「水晶球の双魚」(『化物怪奇譚』)③
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「こんばんは。北条です」
作業場の戸を開けて呼び掛けると、供華さんがぴょこりと顔を出した。あわや接吻という距離感に、僕はどぎまぎして身を引く。
「北条君、わざわざご足労頂いて本当にありがとうございます」
「いいんだよ、気にしなくても。それで、早速本題に入らせて貰うけど……これ、家から持ってきた電話帳。特に付き合いがある人は住所まで書いてある」
僕は、父に内緒で座敷から拝借してきた電話帳を差し出す。お得意様や、有鱗屋での骨董の購入履歴がある人などは件の顧客リストに住所や電話番号が登録されているので、まだ店の閉店時刻になっていない父が困る事もないだろう。
供華さんはやけに恭しくそれを受け取り、捲り始める。彼女も一応、鹿嶋氏から勢威一族と所縁のある人物を教えられていたらしく、エプロンのポケットに入れていたと思われるメモ帳を指に挟み、照らし合わせるように視線を動かす。
ふと、彼女の目と指の動きが止まった。
「……? 何か見つけた?」
「えっと……この人、北条君はご存じですか?」
彼女が小指で示した欄には、「安里真悠子」という名前が記されていた。ああ、と僕は肯く。幸い、僕も名前を知っている人物だった。
「父さんの若かった頃は、卸売りが基本だったんだ。その主な取引先が、今仕入れ先のアンティークショップがある場所にあった小売店だったんだけど、その店の最後の店主の娘さんだよ。店主は街から出て行ってしまって消息を絶ったんだけど、安里さんは結婚を機にUターンして小暮に戻ってきてさ。名字は、元々辰巳の森界隈に住んでいた一家のものなんだ」
僕が説明すると、供華さんは納得したように肯いた。
「師匠によると、安里さんのお家は神社の氏子だったらしいですよ。北条君は、安里さんと会った事があるんですか?」
「十年近く前の事だけどね。ちょっと縁があって、父さんは未だに個人的にものを尋ねたりしているみたいだ」
彼女に関しては、かなり昔の事だが僕も覚えている。確か、結婚と同時にこの街に戻ってきて、町内に挨拶回りをしていた時の事だった。
安里さんは有鱗屋を訪れるや否や、「父がご迷惑をお掛けしました」と第一声を発した。当時小学生だった僕は知る由もない話だったが、店の経営事情や歴史などを知るに連れて、段々この異様な対面をした時の記憶が結び付き、彼女が何故謝ったのかが分かった。
話によると、安里さんの父である小売店の元店主は、闇金に手を下された訳ではなく、自己破産の後夜逃げしたらしい。一家は仙台へ落ち着き、両親は共に工場や配達業者などの仕事を非正規雇用で行いながら日々の食い扶持を稼いだ。自己破産の期間が過ぎる頃には、公的支援を受けて安里さんは何とか中学校を卒業出来、すぐさま就職活動を始めて一般企業に入った。
やがて、過労の反動が来たのか両親は早くに病気で亡くなり、紆余曲折がありながらも彼女は十年間企業に勤めた。通信機器を取り扱うその会社でカスタマーサービスの仕事を行っていた彼女は、その後仕事で小暮の支店へ派遣された。図らずして、地元に戻って来る事になった訳だ。旦那さんとは仕事で出会い、彼の方が真悠子という名前を覚えていた事で交際が深まったという。
何故自己破産後に夜逃げをしなければならなかったのかについては、安里さんも幼かった事により詳しい事は知らないらしい。だが、彼女はその一件には、闇金ではないがやはり個人間融資が関わっていると推測しているようだった。
「市境を越えた辺りに住んでいるという羽立って男が、引き際を間違えなかった事で負債もなくバブルを生き延びて、とんでもない資産額を得たらしいんです。後になって遺品整理をする時に記録を見つけたんですけど、その男が、株価が崩落する寸前に店の品物の大部分に注文を入れていたんです。でも突然連絡が取れなくなって、品物は売る事も出来ないまま大量に残りました。
その後は皆、アンティークどころじゃなくなってしまったでしょう? 相場も戻ってしまいましたし、本当に困ってしまって……父も、羽立に関して出来るだけ情報を集めようとしたそうです。その結果分かったのが、彼が個人間融資をしていたという事だけでした」
予約の入っていた品物を売る訳にも行かず、小売店は有鱗屋から大量の品物を卸さざるを得なくなった。そして代金を払う前に借金が限界を迎え、遂に店が経営破綻に陥ってしまったのだそうだ。
繰り返すようだが当時僕は小学生であり、右の台詞の通りに安里さんが言ったかどうかは分からない。だが、断片的な記憶と父の話から、大体このような内容だったのだと思われる。
「その羽立氏は、意図的に小売店を潰したのではないかって安里さんは思っているんだ。だから、両親も彼に目を付けられているのかもしれないと怖くなったらしい。恨みっていうのは、身に覚えがなくても受ける時は受けるものだから」
僕が話すと、供華さんは気の毒そうに溜め息を吐いた。しかし、すぐに状況を思い出したかのように表情を引き締める。
「その人から、勢威さんの家族について聞きたいです。彼らの間にも何かしらの繋がりがあったのなら、北条君のお父様が双魚球を安里さんに預けた事も有り得るのではないでしょうか?」
「そうかな? 安里さんがUターンしたのは十年前だけど、勢威さんが有鱗屋に来て双魚球について尋ね始めたのはそれ以前だよ。まだ、勢威さんの立ち合いの元で蔵を開放したりなんかはしなかったけど……」
「だったら、勢威さんの動きが活発になり始めたから、お父様が安里さんに双魚球を預けたとは考えられないでしょうか? ……ごめんなさい、北条君のお父様を疑っている訳ではないのですが、『訳あって隠している可能性もある』って仰られたものですから……」供華さんは口籠る。
「その場合も、勢威さんと繋がりのある家には預けないと思うけどな。……でも、氏子としての交流程度の繋がりだったら大した事はないのかも。明日、安里家を訪ねてみよう。供華さんからも事情の説明をお願いしたい」
「分かりました。それと……」
「他にも、何かあるの?」
「重ね重ねすみません。その……顧客リストの方を、念の為北条君の方で確認して頂きたいのです。まだ、双魚球が売られてしまった可能性も否定しきれない訳ですから……」
彼女は、非常に口に出しづらそうにそれを言った。
僕は、さすがに考え込まざるを得なかった。父は、勢威さんを怪しんでいるから顧客リストを見せないのではない。個人情報の取り扱いは、どんな商いでも基本中の基本だからだ。僕も、店を継ぐ前にこれといった理由もなく見せて貰える訳がないだろう。店の経営者は父一人なので、盗み読みしようと思えば出来ない事はないのだ。だが、万が一の事があれば。
これといった理由、とはまた漠然とした言葉だな、と自分で重ねて思う。供華さんや勢威さんの態度を見ると、双魚球の行方というのは彼らが私情で探っている訳ではないようなのだ。地域が主体となって行う花火大会という一大イベントにも関わるものらしいし、大会までに間に合わなければ鹿嶋氏が誰かに咎められる事にまでなるという。余程大切な事であれば、正直に打ち明ければ父も特例として認めてくれるかもしれない。
だが、父がそれを知った上で勢威さんにリストを見せないのだとしたら、どうだろうか。僕から同じ事を言っても、父はなかなか首を縦に振らないのではないか。
「……安里さんを訪ねて、成果が得られないようであれば確認してみるよ」
僕は、考えた末にそう口にした。念の為、その場合の事も確認する。
「もし双魚球が売却済みだとしたら、供華さんはどうするの?」
「師匠が、どんなに大枚を叩いてでも買い取るそうです」
「大枚?」
「何でも、処分可能な資産を全部処分すれば一千万近くあるそうです。それを全部費やして、手持ち花火を作って行けるくらいのお金が残ればそれでいいって……」
思わず、絶句する。父がそれを隠匿しているのではないか、という根拠のない想像が、一気に信憑性を増したような気がした。
「鹿嶋さん、それ、何か騙されているんじゃないのかな……?」
「私も心配なんです。だから、早く真相を確かめないと……」
供華さんの態度は焦っているというより、何かに怯えているといった方が近いようだった。僕は、彼女が引き返すべき道はないのだろうな、という予感を抱きながら、明日の予定について確認する為再度口を開いた。
* * *
何故、父は有鱗屋を継いだのか、という事を時折考える。
戦時中、祖父の粂蔵はまだ二十代の前半であり、祖母とは結婚したばかりであった。徴兵検査で丙種合格であった祖父は召集が比較的遅く、戦時でも店を守る事が第一となっていた。そんな中、物資の不足による金属回収令などが発布され、貴金属を含む高価な品物の数々が供出させられた。やがて彼も東南アジアへ出征したが、傷痍軍人となって帰還。有鱗屋が全焼する空襲はその直後にあり、日本の降伏後に父が生まれてからも、祖父が店を再開する事はなかった。
そのような状況下で父は、第一次石油危機により、高度経済成長期、好況の時代が終わる頃に経営に関する勉強を始め、丁度第二次石油危機の最中に有鱗屋を立て直した。その後も円高不況が起こり、約二年後にバブルが発生したとは言え、父の店の再建が上手く行ったのは結果論に過ぎない。戦前の有鱗屋が小暮で最高クラスの骨董店だったという事実がなければ、父と同じ事業に手を出した人はことごとく失敗していただろう。
バブル景気という、営業経験の少なかった身にとって諸刃の剣になり得る経済状況で流されず、当然のように崩壊後のデフレの被害を受けたとは言え店を潰さなかった父を、僕は尊敬している。だが、客観的に判断すれば、昭和末期に於ける父の行動は相当挑戦的だった、と批判されてもおかしくはない。
父が、そこまでして有鱗屋を存続させようとしたのは何故だったのか。
祖父は、息子の行動をどのように評価していたのか。いや、そもそも祖父は、父に行動を起こすよう意思を託していたのではないのか。その場合、そこには誰の、どのような事情が関わっていたのか。
僕は、以前から聞いていた幼児期の記憶を頼りに、一度は顔を合わせた事のあるという祖父を思い出そうとした。
だが浮かんでくる最古の記憶は、初めて自宅を訪ねてきた勢威さんの事のみで、祖父に関しては顔の輪郭すらも思い出せない。




