蒼介篇 野バラ〜弐〜
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この時期の道東は日中でも氷点下を下回る。
根雪が積もっていてシリト様の牧場にも辺り一面、白銀の世界が広がっていた。
しんしんと雪が降り積もる。
木造平屋建て一軒家の前には数台の車が停車中。
リビングでは薪ストーブが大活躍で十数人の老若男女が暖を取っていた。
テーブルにはシリト様、オレ。
そして佐部さんの姿が。
「みんなー。今日の新月は十四時十四分だから。儀式は十五時から始めるよ」
「はい、シリト様!」
皆一斉に答える。
青ジャージ姿の長。
「本来は門外不出。二百年に一度の〝映し〟の儀式だけど。今回はこの蒼介に映しを行う事にしたから」
少し涙ぐんでるオレ。
「映すのは太鼓橋の戦いでハラキリ丸を見事討ち取った同族殺しのヒューゴ殿だ」
「はい、シリト様!」
「一族を救ってくれたヒューゴ殿の恩に報いる為、誠を尽くそう」
「はい、シリト様!」
リビングはある意味、異様な熱気に包まれている。
太鼓橋での戦いはここ数百年のバンパイア史でも類を見ない戦闘として、世界中の同族から称賛を浴びた。
そして同族殺しの伝説もまた、健在であると知らしめたのだ。
自分の師匠が、一族から畏敬の念を持って受け入れられている……
オレは感極まって地上最強の鬼を見る。
物っ凄い無表情でミルク飲んでた。
◆◇
ぎゅむっ、ぎゅむっ、ぎゅむっ、ぎゅむっ。
雪を踏みしめながら、白樺の林を歩くシリト様と佐部さん。
と少し後ろからオレ。
三人共ジャージやスウェット、パーカーのみ。
オレだけ少し寒いかも。
ブルブル。
「最初は驚いたよー。始祖の継承方法を教えて欲しいってアンタから言われた日にゃ」
ケラケラ笑うシリト様。
ほっぺが赤くて、そこは子供らしい。
「そうか」
「鬼の最期って普通は殺されるか、事故で死ぬか、自殺するか、でしょ。でも、始祖は死なない。強いからね。鬼の歴史上殺された始祖は四名だけ、全部アンタがやったんだけど」
「うん」
「ただウチらは違う。代々始祖を継承で映してきた。さて、ここで問題でーす」
始祖クイズ、出た。
「映した後の始祖は一体どーなるんでしょーか?」
「わからん」
でしようね。
少しはノッてあげて、と後ろでヒヤヒヤするオレ。
シリト様が立ち止まる。
「答えはここだよ」
牧場から歩いて十五分。
雪化粧した白樺の林が続く中、いきなりそれは現れた。
昼なお暗い鬱蒼とした原始の森。
「始祖の力を失った鬼はね」
ほっぺた赤い子が優しく微笑む。
「木になるんだよ。この始祖の森で」
◆◇
始祖の森に佇む佐部さん。
頭や肩には雪が積もってる。
シリト様は先に帰ってくれた。
弟子は師匠の後に無言で控えている。
さっきのシリト様の言葉が頭を廻る。
「鬼がどうやって生まれるのかはわからない。ただ、強力な始祖のもとに眷属が作られて一族が形成されていく」
「日本も古くはこのスタイルだったけど、四世紀に始祖を継承する術式が完成してね。もう八代続いてる」
「木になった始祖は完全に死んだワケじゃなくて、もう何も考えなくていい存在になるんだよ」
あと数時間もすれば、この人はそうなる。
本当にそれでいいのかと思う。
すると佐部さんがポツリと言った。
「終わらせれるなら何でもいい」
あぁ、もうこれ以上。
苦しませるのは止めよう。
オレの中で最後のピースがハマった。
と、同時にこれだけは…………と心に決める。
「瀬見さんにお別れしてやって下さい」
「……」
「お願いです。師匠」
「番号知らない」
「師匠、思念送れますよね」
「……問題がある」
「何です?」
「距離が遠いからパワーの調整が出来ない」
「と言うと?」
「音もれ」
スピーカーホンみたいな状態って事?
「構いません! やって下さい。今、ここで」
「…………」
黙って目を閉じる佐部さん。
やってくれるんだ!
オレも目を閉じる。
暗闇の中。
うーっすらと浮かび上がる。
ほっぺたの一室。
それではまた…




