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二十四の扉 母の願いと禁断の影

翌朝。


ロク城は、争いを終えて戻る領主キヨを迎えるため、家臣たちが慌ただしく動き回っていた。


サムもイーライもその一員として準備に追われている。


三姉妹は妾のひとり、メアリーの案内で城内を巡っていた。


どの窓からも、青く広がるロク湖の姿が見える。


湖風が城を抜け、軽やかに空気を揺らす。


「・・・明るい空気が漂っていますね」

ユウは思わず声にした。


その隣で、メアリーが黒い髪を揺らしながら微笑む。


「それは・・・領主キヨ様のお人柄が滲んでいるのでしょう」


「明るい・・・? あの男が?」

鋭い言葉が口をついて出る。


背後でヨシノが慌てて口を開こうとしたのを、メアリーは手で制した。


「明るく、楽しいお方ですよ。キヨ様は」

穏やかに言い切るその顔を、ユウは直視できなかった。


――とても、そうは思えない。


両親を奪った、あの男が。


胸の奥が血のように焼ける。


最後にメアリーは、西棟を案内した。


二階が三姉妹の居所。


そして一階には――。


「ここが妾たちの部屋です」


廊下の両側にずらりと並んだ扉に、ユウは息をのむ。


「・・・何部屋あるのですか」

「二十五部屋ございます」


黒髪のメアリーは静かに答えた。


「そこに・・・妾の方が暮らしているのですか」

控えめに尋ねるウイ。


「ええ。私を含めて二十四人おります」


「二十四人・・・!」

三姉妹の声が揃った。


「そうですよ」

メアリーは小さく笑った。


「キヨ様はその日の気分で、逢いたい妾の部屋に足を運ばれます。

それだけではなく・・・気に入った侍女や領民を空いた一室に連れ込まれることも」


淡々と語るその声音には、呆れも憎しみも混じらず、むしろ親しみさえ滲んでいた。


――気持ち悪い。


ユウは顔をこわばらせ、胸の奥が冷たく痺れた。


なぜ、この人はそんな口調で語れるのか。


なぜ、あの男を憎まずにいられるのか。


「姫様方には、少し刺激が強いお話でしたね」

メアリーは柔らかく微笑んだ。


だがその瞳の奥に、一瞬だけ影が差した。


後方で控えるシュリは、無言で廊下を見渡していた。


扉と扉の間隔は狭い。


部屋も小さいのだろう。


それに比べて、二階の姫たちの部屋は驚くほど広い。


特に、ユウの部屋は明らかに特別だった。


――なぜ、彼女だけが。


理由を思った瞬間、シュリの胸に冷たいものが走った。


部屋に戻るなり、ユウは叩きつけるように扉を閉めた。


「気持ち悪い!!」

その叫びは鋭く、胸を抉るように響く。


「母さん・・・カモミールを」

シュリは小声でヨシノに告げた。


ヨシノは不安げに頷く。


――もうすぐ、ユウ様は癇癪を起こす。


その心を鎮められるのは、乳母子であるシュリだけ。


ヨシノはそっと部屋を離れた。


「ユウ様、落ち着いて」

シュリが声をかけると、ユウの青い瞳は今にも決壊しそうに揺れる。


「何が落ち着くですって!? 

この部屋の下で、あの男は毎晩・・・妾を取っ替え引っ替え・・・気持ち悪いのよ!」

怒りと嫌悪に震え、ユウは声を張り上げた。


「・・・そうですね」

シュリは静かに近づき、震える背に手を添える。


「それなのに・・・明日にはあの男に頭を下げるのよ・・・」

唇を噛むユウの声は震えていた。


「・・・ユウ様なら、できます」

そう言ってシュリは、彼女を抱き寄せた。


常識外の行為。


だが、他に術はなかった。


幼い頃から繰り返し、彼女の癇癪を鎮めてきた唯一の方法。


「できない! あの男に頭を下げるなんて!」

ユウは胸の中で絶叫する。


「・・・できます。ユウ様なら」

シュリはその金の髪を撫でた。


幼い日から変わらぬ手つきで、そっと撫でる。


やがて、ユウの顔が彼の胸に沈み、声が細くなる。


「・・・やらなくては、いけないのね」


「ユウ様なら、大丈夫です」

その瞳には、乳母子以上の熱が宿っていた。


――決して口にしてはいけない想い。


ユウはその瞳を見返し、目を閉じる。


「・・・やってみるわ、シュリ」

震える声で言い返した。


しばし、時が止まったような静寂。


ユウが震える肩を沈め、ようやく声を静めたころ。


シュリは彼女を抱きながら、胸の奥で密かに思う。


――落ち着かれた・・・今日は短かった。


泣き叫ばなかったのは、まだキヨに会っていないからだろう。


頬にかかる金の髪がわずかに震えている。


その髪を撫でながら、シュリは息を呑んだ。


――ユウ様・・・あなたの怒りは、あの人に似すぎている。


あの人は・・・近くに支える人は誰もいなかった。


だからこそ、シリ様は私を残されたのだ。


禁断の想いを押し殺しながら、ただ「乳母子」として抱きしめる。


けれど、胸の奥に渦巻く熱は、どうしても抑え切れなかった。


――大丈夫です、ユウ様。


必ず私が・・・隣にいますから。


しばし時が止まったような静寂。


薄明かりの中で寄り添う二人の影は、危ういほど近かった。



ユウがシュリの胸に顔を埋め、ようやく声を静めたころ。


ヨシノは扉の陰でそっとその姿を見ていた。


――やはり、ユウ様を抑えられるのはシュリしかいない。


シリ様が最期に託した願いを、思い返す。


「ユウにはシュリを。あの子は父親の血を濃く引いている。

癇癪持ちで気性が荒い。放っておけば、父と同じ道を歩むかもしれない・・・」


実の父、ゼンシは己の欲のままに人を傷つけ、多くを破滅させた。


シリ様はその影を、娘の中に見ていたのだ。


娘にその影を重ねた母は――唯一、シュリなら制御できると信じた。


ヨシノは盆をそっと差し出しながら、亡き主の願いを胸に噛みしめていた。


やがてシュリ顔を赤らめながら、そっと身体を離す。


「・・・お茶にしましょう」


扉を開けると、ヨシノがすでに支度を整えていた。


果実のような心落ち着く香りが、ようやく室内の緊張をほどいていった。


だが――母が託した願いは、ユウを守るだけではない。


その傍らに残されたシュリとの関係は、

やがて禁断の影を孕み、誰も知らぬ未来を転がり出すのだった。

次回ーー明日の9時20分

(明日は一日二話になります)


戦の終結とともに、領主キヨは“姫”への執着を募らせる。

一方、ロク城ではユウが、両親を奪った男との対面に備えていた。

――静かな朝が、再び血と運命を呼び覚ます。



◇お読みいただきありがとうございました。


この物語は、『秘密を抱えた政略結婚』シリーズの外伝にあたります。

“偽りの子”を抱えたシリと、彼女を受け止めたグユウ――

その静かな夜から、すべての運命が動き始めました。


▼シリーズ本編

*『秘密を抱えた政略結婚 〜兄に逆らえず嫁いだ私と、無愛想な夫の城で始まる物語〜』**

https://ncode.syosetu.com/n2799jo/

<完結>


**『秘密を抱えた政略結婚2 〜娘を守るために、仕方なく妾持ちの領主に嫁ぎました〜』**

https://ncode.syosetu.com/n0514kj/

<完結>


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