赤いTシャツ
6月中旬の日曜日。
梅雨真っただ中だというのに、今年はあまり雨が降らない。
昨日も、そして今日も空は青く晴れ渡っている。
もう梅雨明けでもしたかのように、町も人も少しずつ夏の装いを見せ始めていた。
天気のいい休日は、こんな小さな町でもさすがに人が多い。
日向は人込みを避けるように、駅前にある本屋にいた。
特に欲しい本があるわけではない。
要はヒマ潰しだ。
日向は音楽雑誌を手に取った。
国内外の有名なロックバンドを扱った雑誌だ。
今年の春、田中に誘われていつもの三人でライブに行った。
そのライブにはいくつかのバンドが出ていたのだが、中でも、日向は「Deep Red」というバンドにハマった。
三人組のそのバンドは、女性ボーカルでありながら力強く、シンプルで重厚な音を奏でていた。
歌詞はすべて英語で、最初は海外のバンドかと思ったほどだ。
日向の目には、それらすべてがとてもカッコよく映った。
「DR」の文字がデザインされた、バンドのロゴが入ったTシャツも買った。
これといった趣味もなく、音楽にもそれほど興味のなかった日向にとって、そのライブはとても新鮮で、そして刺激的だった。
「こんにちは」
背後からの声に思わず振り返る。
えっ?
桜井ひなただ。
「あ、昨日はどうも…」
日向は慌てて雑誌を閉じた。
昨日はほとんど喋れなかったこともあって、なんだか気まずい。
それにしてもどうしてここに?
「お買い物ですか?」
「あ、いや、別に…」
「そうなんだ」
桜井ひなたは、ジーンズにスニーカー、それに赤いTシャツを着ていた。
Tシャツの袖を二回ほど折り曲げている。
そして、髪を後ろに束ねたその姿は、昨日の淡いブルーのワンピースとはだいぶ印象が違う。
「あの、もしよかったら、つき合ってもらえませんか?」
えっ…?
日向はうろたえた。
「ひなた、行きたいところがあるんです」
あぁ、何だ。そういうことか…
日向は急に恥ずかしくなった。
「ダメですか?」
「あ、いや…大丈夫ですよ」
「よかった」
無邪気に笑う桜井ひなたの横顔に、日向はなぜだか葵の面影を重ね合わせていた。
「行きましょ」
そう言って前を歩く桜井ひなたの背中を見て、日向はハッとした。
赤いTシャツの背中には「DR」のバックプリント。
それは、日向が持っているものと全く同じもので、あの日の朝、部屋で見たものだった。
桜井ひなたが歩きながら振り返る。
「お腹空きませんか?」
そういえばもうそんな時間か。
日向はケータイを見た。
午後1時を過ぎている。
「空きましたね」
「じゃあ、ご飯にしましょう」
桜井ひなたのペースに戸惑いながらも、日向はどこか懐かしさを感じていた。




