第十九章 再建の始まり
王都の朝は、煙の匂いから始まった。
焼けた木材の焦げと、砕けた石の粉が混じり合い、風に押されて街へ降りていく。
戦の熱が引いたあとに残るのは、勝利の歓声ではない。
壊れたものの重さと、数えきれない手間だけだ。
中庭から続く広場の入口に、老獅子バルガスが立っていた。
鎧は汚れ、肩には煤が貼りついている。それでも背筋は崩れない。年輪のような沈着が、その姿勢に宿っていた。
「瓦礫は通りを塞ぐな。先に負傷兵を運べ。治療所を拡げろ。水と薬草をすぐに回せ」
太い声が短く切られ、命令が矢のように飛ぶ。
騎士たちが動き、民が走る。崩れた壁の石を運ぶ手、担架を支える腕、血に濡れた布を握る指先。誰もが淡々としていた。泣きたい者ほど、今は泣いている暇がない。止まれば、次に倒れる者が出ると分かっているからだ。
捕虜の扱いも決められていた。縄で繋がれた者たちが列を作り、監視の騎士が付き添う。反逆の名は重い。だからこそ、処断は勢いで行わない。王宮の規律は、血の熱が残る時ほど試される。乱暴な声は飛ばない。復讐の眼差しが湧き上がる前に、命令がそれを押し留める。
バルガスは一度、周囲を見回した。瓦礫の向こうで泣き崩れる獅子の母がいる。負傷した若い騎士に水を飲ませる老人がいる。怒号よりも、息遣いのほうが多い景色だった。
「復讐ではなく、再建を」
宣言というより、釘だった。獅子国の気性へ打ち込み、暴れ出しそうな熱を留める楔。
「血で終わらせた国は、次も血を選ぶ。今日は、そこから降りる日だ」
騎士たちが短く頷く。民は迷いを抱えたまま、それでも手を動かし続けた。憎しみが消えたわけではない。だが、同じ場所に立ち尽くせば、なにひとつ戻らないことを皆が知っていた。
少し離れた石段の上から、レオンはその光景を見ていた。
剣は収められ、手袋のまま指先を握り込む。
胸の紋様がまだ微量の熱を残し、衣の内側がひりつく。
勝ったのに、胸の内は軽くならない。軽くなるはずがないと、どこかで理解している。
自分が立つべき場所は、前線ではない。斬るべき敵の前でもない。
この散らかった現実の中心だ。
黙っていても進む再建など存在しない。
放置すれば秩序は崩れ、次は別の形で血が流れる。
王代理として、そして次期王として、選び続ける場がここにある。
紗世が少し離れた位置にいた。
忙しく行き交う人の流れの端で、負傷した民の手当てを手伝っている。
布を裂き、結び、濡らし、額の熱を確かめる。
手順は覚束なくても、指先には迷いがない。
目が合うたび、互いの立ち位置だけが確かになった。
今は恋を語る時ではない。だからこそ、離れないと分かる。
そのとき、ユラが王都の空を見上げた。晴れている。青は澄み、雲は薄い。それでも胸の奥がざらつく。
「……残ってる」
誰に言うでもなく、呟く。煙の匂いの奥に、冷たい黒が混じる気がした。霧のように薄く、消え切っていない感触。敵は去ったのではない。形を変えただけだ。
予感は、背中へ手を置くように確かで、厄介だった。
レオンも顔を上げ、同じ空を見た。唇の裏に鉄の味が蘇る。
終わった戦が、終わっていないことを、身体が先に告げている。
再建は始まった。だが、これは終幕ではない。新しい時代は、いまも試されている。




