《短編》楽しい年越し
これはエキナセアが獣人の国に来て、初めて新年を迎えた頃の話である。
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「そういえば」
そう言って声をあげたのは新年の花交換を終え、その腕いっぱいに花(色はほぼグリーンとネイビー)を抱えたエキナセアである。ここ獣人の国では新年を迎えると親しい間柄の人物に新年の挨拶と『迎える年が素晴らしい一年になる様に』との想いを込めて花を贈る風習がある。基本的に花は1人1輪で色は自由だが、獣化した時の自分の羽や毛の色に因んだ花を贈るのが最近の流行りであり、主張の激しい者は1輪と言わず何輪も、なんなら花束で渡す者もいる。そして先程、新年最初のお出掛けとしてエキナセア、ディル、バジル、フュー、ネトルの5人は市井を歩き回って帰ってきたのである。
「えぇ、なんでしょうお嬢様」
エキナセアの声に応えたのはいそいそと貰った花を花瓶に移し替え(勿論エキナセアからの花だけは別箱に避けてプリザーブドフラワーにしている)外気で冷え切ったエキナセアの為に暖かいココアを淹れるバジルだ。
「この国の年越しは随分と和やかなのね」
「………ん?」
最早我が家ですと言わんばかりにエキナセアの家のキッチンを占領するバジルは一旦手を止め首を傾げた。
「と、いうと?」
「だって新年の挨拶で血は流さないんでしょう?」
「は?」
「コンジョウダメシ?と言うのだったかしら。そういうの、ここではやらないんでしょう?」
バジルは目を軽く瞑って天を仰いだ。
「お嬢様、この話一旦ストップで」
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バンッと勢いよく開く扉
「雪掻き部隊撤収、お嬢様会議よ」
男性陣が顔を上げるとそこには玄関口で眉間を揉むバジルが立っていた。
『お嬢様会議』つまり、エキナセアに関する事の会議である。
「おおぅ……」
服についた雪を軽く落としながら既に面倒な空気を察してネトルは遠い目になった。ちなみにこの『お嬢様会議』、今回が初めてでは無い。エキナセアの出身地に潜入している頃から度々行われてはいるが、そのどれもが皆頭を抱えるものだったのである。そもそも、「本当に侯爵家の御令嬢ですか?」と聞きたくなるほどアクティブな性格な上、悪い意味で特殊な中の特殊な家で育ったエキナセアの常識はどこかズレがあり、ネトルがさっと思い出せるものでは「市井ではみんなこれを鼻に詰めて水中から飛ばして飛距離を競うんでしょう?」とにっこにこの笑顔で袋いっぱいのピーナッツを持つエキナセアだ。うん、非常に頭が痛い。
「あららー。今度はエキナセア様、何やらかしたのかな?」
そしてフュー、お前はこんな状況でも楽しそうだな。
「はあ………」
おそらくキッチンで雪かき部隊とバジルを待っていると思われる妹分のような自身の上司を思ってネトルは大きく溜め息をついた。
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「………で?」
雪かき部隊にバジル、そして今回の『お嬢様会議』の主役であろうエキナセアの手にココアが行き渡ったのを確認してディルがバジルに目を向けると彼女はチラリとエキナセアを見て、ココアを一口飲んだ。
「その……この国の新年は和やかなのねとお嬢様が」
「和やか……?」
バジルの言葉にエキナセア以外の全員が先程の街の様子を思い出す。
「いや、割とみんな浮かれて騒いでたと思うんですけど」
ネトルの言葉にフューも同意する。
「人形、半獣化、獣化が入り乱れてた上に色んなところに登り出すやつも結構いましたね!」
「ええ、えぇ!モフモフパラダイスだったわね!!!」
強めに頷くエキナセアをどうにか落ち着かせようとディルはエキナセアの頭をひたすら撫でた。
「まあ、確かにモフ率はいつもよりちょっと高かったかもしれませんが和やかと言うには結構な騒がしさというかなんというかな状況でしたけど。エキナセア様からしたらあれは和やかなんですか?」
首を傾げるネトルに、同じく首を傾げたエキナセアは不思議そうに口を開く
「でも『誰が1番沢山棘を刺せるか』を競う為に薔薇の茎を握りしめたりしないし、薬を使って声が枯れても叫び続けたりしないし、コンジョウダメシ?とかいうなんか痛そうな事もしないんでしょう?」
「………エキナセア様、タイムで」
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「闇が深い!!」
ダンッ!と机を叩いたネトルは思わず叫んだ。ちなみにエキナセアはきょとんとした顔のままディルに一旦別室へと連れて行かれた。酷い環境で育った妹分の情操教育をなんとかして進めていきたいと思っているネトルは思わず頭を抱える。
「うぅん……でもほら、前のピーナッツ事件みたいに絶妙に勘違いしてる可能性もあるし」
「それ本気で言ってる?」
フューの苦しい見解をバジルがバッサリと切り捨てた。
「なんていうか……あの人普段割とびっくりするほど俺みたいな庶民出身の奴とも話が合ったり、価値観を理解してくれるから忘れそうになるけど元侯爵家の御令嬢なんだよなぁ」
なので市井の風習などを完璧に知っている訳では無いし、たまに勘違いに勘違いを上乗せして大惨事を起こしている。
「うーん。また何か勘違いしてるんだな〜で済ませられないのが困った所だねぇ」
困った様にぽりぽりと指で頬を掻きつつ、フューが呟く。
「どこかで聞いた情報を間違って解釈しただけなら笑って済ませられるのよ。ただお嬢様の場合、生家が生家なだけに下衆な隠語の可能性があるから……」
「「うーん」」
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「モロノートンの伝統的な新年の行事?」
「ええ!潜伏してある程度の事は調べたりもしましたが、流石にお嬢様方の様な高位貴族の方々から直接お話を伺う事は無かったものですから」
再び雪かき部隊と女性陣の全員でリビングに集まり、今度は紅茶を淹れた。
「そうねぇ……」
エキナセアは何かを思い出す様に視線を上げる。先ほどの協議の結果、3人はこの件についてはこれ以上の深追いはやめて封印することにした(問題の先送りともいう)ただ、3人とも自国以外の文化に興味があることには違いないので捻れに捻れた情報の可能性がある市井の行事についてではなく、あの国の伝統的な新年の行事について聞く事にした。
「あぁ、有名なものでは教会の人間を呼んで聖書の読み聞かせをさせるわね」
「え、呼ぶの?教会に行くんじゃなくて?」
エキナセアの言葉にネトルはキョトンと首を傾げる
「ああ、よくあるやつですね」
「え、嘘だろバジル。これよくある事?」
ネトルの首がぐりんとバジルへと動く
「あー、そういえばうちの屋敷にも来てたなあ」
「え、フューも?待ってなんなの?俺がおかしいの?あと誰か俺の話聞いて?」
「気にするなネトル。基本的に貴族は自分から出向かずに相手を呼びつけることが多いだけだ。警護やらなんやら事情は其々だがな」
「ディル様…………!いや、あんたそのお貴族様の筆頭じゃないですか」
ギャンッ!と吠えるネトルにディルは首を振る
「いや、俺は新年教会に赴いていた」
「え、そうなんです?」
「それあれでしょ?王族の巡礼?視察?みたいなあれ」
「そうだな」
フューの言葉に頷くディル
「そういう事じゃないんだよなあ」
ネトルは遠い目をした。もちろんディルはわざとである。
結局、その後もエキナセアから新年の事を聞き出すものの『顔中に泥を塗って片足立ちをする』『鳥の羽を一枚抱えて眠る』『その日初めて見た草木をすり潰して香り袋に入れて持ち歩く』など、もう思考が疑問符の闇鍋になる状態だったのでエキナセア以外の全員で話をそれとなく逸らしてこの話も封印した。封印して、とりあえずもうヤケクソになったネトルの「よし!雪合戦でもしますか!」の声におかしなテンションになっていた他のメンバーも賛同し、全員の頬と鼻が真っ赤になるまで雪合戦をした。尚、途中からはディルvsバジルが行うネトル曰く「雪玉が持つ殺傷力じゃない」本気の雪合戦が始まってしまったのでエキナセア、ネトル、フューの3人は端っこでそれを平和に見ていた。そしてその日の夜は仲良く全員でエキナセアの家に泊まり、夜通し美味しい物を食べ、お酒を飲み、度々フューが行うバジルへの求婚を交えて楽しく過ごした。
「こんなに楽しくて心和やかな新年は初めてよ。みんなありがとう!」
先日投稿した物について「どうせ今投稿するなら時事ネタ(お正月)にしろよ」とのお言葉を頂いたので、成る程ね?(書く)と言う事で書いた次第です。短いですがハッピーニューイヤー!ギリギリセーフですね←
それと皆様お忘れかもしれませんので念の為髪色と目の色のメモを。
・エキナセア【茶・灰】
・ディル【紺・灰(暗闇で白金)】
・バジル【緑・黄】
・フュー【青・碧】
・ネトル【金・鳶】
エキナセアの抱えていた花達の色はまあ、つまりそう言う事だよ!!ということです。