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あの男が戻ってくる


◇ キヨの軍


戦の煙が、まだ山あいに漂っていた。


焦げた匂いも、勝利の喧騒も――今のキヨには届かない。


「ユウ様……」


その名だけが、胸の奥で何度も繰り返される。


勝ったはずだった。


すべてを手に入れたはずだった。


だが――満たされない。


欲しいのは、ただ一人。


あの姫だけだ。


「早う……会いたい」


低く漏れた声に、隣を駆ける弟エルが眉をひそめた。


「兄者。お控えください」


「何をだ」


「ユウ様は駒です。

どこへ嫁がせるかで、国の形が決まります」


キヨの顔が歪む。


――駒ではない。


あの瞳、あの面影。


ただ、欲しい。


「……わかっておる」


吐き捨てるように言いながらも、視線は遠くを彷徨う。


「だが、わしは……」


言葉が途切れ、やがて低く落ちた。


「わしは、あの姫が欲しい」


その声は、かすかに震えていた。


「……あの血が欲しいのだ」


エルの眉がわずかに動く。


「わしには……子が成せぬ」


絞り出すような声だった。


「このままでは、何も残らぬ」


「……兄者」


「だが、あの姫の血で……残す」


エルは何も言えなかった。


その目に宿るのは、王の理ではない。


ただの――男の欲。


その歪みが、やがて何を招くのか。


まだ誰も、知らなかった。


◇ ロク城 三姉妹の部屋


「……間もなく、キヨ様が到着されます」


イーライの声に、ユウの手が止まった。


静かに顔を上げる。


青い瞳に揺らぎはない。


だが――指先だけが、かすかに震えていた。


「……わかりました」


ウイとレイが、不安げに姉を見る。


ユウは小さく微笑んだ。


「挨拶をするだけよ。怖いことなんて何もないわ」


その声はやさしい。


けれど、唇はわずかに震えていた。


――無理をしている。


シュリは何も言わず、ただ見つめる。


誰よりも近くで、それがわかってしまう。


やがて、扉が開いた。


「……領主ご夫妻がお呼びです」


ユウは音もなく立ち上がる。


背筋を伸ばし、妹たちを振り返った。


「行きましょう」


その声は静かだった。


湖の底のように、冷たく沈んでいる。


だが――


その奥には、燃えるような怒りが潜んでいた。


そして――


姫と領主は、ついに顔を合わせる。


次回ーー本日の20時20分


両親の仇――キヨとの謁見の時。

ユウは沈黙を貫き、青い瞳で男を射抜いた。

その瞬間、空気が凍りつく。

そして、矛先は“乳母子”シュリへと向けられる――。


◇ 登場人物


キヨ

ワスト領の領主。

セン家を滅ぼし、モザ家をも圧倒した野心家。

勝利の熱に酔い、シリの娘ユウに歪んだ執着を抱く。

領主としての理性と、一人の男としての欲望の狭間で狂い始めている。


エル

キヨの弟。冷静で聡明な重臣

兄の野望と破滅を最も近くで見つめ、恐れている。


ユウ

セン家の長女。十四歳。

母を奪った宿敵キヨのもとに“庇護”という名で囚われる。

沈黙の奥に、誇りと怒りを燃やす少女。


ウイ

次女。素直で優しいが、恐怖に敏感な少女。

姉に強く依存し、行動を共にする。


レイ

末妹。幼くも芯の強い少女。

その眼差しに、亡きグユウの面影を宿す。


シュリ

ユウに仕える乳母子の青年。

誰よりもユウの心を理解し、彼女の癇癪と孤独を受け止める存在。

だが、その想いは決して許されぬものだった。


ヨシノ

ユウの乳母であり、シュリの母。

息子と姫の禁断の絆を悟りつつ、見守ることしかできない。


イーライ

ロク城の家臣。三姉妹を案内し、ユウの強さと悲しみに胸を揺らす。


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