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母のために造られた部屋に閉じ込められる


「ユウ様、お部屋へご案内いたします」


落城してから、ずっと同行していたワスト領の重臣、サムが深く頭を下げた。


だがその額は、床に擦りつけんばかりに低い。


――まるで、この城にいないはずの主の視線を恐れているかのように。


サムを先頭に、イーライ、ユウ、ウイ、レイ。


その後ろに乳母たちが続き、乳母子の青年シュリが静かに跡をついていった。


西のはずれ、二階の廊下。


イーライが順に扉を開けていく。


「こちらがレイ様のお部屋です」

「こちらがウイ様のお部屋です」


そして、一番奥まった扉の前で足を止め、深々と頭を下げた。


「・・・こちらがユウ様のお部屋です」


扉の向こうに広がったのは、妹たちの部屋とは比べものにならない空間だった。


二部屋分の広さを持ち、窓の向こうにはロク湖が光を受けて輝いている。


「姉上の部屋だけ・・・すごいね」

レイが思わずこぼす。


サムが軽く咳払いをした。


「この部屋、今まで誰かが使っていたの?」

ユウが首を傾げる。


「いいえ。城を築いて八年、この部屋には誰も住んでおりませんでした」

サムの声は硬かった。


「・・・そう」

ユウは怪訝な顔で部屋を見回した。


調度品も鏡の位置も、寝台の高さも――すべてがユウの体格に驚くほど合っていた。


ユウの身長は飛び抜けて高い。


普通なら、こんな造りにはならないはずだ。


シュリは思わず眉をひそめる。


ーー偶然なのか? それとも・・・


胸の奥に、ぞわりと冷たいものが広がった。


訝しむシュリの視線に気づき、サムは短く息をのみ、視線を落とした。


この部屋は、かつてシリのために造られた部屋。


母のシリも、身長が高かった。


「いつか妾に迎える」と信じ、キヨが執念で設計させた部屋。


八年間、誰ひとり入れさせずに残されていたその部屋を――今、娘に与えたのだ。


その真実を、ユウはまだ知らない。


サムは胸の奥に重苦しい影を抱えたまま、視線を落とした。


その胸中には、口にできぬ恐怖と嫌悪が渦巻いていた。


――この姫はあまりにシリ様に似すぎている。


どうか、この姫だけは。



乳母のヨシノが荷を解き、部屋を整えているあいだ、

ユウはそっとバルコニーに出て、広がるロク湖を見つめた。


まるで海のように大きい湖。

水平線の先の陸地は霞み、遠い蜃気楼のようにぼやけている。


「シュリ」

振り返り、乳母子の名を呼ぶ。


「あそこが・・・チク島ね」

指さした小さな島に、シュリも目を細めて頷いた。


「懐かしいですね」


「キヨの奥様は・・・どんな方かしら」

ユウの声がかすかに震えた。


シュリは横目で彼女を見る。


背筋を伸ばし気丈に前を向いている。


けれど瞳の奥には、不安を隠しきれない揺らぎがあった。


ーー無理もない。


まだ十四歳。


昨日、母を失ったばかりなのだ。



大人になるしか選べない状況に立たされている。


「・・・良い方だといいですね」

それが、シュリにできる精一杯の返事だった。


不意に、ユウが彼を見つめた。


「シュリがそばにいてくれるだけで・・・心強いわ」

声はかすかに掠れていた。


「・・・ユウ様が望む限り、私はそばにおります」

その瞳には忠義だけではない、別の熱が宿っていた。


「ありがとう」

ユウは静かに微笑み、湖風に髪を揺らした。


だが次の瞬間、胸の奥がきゅっと縮む。


母のいない今、初めて大人のような振る舞いを求められる。


ーー怖い。


足が冷たくなり、息まで浅くなる。


だが同時に、別の感情が胸を焼いた。


あの男の妻――両親を奪った者の隣に立つ女。


憎らしい。


顔を見る前から嫌悪がこみ上げる。


感情が乱れぬように背筋だけは真っ直ぐに保った。


「失礼します」

イーライがユウの部屋に足を踏み入れた。


視界に飛び込んできたのは、バルコニーに並ぶ二つの背――湖風を受けて立つ長身の若い男女。


その間には、誰も割って入れないような絆が見えた。


ーー姫に、男の乳母子・・・。


胸の奥に疑問と、言葉にならない嫉妬が芽生える。


「失礼します」

もう一度、わざと強めに声をかけ、深く頭を下げる。


「妃、ミミ様が面会を求めております」


ユウの胸が強く脈打った。


足先は冷たく、震えを抑えきれない。


けれど、背筋を伸ばし、顎を上げる。


「わかりました。妹たちを呼んで」

静かに口を開いた。


妹達を引き連れ、妃がいる部屋にむかう。


後ろでは、怯えた妹たちが小さな音を立てて裾を握りしめている。


その気配が、かえって彼女の背を押した。


――私は母の娘、妹たちの姉。


怯えてなどいないと、自分に言い聞かせながら。


木でできた廊下は歩くと少し軋む。


ユウはふと首をかしげた。


初めて歩くはずなのに、この城にはどこか懐かしさが漂っている。


ーー理由は分からない。


ただ胸の奥がざわめいた。


「お通しします」


イーライの声とともに、部屋の扉が開かれた。


空気が冷たく張りつめ、胸の鼓動が痛いほどに響いた。


その先にいるのは、きっと冷酷で強かな妃―― 両親を死に追いやった男の妻。


会いたくもない。


けれど避けることもできない。


胸の奥がきゅっと縮み、指先が冷えた。


――私を待つのは、また新しい屈辱なのか。


ユウは息を飲み、足を踏み出した。


次回ーー明日の9時20分


そして今、母の手紙が開かれる。


次回「妃が使用人に託した手紙」


◇登場人物メモ(第3話時点)◇

※物語の進行に合わせて更新していきます。


・ユウ

長女。十四歳。母の遺志を胸に、妹たちを守るためロク城に入る。

・ウイ

次女。素直で感受性が強い。姉の勇気に憧れている。


・レイ

末の妹。幼くも冷静で、姉を支えようとする。


・シュリ

乳母子の青年。幼い頃からユウに仕えてきた忠実な従者。


・ヨシノ

乳母。三姉妹を実の子のように守り続ける。


・サム

ワスト領の重臣。かつてユウの母シリに仕えていた家臣。今も忠誠を胸に秘めている。


・イーライ

若い家臣。ユウに複雑な感情を抱く。


・ミミ

キヨの正妻。城の妃。初めてユウと対面する。


・キヨ

セン家を滅ぼした領主。母を愛し、娘を妾にした男。



◇ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

本作は『秘密を抱えた政略結婚』シリーズの第三部にあたります。


母シリの時代を描いた第1部、

娘ユウたちの成長と戦乱を描いた第2部を経て、

この物語は“血に刻まれた想い”の続きを紡ぎます。


▼完結済み作品

『秘密を抱えた政略結婚 〜兄に逆らえず嫁いだ私と、無愛想な夫の城で始まる物語〜』

https://ncode.syosetu.com/N2799JO/


『秘密を抱えた政略結婚2 〜娘を守るために、仕方なく妾持ちの領主に嫁ぎました〜』

https://ncode.syosetu.com/N0514KJ/


明日は9時20分に更新します。

よろしくお願いします。

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