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全てを奪った男に頭を下げねばならない


深い絶望の中、ユウは寝台の端に身を寄せ、静かに涙を流していた。

隣では、あの男のいびきが不快に響いている。


少しでも遠ざかりたくて、掛布の端を握りしめる。


身体は痛み、唇を手の甲で何度拭っても、あの感触が甦り、身の毛がよだつ。


――私の身体は、汚れてしまった。


母は、この男のもとに下ることを拒み、爆破した城の中で自ら命を絶った。


美しく、賢く、毅然としていた母。

金色の髪、青色の瞳、背は高く、凛とした眼差しに揺るぎない意志を宿していた。


私の容姿も性格も、母譲りだと人は言う。


隣で寝ている男――キヨは、母が十二の頃から憧れ、求めていたと聞く。


やがて叶わぬ想いが狂気へと変わっていった。


その執着の果てが、今の惨状だった。


ユウは静かに目を閉じた。


その夜、ユウは誓った。


――二度と、この男に心を渡さない。


そして思い出す。


あの日から、すべてが始まった。



――あれは、四年前の春。


十四歳で、両親を殺した男の庇護に置かれたとき。


妹たちを連れて、私は馬車でロク城へ向かった。


「姉上、あそこがこれから暮らす城ですか?」

馬車の中で、一つ年下の妹ウイが問いかけてくる。


馬車の窓から、ロク城の姿が現れた。


広大なロク湖のほとりに立つその城は、湖面に浮かぶ要塞のようだった。


切り立つ石垣が水面に影を落とし、外界から隔てられた孤立を思わせる。


城の腹には大きな水門があり、船の出入りができる。


陸路で近づけるのは、ただ一本の橋だけだった。


「そうよ。あの城で暮らすの」

ユウの視線は真っ直ぐにロク城を捉えていた。


ウイの隣に座る末の妹レイは、静かに頷いた。


「知らないところに行くのは・・・怖いわ」

ウイはドレスの裾を握りしめ、声を震わせる。


「・・・もう母上は・・・いない」

レイの呟きに、車内の空気が沈んだ。


私たちは三人姉妹――長女の私、次女のウイ、四つ下のレイ。


昨日、母を失い、今日から新たな居城で暮らさねばならない。


けれど私は、妹たちの前で涙を見せるわけにはいかなかった。


落城寸前、母は最後に私の手を握り、二つの約束を託した。


一つは、「セン家とモザ家の血を繋ぐこと」

それは両親の悲願でもあった。


血を繋ぐ、それは私たちが子供を産み、血筋を残していくことを意味する。


もう一つは、「妹たちを守ること」

その日から私は、母の代わりに妹たちの母となる。



父、母、兄、祖父母ーー大事な人をすべて、あの男に奪われた。


そしてその男に、これから頭を下げて生きていかねばならない。


馬車が揺れる。


隣でウイとレイが裾を握りしめるのが視界に入る。


――もう二度と、この子たちに悲しい思いをさせない。


唇を噛み締めて、心に刻む。


あの城にはあの男の妻――妃がいる。


いったいどんな女性なのだろう。


あの男と結婚しているのだから、きっと相当強かなはずだ。


妃だけではない。


あの男には数多くの妾がいると聞く。


――気持ち悪い。


けれど、その妻――妃に、私はこれから会わねばならない。


ユウは思わず拳を握りしめた。

爪が手のひらに食い込み、胸の奥から嫌悪がこみ上げる。


その瞬間、馬車の揺れがふっと止まった。

城に到着したのだ。


城門に到着すると、ワスト領の重臣サムが「ようこそ」と頭を下げ、

黒い瞳の家臣イーライが馬車の扉を開けた。


「どうぞ」


妹たちは怯えて降りようとしない。


「私が先におります」

そう告げて、ユウは差し伸べられたイーライの手を取った。


湖風に金の髪を揺らしながら地面に降り立つ。


イーライの視線が、ほんの一瞬ユウの横顔に釘づけになる。

次の瞬間には慌てて逸らし、咳払いをした。


ユウはそれに気づかず、毅然と前を見据えていた。


――そして、新たな居城の扉が開こうとしていた。


次回ーー本日の20時20分


亡き母のために造られた部屋。

そこに通された娘が、初めて“妃”と相まみえる――。


次回「母のために造られた部屋に閉じ込められる」

初日は3話更新(9:20/12:20/20:20)


◇登場人物メモ(第2話時点)◇

※物語の進行に合わせて更新していきます。


・ユウ → 長女。母の遺志を継ぎ、妹たちを守る決意を胸にロク城へ向かう。

・ウイ →次女。姉を慕う素直な少女。

・レイ →末の妹。幼くして現実を受け止めようとする静かな子。

・キヨ →セン家を滅ぼした王。母を愛し、娘を妾とした男。

・サム → ワスト領の重臣。かつてユウの母に仕えていた家臣。今もその誠実さを失っていない。

・イーライ →若い家臣。ユウに複雑な視線を向ける。


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