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踊りたい人が、他におりますので

「ユウ様、少しよろしいでしょうか」


イーライが声をかけた。

その隣で、中年の男が静かに頭を下げている。


三人は、ダンスで賑わうホールの中央から離れ、壁際の静かな一角へと移動した。


その様子を視界の端で捉えた瞬間、

エドワードの胸に、苛立ちが一気に噴き上がる。


――あと少しだった。


あの姫を、手に入れられるところだったのに。


「・・・くそっ」


抑えきれず、近くのテーブルを蹴り飛ばす。


陶器が乾いた音を立て、人々が一斉に息を呑み、距離を取った。


ーーイーライに、横取りされた。


歯を食い縛り、鋭い視線を向ける。


だが、その視線を受けてなお、イーライは動じなかった。


――承知の上だ。


「ユウ様。こちらの商人は、ソウと申します」


ユウは静かに頷く。


――商人が、自分に何の用だろう。


背後では、シュリが護衛として、音もなく立っている。


「ユウ様、初めまして」


そう言って顔を上げた瞬間、ソウは懐かしそうに目を細めた。


「ソウは、かつてレーク城に出入りしていた商人です」

イーライが補足する。


「シリ様、そしてグユウ様とも、面識がございました」


その言葉に、ユウの瞳が大きく見開かれる。


「・・・父上と・・・母上に」


声が、わずかに上擦った。


「はい。ユウ様のお噂は、以前から」

ソウの声は、かすかに震えていた。


「本当に・・・シリ様によく似ていらっしゃる」

そう言いながら、ソウは続ける言葉を胸の内に留めた。


彼は、シリとグユウだけでなく――かつて、ゼンシとも面識がある。


目の前の姫の顔に、

シリの面影と、そして、あの男と同じ強い眼差しを見てしまったのだ。


だが、それを口にすることはできなかった。


ゼンシと同じ空気を纏うこの姫に、その名を告げるべきではない。


そうした方が、物事は穏便に進む――


ソウは、本能的にそう悟っていた。



「本日、お召しになっているドレスは――」

イーライが静かに告げる。


「ソウが主体となって製作いたしました」


ユウは、ゆっくりと頷いた。


「とても、気に入っているわ」


そう言って、ドレスの裾をわずかに持ち上げる。


シャンデリアの光を受け、

その布は月の光のように淡く煌めき、

控えめに配されたビーズが、星の瞬きのように静かに輝いた。


「・・・ありがとうございます」

ソウは深々と頭を下げる。


「ソウは、キヨ様にお認めいただき、

今後、王家のドレスを任される商人となりました」


「それは、素晴らしいことね」

ユウは、素直に微笑む。


「今後も、どうかお任せください」


その後、ソウはシリの思い出話を、静かに語り始めた。



その時――


「イーライ、少し良いか」

重臣のサムが声をかけた。


「これから提供する食事の配分を、確認してほしい」


イーライは一瞬だけ視線を巡らせ、静かに頷く。


「承知しました」


そしてユウへ向き直り、丁寧に一礼した。


「失礼いたします。宴席の確認を行ってまいります」


そう告げて、その場を離れる。


サムと並び、羊皮紙を広げながら打ち合わせを始めるイーライの背を、

ユウはしばし目で追った。


その姿が、少し距離を置いたところで止まるのを見届けてから――


ソウが、静かに口を開いた。


「・・・ユウ様」


その声音は、先ほどまでの商人としてのものとは違っていた。


「今回のドレスは――私が主になって制作したものではありません」

ソウは、静かにそう切り出した。


「え?」

ユウが小さく首を傾げる。


「縫い子たちに裁縫の指示を出したのは、確かに私です」

ソウは続ける。


「ですが・・・このドレスは」


一拍置いてから、言葉を選ぶように。


「イーライ様が、ユウ様のために細かな指示を出されました」


ユウは、何も言わずに聞いていた。


「この仕事を長くしておりますが・・・」

ソウは顎に指を添え、苦笑する。


「これほど、やり直しを重ねたドレスは、初めてです」


ビーズの位置。

裾の落ち方。

胸元の、ほんのわずかなカットの違い。


「正直に申しますと・・・随分と、骨が折れました」

そう言って、ソウは目を細める。


「ですが――」


「このドレスが、ここまでのものになったのは、あの青年のおかげです」


ユウは、思わず視線を上げた。


少し離れた場所で、

羊皮紙を広げ、宴席の段取りを確認しているイーライ。


まっすぐに伸びた背筋。


余計な感情を、一切表に出さない横顔。


「・・・本当ね」

ユウの声は、思いのほか静かだった。


その時。


ちょうど音楽が鳴り止み、拍手とざわめきが、ホールを満たす。


そして――


ユウの肩に、ぬるりと手が置かれた。


振り向いた先にいたのは、茶色の瞳に欲を滲ませた、エドワードだった。


「ユウ様」


「私と、一曲踊っていただけますか」


王の甥。

次期国王の候補。


通常であれば、断る理由など存在しない。


けれど――


ユウは、ゆっくりと微笑んだ。


「せっかくのお誘いですが」


一拍。


「私の踊り相手は、私が決めます」


「・・・え?」

エドワードの顔が、歪む。


ユウは少し顎を上げ、歩き出した。


その視線の先にいるのは――

背を向け、書類に目を落としているイーライ。


「イーライ」


呼びかけると、彼は驚いたように振り向いた。


金色の髪に、白い薔薇を挿したユウが微笑んでいる。


この瞬間ほど、イーライが彼女を美しいと思ったことはなかった。


「・・・ユウ様、どうされましたか」


戸惑いを隠しきれない声。


「私と、踊ってもらえる?」


「・・・え」


サムが目を見開き、シュリも息を呑む。


「私は・・・踊るような身分ではありません」


伏せがちに呟く。


「なぜ?」

ユウは片眉を上げた。


「・・・武力もありませんし」


「イーライ」

ユウは一歩近づく。


「あなたは重臣で、城持ちの領主よ」

そして、きっぱりと。


「私の踊り相手に、これ以上の人はいないわ」


「・・・ユウ様」


イーライは、それ以上何かを言えなかった。


胸の奥が、強く脈打つ。


イーライは、自分の恋を自覚していた。


それは、今に始まったことではない。


ただーー


夜会を取り仕切る裏方の自分は、

彼女と舞踏の輪に加わることはできない。


武で名を上げた男たちのように、人前で彼女を導く立場でもない。


それは、分かっている。


分かっているからこそ、

その想いを表に出さず、仕事と忠誠の名の下に、胸の奥へ押し込めてきた。


リオウと踊るユウを見た瞬間、

押し込めていた想いが、わずかに崩れた。


――自分も。


彼女の手を取り、同じ音楽の中を歩いてみたい。


そんな考えが、

理性よりも先に、胸に浮かんでしまった。


ーーもし、それが叶ったなら。


ほんのひとときでも、

自分は、きっと幸福なのだろう。


その想像ができてしまったこと自体が、イーライにとっては、罪だった。


その想いが、目の前で形になっている。


イーライは、それを受け取ることに躊躇していた。



サムは笑いながら、だが逃げ道を塞ぐように、背中を押した。


「イーライ、行ってこい」


一瞬の躊躇の後、

イーライは背筋を伸ばし、ユウの手を取る。


「・・・よろしいでしょうか」


初めて触れたユウの手は、細く、しなやかだった。


「もちろんよ」


二人は、舞踏の輪の中へと進み出る。


会場がざわめく。


セン家の姫と、冷徹な頭脳派として知られる重臣。


あまりに異例の組み合わせ。


エドワードは、歯噛みしながら二人を睨みつけた。


「・・・エドワード、すごい顔よ」

ユウが小声で囁く。


「明日からが、怖いですね」

イーライは、微笑んだ。


次回ーー明日の20時20分


次期国王の誘いを断り、

姫は一人の男の手を取った。


夜会の中心で始まる一曲は、

それぞれの心を揺らし始める――。



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