閑話3 その頃の東方組
実際に東のあいつらが何をしてたのか。本章裏話編。
「フェーイ。このデータちょっとどういうことなのー?」
きらぎらしい銀髪の少女が、宙に浮かぶスクリーンを指さしながら、己の眷属たる青年を呼びつける。
ここは、西の民から東方と呼ばれる地方に広がる枯野の地下深く。
地上からの道閉ざされし、失われし文明の遺跡。
但し、この『遺跡』はまだ生きている。実働部分は往時の百分の一にも満たないが。
問われた青年が振り返ってスクリーンに浮かぶ文字列を目で追う。
「えっどれ……ああ、あの子の。見ての通りですよ。
適合率90%以上なんてこの時代で出るとは想定外でしたけど、多分この遺跡の元の住民の末裔だったんじゃないですか?
そこまで調べてないですけど」
それが、旅の末に枯野に辿り着き、数日前に、ここでその目的を果たし、そのついでで、もとの住処のあたりに少女が帰してきた少年の治療データだと気づいて、軽い調子で答える青年。
「ああそう、いやそこじゃなくて!なんでここまでしちゃったの、これもう下手すりゃ後戻りできないレベルで置換されちゃってるじゃないの。成長ぶんでカバーできる範囲越えてるよね??」
「技術的限界ですよ。***に六割がた浸食されちゃってましたから、私の手にある技術では、こうでもしないと元の形にすら戻せなかったんです。
貴方が最初から手を出していれば別でしょうけど、それはしてはいけないでしょう?」
そう、青年が少女の言に従って調査し、少年をみつけたとき、彼は『あらゆる意味で』死にかけていた。
異界からこの世界に零れ落ち、意志あるものを食らう、名を述べてはならぬ浸食者によって。
彼が助かったのは、本当に偶然のたまものだったのだと青年は推定している。
どうやってか、少年の住処の民が祖霊様と呼ぶものたちの守護があったからこそ、そして青年が探索開始から比較的早い時間で発見できたことで、生き残れたわけだが、そのいくつかの偶然があってなお、ギリギリのところだったのだ。
浸食が二、三割程度までなら、この、遺失技術が僅かながら生きて動いている遺跡の再生装置で、どうにか普通の人として治療できる。
六割は……そんな、補修してだましだまし、細々と動かしている再生装置で補填可能な範囲を完全に超えていた。
ので、本当なら望ましいことではないと知りつつ、医療用ではなかったものの、転用可能な状態のナノマシンを使用することにしたのだ。
幸い彼はナノマシン本体、製造施設双方の稼働権限も、材料の余剰在庫も予備として持っていたので。
なお、少女のほうは、この世界と人間の理を越えた力を持っていて、それには完全再生だの蘇生だのを実現できる権限も一応含まれているのだが……
……喪月戦争のダメージがいまだ残り、本業とされている仕事以外に使う力を制限されている彼女にそれをさせてしまうと、本人が今度は良くて幼女化したうえに、多分枯野の半分以上、どころか恐らくこの遺跡までもが代償として消失しかねないので、とても選択肢には入れられない。
それならナノマシンによる補填でちょっと人間離れしたくらいなら許容範囲ではなかろうか?
だいたいあれは認識して使いこなせたら便利だけれど、そうでなければちょっと丈夫になったなとか力がついたかな、くらいの効果しかないもの。
ロストテクノロジーの流出は禁忌ではあるけれど、今の時代に我々以外にこんなものに気付く存在がそういるはずはないし……
少々酷いことを考えつつも、真顔で返してやると、少女がたじろぐ。
「うっ……まあ、そうなんだけど……それだと日常生活で支障が出そうな気もするし、そもそも名乗らせなかった意味が……ってあれえええええええ何このラインーーーーーー?!」
それでも言いつのろうとしていた少女が突然叫んだので、青年が首を傾げる。
「どうしました?ライン?」
言っていることは判るが、なぜその単語が出てきたのか判らないという顔が、次の台詞でちょっとひきつった。
「なんかこないだまで眠ってた妹ちゃんのほうにラインつながっちゃっててあああああああああああああああああの偽名ナンデー!!!?」
偽名?ここ最近で偽名といえば、あからさまに今考えましたって顔で前時代の古典から引っ張ってきて少年に名乗った、あの『シーリーン』だろう。
だが……
「記憶封印したんですよね?しましたよね?」
送り返す前に、***の影響を受け始めて以降の記憶は危険なので封印したと少女は言ったはずだ。
「そりゃもうがっちりと、百年くらい思い出せない程度に」、と。
そもそも、百年くらい、と、今の時代の人類の寿命――平均して五十年ちょっと、よっぽど長生きしても百年弱――を、少し超えるぐらいの制限をつけておくのは、力の節約と封印強度の担保の為である。
だというのに。
「したわよぉ。そりゃもうがーっちりと。***なんて、認識してなくてもノーガード状態だと、覚えてるだけで汚染されかねない危険物だし、私たちを覚えられて、存在が西方に漏れるのもだめだし!
なんで、妹ちゃんにあの名前あげちゃうの!
破片の残滓が反応してライン完全に繋がってて、もうノーリスクでは切れないッ!」
どうやら、少年がピンポイントでそこだけ思い出してしまい、何故かこのタイミングで彼の妹にその名を与えてしまったらしい。
が、これは彼女はともかく、彼からすると既に手詰まりである。
なにせ、青年にはその手の、俗にいう霊的素養が絶無であるゆえに。手出しする手段自体がないのだからしょうがない。
いや、彼女側も発言をみるに手詰まりではあるようだ。
「なんでだー!わざわざとってつけたような偽名つけて、あの子にも偽名だってはっきり認識してもらってたのに、一周回って媒介になっちゃってるんだけどおおおお回収案件だあああああ」
大げさに頭を抱えてぼやく少女の頭を撫でてみようか、でもそれやると子供じゃないわよって怒るしなあ。
逡巡は一瞬。青年はすぐいつも通りの平穏そうな顔に戻る。
「回収?妹さんを?」
ラインが繋がる、つまり少女の力がそこから少年の妹に漏れてしまう可能性がある。となれば接触してラインを無効化するか、いっそこちら側に連れてこないといろいろと危ない、はずだ。
そう思い訊ねたら、想定外の返事が戻ってくる。
「いや、両方……多分偽名認識がはっきりしすぎて逆にそこから穴空いた……兄のほうも記憶封印完全に解けたわこれ……
回収した碧の断片の性質からして……下手すっと二人とも『癒し手』発現しそうだから、今の時期はとくにやばい……はず」
今の時期?
と考えたところで、少し前に入ってきた情報を思い出す。それと。
「あー、兄のほうは機能再生措置の時にそこらへんはナノマシンの制御の都合で強制的にリミッタかかったようなものですから、よほどの身体欠損でも発生しない限りは大丈夫です。
なにせ私の技術とあなたの力は相性最悪ですからね。
なのでそれはおいておくとして、しばらく前に、北西の端のほうで拡大主義者の僭主が現れたとかいう話がありましたね。
ですが、発現したとしても、今の文明レベルでは、その距離ではそう簡単に癒し手の噂が流れるとは思いにくいですが」
安全配慮はできてますよ、とアピールしてみたものの……
「知らないのか、あそこの最寄りの街の領主、先日僭主の手先に下剋上されたぞ」
逆に情報が遅いと返された。
沈黙の集落(名もない集落を彼らはそう呼んでいた)から最寄りといえば図書館のあるクタラであるが……
「え、あそこ確か癒し手いましたよね」
人間の中にもごく稀に、癒しの力を使える人間が生まれるのだ。そんな力を使えると判ったとたん、有力者に確保され、そのまま秘匿されるか、『こちら側』のものが保護して、「いなかったことにする」のが基本だった。
クタラの癒し手は、たまたま領主の孫娘であったので、能力のほうを秘匿されて、筋金入りの箱入り娘として、大事に育てられているはずだったので、彼らは静観していたのだが。
少女は首を横に振る。
「わたしの感知できる範囲にもういないから、おそらく僭主の本国に誘拐され済み。多分もう生きてないだろうね。
……人間は魔法使えないから、能力が発現しても、自分の寿命か魂で癒すことになっちゃうからな……」
癒しの力といっても、魔法の力などない世界では、消費できるのは自分という存在自体がもつ『何か』だけ。
そもそも、ヒトを越えた存在のはずの少女ですら、自分の成長ぶんのなにかやら、世界を構成するなにかを代償にしないと癒しに属する力は発動できないのだ。
なお、癒し手以外の魔法系の力は、仮に発現要素を持つ人間がいたとしても、この世界自体にもともと魔力が存在しないので、発動も発現もしない。だからまず発見されないし、うっかり外的要因で素養が発現したものがいたとしても、発動が不可能なので原則放置だ。
癒しの力だけが、何故か魂を代償に発動『できてしまう』というのがこの世界での現象としては正しい表現となる。
そして、この人ならぬ少女の場合は。
傷や病をちょっと癒すだけですら、草原が枯野に変わる。
ゆえに少女にそれを行使させるのは禁忌なのだ。
蘇生に関しては、ただ一度、やむにやまれず実行しようとした結果、少女自ら『この能力はなかったことにする。ヒトひとりを生き返らせる代償がこれではちょっと割に合わないってレベルじゃないわ』と断言したくらいだ。
おまけにその時の試行は半ば失敗している。失い損どころではなかった。
人間が限界ぎりぎりといえるほどまでに数を減らしているこの時代、そんなハイリスクローリターンなことで貴重な人口――魂――を減らすなど、とんでもない。というのが『かれら』の言い分である。
青年が眉を寄せた。
「じゃああの子たちに発現した場合は……?」
「ああ、兄のほうはお前が意図せずにかけたリミッタがちゃんと有効っぽいわね。
そもそも力が発動する前にお前がぶっこんだナノマシンが忖度して仕事しちゃうだろうから、せいぜいナノマシン汚染が局地的に発生するだけで済むな。
ただ、それ自体もあんま望ましい状況じゃない。
……いや待てよ?だとすると兄が捕獲されるほうが汚染範囲という意味でよほどまずいなこれ?
僭主側に渡ったら最悪不死身の軍隊爆誕よ?……流石にそんな技術も資材もないはず、だけれど……
万が一にもそんなことになる前に回収せざるを得ないね。これはもう決定事項よ。
妹ちゃんは発現した場合、というか、感じからするともう発現しちゃってんだけど、体に染みついてるぶんの『碧の破片』の残滓使い切ったらそのあとはアウトだから、ヒトとしての存在に手を付ける羽目になる前にそっちもなるはやで保護だ保護」
あからさまに不機嫌、といった顔で少女が返答する。不機嫌というよりは、そういったポーズをしてみせることで、今後の予定とメンタルの安定を組みなおしているようではある。
「迎えに行きます?」
今動かせる移動機関て残ってたかなあ、ないよなあ、と早々に自己完結しつつも訊ねる青年に、
「いや、それができるなら頭抱えてない……そういやフェイ、ナノマシンここから干渉したりできないの?」
即答しながら無茶振りをする少女。
「無茶言わないでください。そんな遠距離制御システムなんて組み込む余裕ないし、それ以前に本来の医療用じゃない代替品なんで、目的外仕様までは無理です無理。
ぶっちゃけ目視どころか、体の一部だけでも接触しないと直接コントロールはできませんって。あれは今回はスタンドアロン稼働仕様にしてようやっと使い物になったんで!」
ぶんぶんと首を振りながら反論する青年。
「うっわ使えね。ってそうか目的外使用になっちゃうのか、すまん。……んじゃ祖霊ちゃんさんネットワークに頼んで、最悪集落ごとこっち来てもらうしかなくね……?」
少女が吐き捨てたものの、流石に悪いと思ったのか即謝るなどしながら、懐疑的な口調で別案を持ち出す。
「そういえばその祖霊さんって何なんです?私には認識できないようなのですが?」
霊的なものが一切関知できない性質の青年が首を傾げてみせる。
「『力の破片』に触れて、染まっちゃった人たちの魂が輪廻システムにはじき出されて、地上で何かの媒介を使ってネットワーク組んで自己保存してる状態。
あの集落のは碧が三人ぶんくらいと紫紺と藍がいるっぽいなあ。普通あんな小さな集落レベルで三色も寄り集まるもんじゃないはずなんだけど。
少年を保護してたのは直前に碧に入った子と紫紺の子だな、碧はともかく紫紺があれを気にする理由が今んとこ判らんが。
ってそうかー妹ちゃん『碧の破片』に触れてたんだからそりゃ素養出るよなー?
てか多分これ既に祖霊ネットワークとも繋がってるな?」
「……破片に、そんなに種類があるとか聞いてないんですが」
眼を剥く青年に、少女が肩をすくめ、乾いた笑いを漏らす。
「結構派手に飛び散らかしたから、多分あと十数個はあるんだよなあハハハ。
あ、今回回収した碧で八個め。
紫紺と藍は結構前に回収したよ。あとの残りは、サイズ的にも性質上も、人間にもわかるようには出てきてくれなさそうだからなー」
思いのほか数が多い。それになんだろう、少女から謎の諦観を感じる。
「いったいその破片って何の破片、なんです……?」
青年の知識の中に、関連する項目はない。少女が回収したという『碧の破片』のデータも、青年側には回ってきていない。
「喪月戦争で人間どころか星丸ごと死にかけたじゃん?それを滅亡確定にならないよう、滅亡寸前レベルぐらいまでに抑制しようとしたんだけど、賛同者ゼロでやるはめになって、思ったより過負荷えぐくて半身吹き飛んだー。
で、吹き飛んだ部分の『力』が性質ごとに固まったのが『破片』ね。碧は治癒力。藍が防御で紫紺は強化系だったかなあ。
抑制の試行自体は辛うじて成功したし、身体はその場に残ったぶんとかあれこれ圧縮しなおして再構成できたけど、おかげでいまだにガキンチョのなりのままよ、ほんとなら普通にばいんぼいんに育ってるはずだったのに」
まさかの喪月戦争時代。その頃青年は厳密には今の姿ですらなかったので、知らない範囲に違いはなかったが、半身?吹き飛ぶ?この少女が???
思考停止しかかったところで後半の台詞が聞こえて、思わず上から下まで少女を見つめる青年である。
「ばいん・・・?」
疑惑のまなざしついでにうっかり最後のほうを口走ってしまう。目に映るのは見慣れた、人間でいえば14歳くらいのつるぺた美少女だ。
戦争時、むしろ戦争後の後始末のダメージやら何やらで、強制的に休眠状態に追い込まれ、程々に回復したところでそれぞれ目覚めてから何年も経つが、これまたお互いまるで外見に変化はない。
但し、青年のほうの姿は、目覚めた折にわざわざ誂えた姿なので単なる仕様である。
当然、少女の機嫌は悪くなる、ように見える。
「なぜ疑う……我これでも神ぞ?……そりゃあ色々混ざってるし未熟かもしらんけど、一応地母神系統なんだからそうあって然るべきじゃん?!」
普段嫌がって使わない肩書?まで持ち出してジト目で主張する少女ではあるが、青年にはどうにもその未来が想像できない。
そもそも今の本性ヒト型じゃないでしょう貴女、と言う言葉は呑み込んだものの。
「お母上、慎ましやかですよn」ばきっ
理由として、うっかり禁句を口にしたら警告前に顎にこぶしが飛んできた。まあ少女なりに手加減はされていたようで、痛いがダメージにはなっていない。
「それかーさんの前で言うなよ。とーさんににっこにこでボコられるぞ」
にっこりと、目だけが全く笑っていない笑顔で少女がのたまう。
「殴ってから言うんですね……」
顎をさすりながら返答する青年。そもそも痛みというものに縁がない昨今なので割と新鮮だなあとか酷いことを思っているのは隠しておく。
だいたいがところ、彼女が成長しない理由なんて、ふたりとも嫌というほど知っている。簡単にまとめてしまえば、単なるリソース不足だからだ。
人間を含む生命が減りすぎたこの世界では、リソースの確保・回復もなかなか進まないのが現状なのだから。
殴った手をひらひらと振りながら、少女が肩をすくめる。
「一発で済ますだけ温情よ?
まあ冗談はおいといて、僭主側にもなんかおかしなのが付いてて情報収集力高い気配がするから、さっくり算段整えるわよ!
最悪部族ごと引っ張ることになるからまずは西黒森のアレをなんとかするわよ!」
じゃれあい終了を力強く宣言する少女に、青年は古い型の礼をしてみせる。
「はいはい、仰せのままに」
そして少女はふわりと余韻だけを残して、音もなくその場から掻き消え、青年も礼を取ったポーズのまま、これまた無音で光の粒に変じて場を去った――
フェイさんがフラグ立てすぎてて胃が痛い。
(1章本編書く前にこちらを書いてたんですよね。
あとうっかり横道に逸れすぎてこの文字数なのに本題の害獣駆除が終わってないねハハハ。
喪月戦争、つまりこの世界、戦争で月カチ割ったせいで星丸ごと滅びかけました。
むしろ今も緩慢に滅びに向かっている疑惑。
あ、***は滅びに関係ないです。ただの物理系余所者です。ええ、実は物理なんですアレ。




