隊の隊長自ら、ですか。それは心強い」

「あの森で魔物討伐を最も多くこなしたのは俺だ。地理も、魔物の縄張りも、すべて頭に入っている。素人を連れていくより効率的でしょう」

 それは事実であると同時に、巧妙な罠でもあった。メア自身が案内役につけば、シールの行動を逐一監視できる。何を見つけ、どこに興味を示すか。すべてを、この目で確かめられる。そして何より、泉の近くには絶対に近づけさせないという、鉄の意志を持った番人が、シールの隣に立ち続けることになる。

 シールは、しばらくメアの顔を見つめていた。その視線には、探るような鋭さと、どこか愉快そうな光が同居している。

「……では、お言葉に甘えましょう。来週の頭から、調査を開始します。よろしくお願いしますね、メア隊長」

 シールが手を差し出した。メアは一拍の間を置いて、その手を握り返す。互いの掌が触れ合った瞬間、メアの指先に微かな痺れが走った。魔力の残り香か、それとも、ただの錯覚か。シールの笑みは相変わらず穏やかで、底が知れなかった。

 執務室を辞したシールの一行が騎士団本部を去った後、ディートは椅子に沈み込んだまま天井を仰いで長い息を吐いた。

「……わざと隊長を指名させるように仕向けやがったな」

「承知の上です」

「お前が森に張り付いてる間、嬢ちゃんの面倒は誰が見る?」

 その問いに、メアの表情がほんの僅かに翳った。それは、彼自身がすでに考え、答えを出しかねていた問題だった。

「エイと、三部の連中に任せます。……それから」

 メアはそこで一度言葉を切り、少しだけ視線を落とした。

「……ビィに、徹底的に張り付かせます。あいつはまだ経験は浅いが、カナへの忠誠心だけは他の誰にも負けない」

「忠誠心、ねえ」

 ディートはニヤリと口角を上げた。

「まあいい。だがメア、気をつけろよ。シールは遺物が森にあると確信している。お前が案内している間、あいつの目は森の木々だけじゃなく、お前の動揺も探っているはずだ。一瞬の隙も見せるなよ」

「心得ています」

 メアは短く答えると、きびすを返して執務室を出た。廊下の窓から見える空は、嵐の前の静けさのように澄み渡っている。

 メアの頭には、今頃また玉ねぎと格闘しているであろう、不器用な食堂の雑用係の姿があった。

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