第22話最強の俺、さらに最強に
「ハァ、ハァ……! ま、間に合っ……た……!」
ライブ会場の楽屋口。国際法をいくつか踏み倒し、成田空港から最高速度のヘリと高級車を乗り継いで滑り込んだ俺は、開演わずか五分前にステージ裏へと到着した。
世界経済を裏から動かすオーダーメイドの黒スーツから、いつものバンド衣装へ、走りながら着替えたせいで全身汗だくだ。ワイシャツの襟元ははだけ、呼吸は完全に乱れていた。
「波瑠――ッ!!!!! お前マジで何やってんだよ!!!」
楽屋のドアを開けた瞬間、久の鼓膜を破らんばかりの怒号が降ってきた。
結人と宗介、そして普段は冷静な蒼までが、見たこともないほどの形相で俺を取り囲む。
「ごめん、本当に機材のトラブルがややこしくて……!」
「機材とかそういうレベルじゃねえだろ! お前、あのテレビのニュースで――」
「久、怒るのは後だ! スタッフがもう開演三分前だって言ってる!」
宗介が時計を指差し、結人が慌てて俺の背中をステージへと押し出した。質問攻めにしたいのを必死に堪え、メンバーたちはそれぞれの楽器を掴んで暗転したステージへと飛び出していく。
――ジャァァァァァン!!!
ステージの照明が一斉に弾けた瞬間、地鳴りような大歓声の渦が俺たちを包み込んだ。
俺は鍵盤の前に座り、深く息を吐き出す。数時間前まで東欧の爆発的な戦場に立ち、セーフハウスの椅子の上で世界を動かしていた男が、今は大勢のファンの前で泥臭くキーボードを弾いている。この圧倒的なギャップが、たまらなく愛おしかった。
カウントに合わせ、俺の指先が新曲のサビのコード進行を奏でる。
【 C - G - Am - Em - F - C - F - G 】
世界の裏側で悪魔たちを完全にハメた、あの美しいメロディ。
久のボーカル、結人のベース、宗介のドラム、蒼のギター。こいつらと鳴らす生の音が、世界最高峰のAIのどんな予測データよりも、今の俺の身体に心地よく響き渡った。
*
ライブは大成功。鳴り止まないアンコールの声を背に楽屋に戻った瞬間、本当の恐怖が俺を待っていた。
「さあ……ライブは終わったぞ、波瑠」
久が腕を組み、楽屋のソファにドカッと座り込んで俺を睨みつける。結人が部屋の鍵をカチャリと閉め、宗介と蒼が俺の逃げ道を完全に塞いだ。ガチの尋問体制だ。
「説明してもらいましょうか。数兆円をポンと出す世界企業の『社長代理』さんよぉ。テレビの前にいた俺たちの気持ち、考えたことある?」
「あはは……。あれは、その、同姓同名のそっくりさんというか……」
俺が必死に気弱な高校生を演じて言い訳を探していると、楽屋の隅のテレビから、ニュース番組の速報チャイムが鳴り響いた。メンバーの視線が一斉に画面へと向かう。
『――続いてのニュースです。世界中が大混乱に陥った東欧のデータセンター襲撃事件ですが、現地警察の発表により、テロ組織の幹部および実行犯の全員が、突入した特殊部隊によってボッコボコにされ、完全逮捕された模様です』
画面には、Jの鉄拳によって顔の形が変わるほど叩きのめされ、無惨に引きずられていくテロリストたちの姿が映し出されていた。
『また、行方不明となっていた世界最大手メガ企業のローレンス社長も無事に保護されました。社長はカメラの前で涙を流し、「筆頭株主である日本人の少年に命を救われた」と深く感謝を述べています。なお、臨時の社長代理として世界を驚かせたその少年ですが、現在はすでに現場を離れており、メディアのインタビューを行うことはできませんでした』
『現在、同社はデータセンターの復旧と、被害に遭った職員への異例の厚い補償を即座に開始し、世界市場の混乱を完全に収束させ、力強い復興へと向かっています――』
ニュースが終わり、楽屋の中に重苦しい、だが確信に満ちた沈黙が広がった。
画面の向こうで「忙しすぎてインタビューすらできなかった」と言われている世界最高の支配者が、今、目の前で汗だくになってポカリスエットを飲んでいるのだ。
「……なぁ、波瑠」
久がゆっくりと立ち上がり、俺の肩に手を置いた。
「お前がどれだけヤバい大富豪でも、SKYTOONのキーボードはお前だけだ。……だけどな、隠し事はナシだ。今から全部、洗いざらい吐いてもらうからな!」
「う、うん……。分かったよ。何から話せばいいかな……」
俺は苦笑いしながら、ようやく、大切な日常の仲間たちへ、自分の「裏の顔」を少しずつ語り始めた。
全財産三兆円。そして時価総額700兆円企業の社長代理。
最初から、俺は世界の頂点に立つ『最強の男』だった。
だが、この事件を経て、俺はただ裏からお金を動かすだけの支配者ではなくなった。合法的に巨大企業の全権を掌握し、世界中のエリートや警察、さらには最強の助っ人やAI『ラプラス完全版』の真の力までを自分の両手に収めたのだ。
日常を守るために、世界の裏側の戦争を完璧に片付けた。
仲間たちの驚愕の視線を浴びながら、俺は心の中で静かに、かつてないほど獰猛な笑みを浮かべていた。
裏の権力も、表の名誉も、そしてこの愛おしいバンド活動も。すべてをこの手で支配して、俺はさらなる高みへと上り詰める。
最強の俺は、この瞬間、誰も手が届かない『さらに最強の存在』へと進化したのだ。
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