どこにも行かせないよ7
炎の中で切なげに舞う光の粒。その一つ一つがデスドラゴンの魂。猛威を奮っていたデスドラゴンもこうなってしまえば、ただの生命の最期。リリィは胸をぎゅっと締めつけられていた。
魔物なんて倒して当たり前。それは凶暴であるからと、昔から教わってきた。けれどデスドラゴンは明確な理由があって町へ来ていたような話し方をしていた。
(もし出会い方が違ったら……ゼロみたいに仲良くなれたのかな?)
リリィはしみじみ思う。魔物とはいったい何なのか。どうして生まれるのか。魔物にも心はある。それも人や魔族と同じ様に。
「飛翔の極意」
リリィは元来た空を翔る。荒地を抜け、森を抜けると、小勢の人影が今にも森へと足を踏み入れようとしていた。
「なぁほんとに行くのか? さっきの見たろ? やっぱりやめようぜ?」
「何怖気付いてんの! 子供一人に頑張らせて自分は己可愛さにしっぽ巻いて逃げるっていうわけ?」
何やら森に入るか入らないかで揉めているようだ。
「おぉーい!」
リリィは賞金稼ぎ達と合流する。そしてリリィはデスドラゴンを斃した事を話した。賞金稼ぎ達は驚き顔を見合わせていたが、リリィが証拠の燃えきらなかった牙を持参して見せつけると、皆納得した様だった。
「嘘だろ……あのデスドラゴンを」
「しっかしやるなお前! まさかたった一人でデスドラゴンを斃しちまうなんてよ!」
「僕たちも賞金稼ぎとしてはまだまだですね」
賞金稼ぎ達がリリィに対して尊敬の眼差しを向けていた。
「それより、他の人達の手当をしに行かなきゃ」
リリィはそう言うと再び飛翔魔法を唱えようと前に出ていく。
「待てよ。心配すんなって。町にも癒術師がいるんだぜ? 今頃は皆手当されてるよ」
「そうそう、大の大人がこんな可愛らしい女の子におんぶにだっこじゃ格好がつかないわ」
「ははっ、そりゃそうだ」
笑いが蔓延ると、大斧を肩に担いだ賞金稼ぎが大きな手でリリィの背中を覆うようにそっと叩く。
「帰ろうぜ、俺達と一緒に」
その大きい体で温かく見下ろす様に、強面ににぃと笑みを浮かべて言うと、リリィは頷く。こうしてリリィは賞金稼ぎ達と共に町へと赴いた。
しばらく歩いていると町が見えてくる。町の入り口には多くの人が集まり、賞金稼ぎ達の亡骸を並べて弔っているようだ。絹を全身に被せられた亡骸を前に泣き崩れる者もいて、勝利の凱旋とはいけなさそうだった。
「お、おいあれ!」
「賞金稼ぎ達が帰ってきたぞ!」
「あの魔物を殺ったのか?」
と遠目に賞金稼ぎ達の帰還を目にし、騒ぎ出す住民や治療済みの賞金稼ぎ達。町中を手分けして大きな声で賞金稼ぎ達の帰りを言い広めていく。
「何? どうしたの?」
ホヅミはリリィの言われた通りに耳を塞いで、民家の壁に腰を掛けて縮み上がっていた。周囲の様子の変化に恐る恐る耳に当てた両手を離していく。
「賞金稼ぎ達が帰ってきたぞぉーっ!」
その言葉を耳にした途端ホヅミは息が止まる。そして気づいたら走り出していた。
(リリィが……リリィが帰ってきた!)
慌ただしくなる町中を、一直線に入口へと走るホヅミ。入口では多くの並べられた亡骸に人集りが出来ている。そしてその先に賞金稼ぎ達の影があった。
「リリィ!」
賞金稼ぎ達の中央を歩くのはまさにリリィだった。
「下位魔鎧魔法・微……」
町の入口前にまで来ていた賞金稼ぎ達。その中のリリィは町に入る前に、結界避けの魔法を小声で唱えた。
「あれ? 何で? 薄くならない」
「あら? どうしたの? 魔法壁? ……まさか魔物が!?」
リリィの魔法壁に気づいて警戒する魔法使いに連られ、他の賞金稼ぎ達は小首を傾げる。
「ああううん、違うの。まだ魔力残ってるかなーなんて…あはは」
誤魔化して魔法壁を解いた。
(何で……まさかこれって……)
リリィは自身の魔力が高まっていくのを感じていた。あれほど強大な魔法を放ったはずなのに、魔力は尽きるどころかだんだんとその量を増大させている様だ。
『微弱な魔法制御は、恐らく元々魔の力が色濃くない人間だけが可能でしょうから』
リリィはゼロが王都で言っていた事を思い出す。
「!?」
ジリリ。
リリィは結界に近づくと、一瞬体にびりりと走った。
「おい聞けお前ら! あの魔物はここにいる嬢ちゃんが一人で片付けちまった! これをもって、この嬢ちゃんを英雄と称する!」
「おお英雄様!」
「町を守ってくれてありがとう! 英雄様!」
たくさんの民衆や賞金稼ぎ達が拍手でリリィを讃える中、リリィ自身は額から汗を流して立ち止まっている。
「どうしたんですか? 町へ入らないのですか?」
一人の剣士が前にいる立ち止まったリリィを不思議がって話しかける。他の賞金稼ぎ達もその様子に、再び小首を傾げていた。
「嬢ちゃんどうした? もしかして恥ずかしかったか?」
「あなたは今回の主役よ? あなたがいなきゃ始まらないわ。行きましょ?」
リリィの体からはだらだらと嫌な汗が噴き出していた。呼吸が早くなり狼狽する。
「あはは……ボ、ボク……大事なもの落としてきちゃったみたい……ちょっと取ってくる」
一歩、二歩と後退りすると、何かに躓いてしまったようで、尻もちを着いてしまった。
「痛っ!?」
「お前ら! そいつから今すぐ離れろ!」
転けるリリィと同時に町の方から大きな声が飛んだ。その声は怯えるように恐れるように、震えていた。
「そいつだ……そいつなんだよ……王都を滅ぼしたのは……そいつなんだよぉ!」
体や顔半分に包帯を巻いた男が、リリィを指して慄然と膝をがくがくさせている。
「おいおいお前、何言ってるんだ! この嬢ちゃんはこの町を救ったんだぞ!」
「そうよ! 変な事を言わないで」
リリィの傍に立つ強面の大斧使いや魔法使いも包帯の男の言う事を撥ねつける。
「そいつの魔法が……俺の体半分を焼いたんだ……見ろ!」
包帯の男は顔の包帯を取っていくと、惨たらしい火傷の跡が現れる。
「そうだ、きっとそいつは魔物だ……人間に……例え魔族でもあんな魔物を一人で相手になんて出来るはずない!」
歯の根が合わない男の必死の言い分を聞いた賞金稼ぎ達はまさかとリリィを見た。地面に尻をつけて俯くリリィはよろよろと起き上がる。
「嬢ちゃん……んなわけ……ねぇよな?」
「そうよね。さっき見た炎も……きっとデスドラゴンが……」
「知恵を駆使してあの魔物を追い払ったんですよ……そうに決まってます」
賞金稼ぎ達は揃ってリリィの味方をする。だがその心にはリリィに対しての確かな疑心が芽生えていた。そっと顔を上げるリリィ。焦燥感に煽られてうっかり取り乱してしまいそうになるも、抑えた。
「ほんとだよ! あの人何言ってるのかなぁ? ボクが王都を滅ぼすだなんて、そんな酷い事しないよ! …………それじゃあボクちょっと……落とした物拾ってくるね!」
笑って誤魔化して、歩いてきた道を振り返るリリィ。ふと一人の射手が視界の端に捉えたある物を拾ってまじまじと見詰める。
「待てよ」
その一声にリリィは足を止めた。
「あんたさっきここで転けてたよな?」
「え? そ、そうだけど……それが?」
「この折れた剣の刃先に……赤紫色の血がついてる……確かデスドラゴンは青血だったはずだよな?」
射手の糾弾にリリィは動揺を隠しきれず、目が泳いでしまっていた。
「な……何? ボクの血が赤紫色って言うわけ? ……も、元々ついてたデスドラゴンの血と混じっちゃったんじゃない?」
白々《しらじら》しく言い逃れをしようとするリリィに、射手は鋭い視線をぶつける。
「その隠してる右手……見せなよ」
「別に……これは隠してなんか……」
リリィは隠すように握った右拳を左手で覆っている。
「それなら見せなよ」
「っ…………」
先程までリリィの味方をしていた賞金稼ぎ達も、疑いの視線を向けていた。リリィは恐る恐る左手を退かして、先ほど折れた刃先で切ってしまった掌を前に返す。
「あれは……赤紫色の血!?」
「そんな……まさか本当に魔物だったなんて」
町の入口付近で住民や他の賞金稼ぎ達が様子を見ている。
「ボクは……違っ」
リリィは自身が魔物である事を否定するのを止めた。それはリリィに芽生えていたとある心根に基づいている。
「魔物かもしれないけど……でも……町を守ったよ? 皆の怪我だっていっぱい治した! ……王都のは……わざとじゃ……ない……」
言いかけるとリリィは下を向く。賞金稼ぎ達は冷ややかな目でリリィを見下ろしていた。リリィの、魔物の言い分など聞くつもりははなからないのだろう。
「何が町を守っただ。お前がデスドラゴンを使役して町を襲わせたんじゃないのか?」
「そんなっ!? 違うよ!! それにデスドラゴンだって、理由があって」
冷たい視線がリリィへと注がれる。賞金稼ぎ達はそれぞれ武器を構えていた。
「リリィ!」
入口まで駆けつけたホヅミは叫んだ。しかしリリィには届いていない。そして今にもリリィが賞金稼ぎ達から攻撃されつつある状況を見てどぎまぎするホヅミ。
「あいつが……私のアレクを……」
「あいつが……僕のパパを……」
「殺してやる」
その場にいる何人もの人から呪いの言葉が飛び交い負の情念が渦を巻いていた。
(そんな……何でこんな事に!?)
ホヅミは人集りの隙間を無理矢理こじ開けるようにしてリリィの元へと向かう。
森から離れる際にリリィに優しく笑いかけていた賞金稼ぎ達は豹変したように、リリィへと冷たい殺気を送る。
「デスドラゴンを使役する様な魔物に、俺達が勝てるんすかね?」
「さあな。でもただじゃ殺られねぇ。男には命張ってでも戦わねぇといけねぇ場面があんだよ」
「あーら? 私女なんだけど?」
リリィは過去を思い返していた。そう、ちょうどあの夜もこんな場面だった。少し違うのは、あの夜と違ってリリィを守る者はこの場にいないということ。
「いや……嫌ぁ!!」
リリィは反対方向に走り出した。
「おい、あいつ逃げてったぞ? 追うか?」
「追う事はないでしょう。わざわざ強敵の方から撤退を図ってくれるんです。甘んじましょう」
走り去っていくリリィを見て、賞金稼ぎ達は武器を収めた。
「リリィ! リリィ待って!」
ホヅミはやっとの事で人集りを押し退け入口前に出る。すると後ろから誰かが向かってくる気配を察知した大斧使いが、その大きな手でホヅミの体を鷲掴みにする。
「おいお前、まさかあいつを追いかけようってんじゃねぇだろうな?」
「離してよ! リリィが! リリィが行っちゃう!」
「?」
突然走ってきた少女の行動や言動に、今いち事情が飲み込めない大斧使い。
「そいつ、あの魔物の連れっすよ。昨日、組合に二人で来てるとこ見たんす」
槍使いが耳打ちする。
「って事は、こいつも魔物か?」
「離してよ!」
カンっ!
ホヅミの思い切りの蹴りは大斧使いの金的に直撃する。あまりの激痛に耐えかねて、思わずホヅミを手放し内股で地面に崩れ落ちる大斧使い。
「あら、行っちゃった」
「おーい、大丈夫すか?」
「っ………無念……」
ホヅミはリリィを追いかけて、森へと足を踏み入れた。
「リリィ! どこなの! 返事して!」
声を上げるが返事はなかった。慣れない森の中を走り回るホヅミ。辺りを見渡しても、木々が広がっているばかりだ。
「リリィ! お願い! 出てきて! きゃあっ!?」
驚くホヅミ。目の前には惨たらしく転がる死体とそれを食い散らかして口から赤いものを滴らせている魔物がいる。
「お、お食事中失礼……」
「「グルルルル」」
二体のミンクの様な魔物はホヅミを見ると牙を剥き出しにし、涎を垂らして威嚇する。ホヅミの脳裏には嫌な想像が働いては消えない。
(助けて! リリィ!)
「下位火炎魔法!」
ホヅミの想いが届いたのか。聞き覚えのある声に見覚えのある魔法。群がる魔物達は驚いて逃げていく。
「リリィ!」
振り返るとリリィの姿があり、ホヅミは泣きながら喜々《きき》として駆け寄った。
「良かった!……もう……置いてかれたと思っちゃったよ!」
涙を指で拭うホヅミ。リリィの顔はどこか、嬉しそうに、悲しそうにと複雑な表情をしている様に見て取れた。
「リリィ?」
「ホヅミん……ごめんね。ボクもうホヅミんとはいられないよ」
「え?」
突然と告げられたリリィの言葉に、ホヅミは耳を疑った。
「実は……話してなかったけど……ボク、魔物と人間のハーフなんだよね」
切なげに語る表情に、ホヅミの表情からは笑顔が消える。
「前に話したでしょ? ボク……勘当されちゃったって……それが理由なんだよね。村の人からみんなに攻撃されて……」
「分かってたよ」
「えっ?」
丸くなったリリィの目をすっと見据えて、ホヅミは語り始めた。
「魔物ってさ、どんなに悪者なのかって私には分からないよ。分からないけど、リリィが魔物の血を引いてるって知った時ね? リリィの事は嫌いにならなかったよ。何でか分かる?」
困惑した様子のリリィは首を横に振った。
「それはね、リリィだからだよ。リリィと初めて出会ってから、いつだってリリィは私の事を助けてくれたよ? 魔物から襲われた時も、私がリリィの体で町に入れなくても、入れ替わりが解けた後だって、同じように守ってくれた」
魔物の血を引いているという事実を知られた途端に、裏切られ、そして裏切られる。信じていた仲間も、成し遂げた事も、全て魔物の血が奪っていくのだと知った。そしてそれは偶然巡り会えた友達までもを奪っていくのだと、リリィは恐怖していた。もう失いたくない。揺らめく鮮やかな炎のまま心にいて欲しいとリリィは何度願った事だろう。でも魔物の血はその炎を消火してしまう事はなかった。
「リリィと食べたお魚、美味しかったよ? 生まれて初めて食べたよ。あんなに美味しいもの。私、リリィといるとずっと幸せなの。だからそんなに泣かないで?」
リリィは目からぽろぽろと溢れる涙に気づくと、腕で拭った。
「ごめん……ボクって泣き虫だね」
「そんな事ないよ。だって私の方が泣き虫だもん」
にこりと笑うホヅミを見たリリィは決心した。
「ホヅミん……ボクもホヅミんが大事……だからこそホヅミんは人間として……人間と生きるべきだと思う」
リリィはそう言うと、ホヅミに掌を翳した。
「さようならホヅミん」
「ちょ、ちょっと待って……何でそうなるの? 私はリリィと」
「飛翔の極意!」
するとホヅミの体は浮き上がって、だんだんとリリィから遠ざかっていく。
「そんな!? リリィ! 」
「ごめんホヅミん……君には迷惑をかけたくない」
ホヅミは手足をばたつかせて何とか魔法を振り払おうとするが、そう簡単にはいかないようだ。
「待って!降ろしてリリィ!」
このままではリリィとは離れ離れになってしまう。今離れればもう二度と会えない、ホヅミはそんな予感がした。
「リリィ……一緒にいたいよ……」
ホヅミは伸ばした手で、小さくなるリリィに触れる。
リリィはホヅミにとっての、この世界で出会った掛け替えのない友達となっていた。
(いっそ……私も魔物の血を引いていたら……)
そうホヅミは考えた。その瞬間、リリィの操作ミスのせいかホヅミは木の枝に頭を強く打ちつける。
「痛っ…………たくない?」
当たった感触はあったものの痛みはなく、頭をひねるホヅミ。
「ん?」
ホヅミは立っていた。
「あれ?」
空を飛んでいたはずなのに、何事もなかったように土を踏みしめている自分に混乱が収まらない。
「あれれ??」
ふと遠くの方で枝を幾本も折る音が連続して鳴った。
「痛ったぁ〜っ!!」
聞き覚えのある声につられたホヅミは事件の起きただろう地点に走る。
「痛たたぁ〜」
背中からひっくり返ったその少女は見覚えのある姿で、痛そうに頭を両手で抑えていた。
「リ…………リリィ?」
ホヅミが恐る恐る訊ねるその少女は白髪ショートのパッチリとした黒目をしている。しかし以前見た時とは違って服装がよりこの異世界に馴染んでいるようだ。
「ん? ……あれ、ボク………あれぇ!?」
二人は目を合わせて互いの顔を凝視する。
「「ぷふっ!」」
二人は息を揃えて吹き出した。
「ボク達また入れ替わっちゃったね」
「そうだね」
リリィは起き上がると両手で体中を叩いて土を払う。
「あーあ……これじゃホヅミんと別れられないじゃん」
薄く瞼を下ろして視線を落とすリリィは穏やかな表情だ。
「ねぇリリィ」
「何?」
ホヅミは自身の体をしたリリィに飛びつく様に抱きついた。
「もうどこにも行かせないよ?」
「そっちこそ、ボクの体大事にしてよね」
「そ、それはこっちのセリフ」
言って二人はまた吹き笑い。
こうしてリリィとホヅミの二人は再び入れ替わり、どうにも切れる事の出来ない関係性を築き直したのであった。
これでとりあえず一段落つきましたね。
続きの話をお楽しみに!
次リリィとホヅミ書く時はホヅミ中心になるやも。





