日常
よろしくお願いします。
ずうっと慕うその人に、どうしても伝えたいことがあったのです。
『 幸せになって 』
わたしの隣ではない場所で、わたしじゃない人と一緒に。
ハティの夜は長い。
人々が仕事を終え、帰路に着く時間帯からが仕事の始まり。
地味な男装姿で待機するのは、花街の一角。娼館の受付だ。
「おはよう、ハティ。今日も頼んだよ」
「店主様、よろしくお願いします」
平民にしては珍しく、ハティは読み書き計算ができる。
働かせてほしいと訪ねた折、店主の計らいで帳簿などの経理や雑務を担う補佐役を任された。
娼婦として働くつもりだったが、ここは男娼が働く娼館だったことを後で知った。
もちろん望んで身を売りたいわけではなかったので、今の待遇に非常に感謝している。
娼婦より賃金は低めで住み込みでもないが、身元の引受はしてもらえたので、細々とだが生活できていた。
花街の外に家を借りながら、店主に似て気のいい兄さん方と一緒に働いて、ハティはようやく呼吸というものを思い出せた。
「ハティ、お下がりはいるかい?」
「おはようございます、兄さん。有難く頂戴します」
「もし小物ができたら、またおくれよ」
「はい」
優しい兄さん方は、不要になった衣装や端切れを融通してくれる。
サイズを直して着たり、こまごまとした小物に作り替えたりするうち、ハティの作る物を気に入ってくれたようだ。
薬入れでも繕おうと思いつつ、色気を振りまきながら去っていく背中に頭を下げた。
夜の帳が完全に降りる頃、腹が膨れて懐のあたたかい客たちが、ガヤガヤと出入りし始める。
受付した順に案内役を配置し、前払いの会計を行い、帳簿をつけ、片付けの手配をし…と、補佐のハティは息をつく暇もなく動き続けた。
時折り厄介事が起これば、店主や用心棒のところへ走り、必要ならば警邏隊の元へも駆ける。
ここはトラブルありきの場所だ。お陰で、ずいぶん肝が据わったと思う。
「ハティ、警邏隊!」
「はい!」
酔っ払いを抑え込みながらの用心棒の声に、ハティは真っ暗な道を迷うことなく走り抜けた。
日が昇るまで仕事をしたハティは、燦々と太陽の光を浴びながらのんびり歩いて帰宅する。
古びた集合住居の一室、古く狭いが一人で暮らすには充分な広さ。
湯は娼館で借りてきたので、着替えたら適当にパンを水で流し込んで、簡易的に区切った寝室で布団に包まる。
夕方には、また仕事だ。兄さん方にもらったサシェの香りに癒されながら目を閉じると、あっという間に眠りに就いた。
ハティの日常は、あたたかくも賑々しく、ちょっと刺激的なのだ。




