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暁の獣恋譚  作者: 白川桜蓮


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第二十章 忌日の鐘

 王宮の朝は、音が少なかった。

 人の足並みも、扉の継ぎ目が鳴る気配も、どこか抑えられている。

 その代わりに、鐘の響きだけが中庭へ落ちていった。ひとつ、ふたつ。胸の内側をなぞり、消えきらない余白を残す。

 紗夜が呼び出されたのは、聖なる中庭だった。

 朱雀の文様が刻まれた石畳は陽を受けているのに、触れればわずかな冷えを返す。

 祝福と弔いが同居すると語られてきた場所で、目に見えない気配が肌の近くを行き交う。

 紗世が一礼すると、レオンは短く頷き、石畳へと視線を落とした。

 王代理としての彼は、言葉を削ぐことで人を動かす立場にある。

 それでも今の沈黙は命令のためではなく、抱えきれない重さを測るための間だった。

「……今日が、忌日だ」

 低く告げ、彼は息をゆっくりと吐き出した。

 鐘の余韻が残る空間で、横顔はいつもの硬さを纏いながら、崩れる瀬戸際にも見える。

「王妹リアナの」

 その名が置かれた瞬間、紗世の胸が締め付けられた。

 彼がこの日、この場所を選んだ理由は説明を待たずに伝わる。

 忘却のためではない。慰め合うためでもない。失われたものを二人の間に置いたまま、それでも歩くと決めるためだ。

 紗世は半歩だけ近づいた。互いの影が重ならない距離を選ぶ。

「……ここは、祝福の庭でもありますね」

 そう口にすると、レオンの口元がわずかに緩む気配があった。声にはならないが、鎧の継ぎ目がほどけるような変化だった。

「祝福だけでは、足りない日もある」

 言葉を終える前に、喉が一度動く。彼は続きを急がず、沈黙を自分の側に留めた。

 紗世は問いを重ねない。彼が言葉を選ぶ時間を奪えば、選ばれなかった感情が行き場を失うと知っている。だから、ただ隣に在り、呼吸の間を共有する。

 やがてレオンは懐へ手を入れ、布に包まれた小さなものを取り出した。掌に収まる花飾り。乾いた花弁の色が、長い時間を越えて守られている。

「……リアナは、これを大切にしていた」

 それだけで十分だった。弔いの鐘が重なり、石畳に音がほどける。王家の忌日は、声高に語られない。語られない分だけ、胸に沈む。

 紗世は花飾りから目を離さず、静かに頷いた。受け取るためではなく、共に抱くための所作として。

 聖なる中庭では、弔いの儀も祝福の祈りも同じ鐘で告げられる。失われたものを悼み、残された者が進むための合図だ。王家の慣習は、個人の痛みを切り分ける代わりに、国の時間へと編み直す。

 レオンは花飾りを布に戻し、胸元へ収めた。守るべきものが過去だけではないと、指先が確かめる。

 紗世は彼の横に立ち続ける。同じ鐘を聞いたという事実が、二人を同じ時間に繋ぐ。

 鐘が止み、朝の静けさが戻る。忌日は終わらない。だが、終わらせずに抱えたまま進む選択が、ここで交わされた。

 王宮の石畳に残った余韻は、再び歩み出すための確かな重さとなり、次の一日へ受け継がれていく。


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