愛してる2
後書きやべぇ。心の準備をお願いします。
(しゅ、シュウ……?)
その人物は、ロウシュが危険視していたのは、シュウの事だった。思えばロウシュの言っていたアルストロメリアとはこの世界でのシュウの拠点であったと、ホヅミは不覚を取る。
「通りでてめぇとの旅路は、些か奇妙な感覚だった訳だ」
ホヅミはシュウとの何日かぶりの再会に嬉しい気持ちが湧いてきて声に出そうとしたが、ホヅミはシュウの様子を見て言葉を飲み込んだ。シュウは怪訝な面持ちで、睨む様に警戒を露わにしていた。
「ともすれば、あの時のラストラビットは同じ魔物だから助け出したのか」
シュウはリリィに鋭い視線を移す。それにはリリィもぐっと息を呑む。シュウの言い分を聞くに、シュウは誤解をしているのだと気づいたホヅミは弁明の声を上げる。
「待ってシュウ! 誤解しないで! リリィはいい子なの! それに魔物って言っても、半分は人間だよ!」
「あん? つまり魔人か? 魔物化したって事か?」
眉根を顰め更に眇めた目で、言動や挙動から洞察を図る様な厳しい視線がホヅミへと向けられる。
「ち、違う! リリィはお父さんが魔物で、お母さんが魔物なの! だからっていうわけじゃないんだけど……入れ替わりが解けた時だって、リリィはその力を使って私を守ってくれてたの……また入れ替わっちゃったけど……」
「はん?」
上手く説得しようとして、返って取り乱しているように見せてしまったかとホヅミは不安になる。シュウの言動はいちいち感情が読みづらいものであったためだ。
「横から失礼するが、貴様らは知り合いであったのか?」
とロウシュがホヅミの肩に手を乗せる。優しげに置かれた手に、ホヅミは異様な冷たさを感じていた。それは殺気。知り合いだからと手を抜いたら即刻首を潰すと、暗に示唆するロウシュからの警告だろう。
「おう、どっかで見たちび髭じゃねぇか。また吠え面をかきに来たのかよ、ルノーラのおっさん?」
「はたしてそれは、どちらの吠え面であろうな」
ロウシュはシュウの発言にイラついて、角立てた拳でホヅミの背中を強く押した。ホヅミは体勢を崩して転けそうになるが、すぐに持ち直す。じんじんとくる背中の痛みも気にならないほどに緊張がホヅミの全身を硬直させていた。そして動かないでいると徐々に絞輪錠が縮み始めて、ホヅミ達三人の首は絞まる。
「「「ぐっ?!」」」
(ん? 何だ?)
シュウはその様子に疑問を覚える。奥の二人が人質にされているのは、見れば分かるところだ。けれどそれ以上に何かの負荷がホヅミ達三人にかかっている様に見えたシュウ。
「ごめん、シュウ。私と戦って」
「あん? …………いいぜ。来いよ」
シュウは何かを察したかの様に臨戦態勢に入る。
「ごめん……氷槍の狙撃手!」
ホヅミの手元には自身を上回る大きさの氷柱が顕現し、その尖った先をシュウに向けて発射される。ゴオオと空気を揺るがす程の勢いで向かっていく氷柱を見てシュウは一瞬たじろいだ。けれどすぐに含み笑って、拳を腰に構えてもう片方の掌で照準を定める。
「いくぜ……唸れ、スーパーパワー!!」
シュウはホヅミの氷槍の狙撃手を避けずに正面から拳で迎え撃つ。
ガシャアアン。氷柱は破砕する。
シュウの拳からは血が流れでていた。氷柱の突端に対して真正面に拳を振るったのだ。手の肉が少し抉れてしまっていた。常人であれば腕がもげていたところだろう。それは世に言うところの固有能力のおかげである。
「くぅ〜! 腕がじんじんくるぜ! こういうのを待ってたんだよ! こういうのを!」
自身の拳を見て、嬉声を出してはしゃぐシュウは次のホヅミの攻撃を今か今かと待ち構える。
「ほら来いよ!」
「ア、氷槍の狙撃手!」
再び顕現される氷柱。シュウは飛び上がって宙で一回転。発射された氷柱に対して踵落としを繰り出す。
ガシャアアン!
砕ける氷の中でスタッと着地して見せるシュウの面は何やらつまらなそうにむっつりしている。
「それはもういい。もっとすげぇのあんだろ? ホヅミさんよ」
(あいつ楽しんでる? 何なの? こっちがどんな思いで魔法撃ってると思ってんのよ)
自身の気遣いを無碍に、物欲しそうにするシュウを見て、ホヅミは憤る。
「氷槍の縷々!!」
ホヅミの背後には、先程よりは小さくも自身の等身大サイズの氷柱が幾多に顕現される。ホヅミが腕を振りかぶって前へと振り下ろすと、一斉に氷柱が掃射。それにシュウは目を見張り、口元を綻ばせる。
「まじかよ……すげぇ!」
突端を自身に向けて注がれる幾多の巨大な氷柱。普通ならば苦笑いであろうその恐ろしい仕打ちを、シュウは心の底から楽しみ笑っている。
「おらおらおらおらおらぁっ!!」
シュウは避ける事なく全ての氷柱を砕きにかかる。拳に肘に裏拳、足の甲に膝に踵、体の至る所を駆使して氷柱を破砕していく。
「「「「「うわわわわぁ!?」」」」」
シュウの背後には大勢の兵士達がこちらに向かってやって来ていた。アルストロメリアの兵士達だ。シュウの砕き切れなかった氷柱が勢いを止めることなく、慌てふためく兵士達に向かって飛んでいく。
「ちっ、撃ち漏らしたか!」
シュウは地面を思い切り蹴ると、地面が少し揺れた。同時にシュウの体は凄まじい速度でホヅミの氷柱を追い越して、兵士達の前で着地。地面に足が埋もれる。
「おらっ!!」
両の拳で挟む様にして氷柱を砕いたシュウ。その背後では何人かの兵士達が腰を抜かして転けている。
「てめぇら何で来た!」
「な、何でって。シュウさん。僕ら、アルストロメリアの兵士ですっ」
シュウの怒声に、素っ頓狂な声で答える一兵士。
「今回は手出しすんな! あれは俺の獲物だぜ」
「しゅ、シュウさん……」
物寂しい声を漏らす一兵士を背に、地面に埋もれた足を引き上げて再びホヅミの元へと向かうシュウ。地面を蹴って、一気に先いた地へと戻った。
「さあ、まだあるだろ?」
(だから何でそんな楽しそうなのよ!)
ホヅミは内心呆れながらも次の魔法の準備をする。氷霧の暗殺者を使えばシュウだけでなくシュウの背後にいる兵士達までも殺しかねない。もちろん敵を殺さなければロウシュに自身やリリィやマリィが殺されるのだが、ホヅミには人殺しの荷は重過ぎて、一歩踏み出せずにいた。よってあの魔法だけは使ってはいけないと念頭に置いて魔法を唱える。
「風の弾丸!」
ホヅミの前に全身を覆う以上の大きさの空圧が、景色を歪める。そして弾かれた空圧はシュウの元へと向かっていく。
「何だ? おらっ!!」
シュウは迷わず殴る。しかし空圧は砕ける事も無い。シュウの全身を圧迫し、徐々に後ろへと追いやっていく。
「くっ?!」(……なるほどなっ……空気の塊かっ……これじゃ殴っても無駄だな)
避けるのは容易い。けれど避ければ、その被害は仲間の兵士達やアルストロメリアの国にまで及ぶ。だからシュウは全身で魔法を受け止めていた。そんなシュウの体の皮膚は、少しずつ空圧によって削られていく。至る所に小さな切り傷が出来始めていた。
(これは使いたくなかったんだがな)
シュウは腕を広げて一瞬無防備に体を空圧へと曝ける。
「亜空の支配者!」
ブォォオオン。シュウの姿が少しの間消えたかのように思えたがすぐに姿が見える。シュウはぜぇぜぇと息を荒くして立膝をついていた。その体は細かな傷だらけで、それを見たホヅミは心が痛む。
(ちっ……やべぇな……そもそも俺は魔法が得意じゃねぇ。さっきの防ぐためにいちいち魔法なんか唱えてられねぇ……場所を移すか? いや、それよりも)
シュウはすぐ後ろから足音がして、驚き見上げる。そこには赤く長い髪の毛を後ろで束ね、気品溢れる顔立ちに綺麗な化粧を施して、女性用の甲冑を身に纏う者がいた。他の兵士達とは違い、甲冑は軽装で赤いマントをつけており、腰にはレイピアを携えている。
「シュウよ、手こずっておるな。あれはそんなにも強いのか?」
幼い声で上からの物言いをする女。
「アリス! てめ何で来やがった!?」
「妾はこの国の女王ぞ? アルストロメリアの名に、血にかけて、出陣せぬ訳にはいかぬ……それに」
アリスはしゃがみ込んでシュウを後ろから絡め取る様に抱きついて、化粧の乗った頬をシュウの頬に擦り付ける。
「シュウのかっこいい所を間近で見たかったんじゃよぉ〜。それなのにこの様なあられもない姿になってしもうてぇ。ほれほれぇ〜」
じゃれつく二人の姿にその場にいる誰もが呆然としていた。
「おいてめぇ……今すぐその頬をど」
「まぁ聞けシュウよ」
ふざけるために来たのだと思っていたシュウはアリスの真意に気づく。アリスはふざけている様に見せて、何かを伝えるために来たのだと悟った。
「あの者の首にかけられておるのは絞輪錠という物じゃ。他二名にもかけられておるの。あれは特定の魔力によって反応し、形状を変える魔力形状記憶合金で出来ておる。もしあの者を助けたければ、特定の魔力を発する者を探すのじゃ。特定の魔力は絞輪錠を作り出す際に媒介として用いた魔力じゃ。安易に人質だけを助けるでないぞ」
誰にも聞かれる事のない様に、シュウに囁き声で耳打ちをするアリス。それを聞いたシュウは落ち着いて一呼吸する。
「良いから離れろ!」
「わわっ!」
アリスは慌ててシュウから離れる。
「ありがとよ。助かったぜ」
「ほほほ。妾のほっぺすりすりで回復したと申すか。さすが妾の未来のおっ「あああんん?? ああーーんんんっ???」」
眉間を吊り上げて、顬に青筋を立ててアリスを睨みつけるシュウ。アリスはまあまあとそれを宥めた。
シュウはホヅミへと向き直る。大きく回ってホヅミの横側へと位置をずらす。ホヅミの魔法が町や仲間に及ばないようにするためだ。
「さあ来やがれ!」
ホヅミは風の弾丸が思っていた以上にシュウへとダメージを与えて、手が震えていた。けれど氷魔法に変更したとすればさすがにロウシュにも戦意のなさを読まれてしまうので、仕方なくもう一度唱えるとする。幸いシュウは背後に誰もいない所へと移動してくれていたためにその点は安心できるホヅミ。
「風の弾丸!」
当てなくてはならないのに、避けて欲しいという反する思いを有しながら放つ魔法。シュウはあっさりとその軽い身のこなしで魔法を回避してしまう。
「風の弾丸! 風の弾丸! 風の弾丸!」
シュウは避けながらホヅミにだんだんと近づいていく。
「おい混血。貴様にはもう一つ魔法があるではないか?」
「それは……でも使ったら……」
「使え」
ロウシュにはホヅミの躊躇がバレてしまっていた。もし使えばシュウは無事では済まないだろう。以前キマイラ戦で使ったあの魔法の凄惨さをホヅミは知っている。だんだんと弱っていくあの悲しい姿を、ホヅミは目に焼き付けている。
「勇者は貴様の知り合いであったな。どちらの命が大事なのだ? 自身の命が惜しくはないのか?」
もしホヅミ一人の命で済むのであれば、ホヅミは自身の命を差し出したかもしれない。けれど自身の命と同時に懸かっているのはリリィとマリィの命だった。だからこそ選べない。シュウにも死んで欲しくはない。そんな葛藤がホヅミを硬直させる。
「どうした? 貴様だけでない。貴様の仲間も死ぬのだぞ」
「「「ぐっ!」」」
再び絞まる絞輪錠。そうこうしている内にシュウはホヅミとの距離を僅かまで詰めた。
「…………」
ホヅミは何も出来ないでいた。するとシュウは地面を蹴ってホヅミとの距離を一気に詰める。そしてホヅミの首を鷲掴みにしてその勢いのまま飛んでいく。地面に着地する直前ホヅミの背中を取り、ホヅミを羽交い締めにしながらシュウは背中で着地を図った。
「混血、何をしている。早く使え!」
一層に強く絞輪錠が絞まりだす。
「グ……ラス……」
「そうだ。さあ使え!」
絞輪錠が少し緩み始める。使わなければ苦しくなり、使おうとすれば楽になる。 そんな単純な飴と鞭の繰り返しが、ホヅミの心を侵食していく。
「おいホヅミ。その首輪の主権者は誰だ?」
シュウの小さな囁きを聞いたホヅミは、指を動かしてロウシュを指す。
「他の二人は」
「同じ……」
「何をしている! そんなに潰されたいか!」
ロウシュは顔に筋を立てて、怒りのままに魔力を行使しようとする。
「亜空の支配者!」
瞬時にシュウは魔法を唱えた。シュウの背にしていた地面には大きな次元の穴が開いて、ホヅミとシュウは落下する様に次元の穴へと姿を消す。それを見ていたその場にいるルノーラ軍勢が驚き、ロウシュも驚いて不意にその怒りと魔力を引っ込める。しかし二人が消えた事に驚いていたのはロウシュだけであった。
「亜空の支配者! ……これで今日一日分の魔法は終わりだ……」
ルノーラ軍勢が驚いていたのは、ホヅミとシュウがロウシュの真後ろに出来た次元の穴から突然と現れた事にだった。そして再び唱えられる同じ魔法によって、ロウシュの眼前には次元の穴が広がる。ロウシュは気づいて即座に魔力を込めようとするが遅かった。シュウはロウシュを足蹴りして次元の穴の向こうへと飛ばす。そして穴を閉じた。
「良かったぜ。何とかする必要があったのが、あいつ一人だけでよ」
周囲は騒然としていた。ホヅミも何が起こったのか把握するまでに時間がかかる。しばらくして自身は助かったのだと理解した。
「要は魔力が届く範囲よりも遠ざければ良いんだろ? いくら魔力でも、光すら届かない反対側なら何をどうやったって届かねぇだろ」
シュウはリリィとマリィの元に飛び寄る。番人をしていた兵士を蹴散らし、スーパーパワーを用いて二人の封魔錠を粉々《こなごな》に砕いていく。
「ありがとう。さすが勇者様ですね」
「シュウくんだったよね。一度ならず二度もホヅミんを助けてくれてありがとう」
「うるせぇ、礼なら俺よりもこのルノーラのカス共にしな」
ぎらり。三人は各々にルノーラ兵の軍勢を見渡す。ルノーラ兵の多くは息を呑み、一部は身を凍りつかせ、残りは逆走し出していた。その様子を横から見るホヅミは胸を撫で下ろす。
「さあ、ここからが本当の戦争だぜ」
「わっ!? ん? ここは? どこ?」
ロウシュはいつの間にか見知らぬ地に立っていた。そこは暗い夜の森の中。早朝にアルストロメリアへと赴いたはずなのに何故と混乱する。
「グルルルル」
「ひっ!?」
気づけば辺りは何かに取り囲まれていた。低く唸る獣の声に身を震わせながらロウシュは内股に地面へと崩れる。
「ウルガルフの群れ!?」
闇夜の月光に照らされてその鋭い瞳を露わにする魔物はウルガルフ。Cクラスの魔物だ。Cクラスであればロウシュ一人の力でもさほど辛くはないだろう。けれどロウシュの飛ばされたその地はウルガルフの生息地のど真ん中であった。よくよく見れば辺りには食い散らかされた死骸がいくつかと肉の残っていない骨や、風化しかかっている骨。まさに餌場である。
「わ、悪かった。餌場を荒らしてすまない。私が悪かった。君達魔物はとても素晴らしい崇高な生き物だ。だから許してくれ。頼む。お願いだ」
ロウシュは情けなく縋る様にウルガルフに語りかける。だが飢えて涎を滴らせているウルガルフにとっては命乞いなど、餌による恒常化された行動に過ぎない。
「た、頼む。見逃してくれ。そうだ。もしルノーラ帝国まで私を運んでくれるならば、貴様らに一生分の肉をくれてやる。ルノーラにはたくさんの貧民が溢れ返っているからな。そろそろいい加減目障りだったところなんだ。どうだ?」
「ガルルルルルッ!!!」
一匹のウルガルフがロウシュに飛びかかる。そしてそれを合図として他のウルガルフも一斉に飛びかかった。
「ぎゃあああ!! や、やめっ……うがぁああっ!! ぎゃっあっ!? ぐがああああああああっっ!!?!!!!」
二の腕、肩、腹、胸、腿、脹ら脛、金的、顔、全てがウルガルフによって乱暴に食いちぎられる。
「あが……が……ぐ……がぁぁ」
「グルルルルル!!!」
辺りは自身の夥しい血と肉片が散乱する。筋肉を食われ動かす事も出来ずに項垂れた状態で、視界の続く限りにその惨たらしい光景を見ていた。やがてウルガルフの一匹がロウシュの眼球に目をつける。
こうしてロウシュは悲惨な末路を遂げた。





