蒼介篇 決戦〜壱〜
毎日21時更新します…
日中に施設を訪れるのは春以来、かな。
まだ梅雨の真っ只中だけれど今日は天気がいい。
「お久しぶりでーす。瀬見さん」
グループホームの受付で挨拶するオレ。
「こんにちはー。面会票お願いします。あとサングラス外して」
相変わらずこの人、オレの事警戒してるんだよな〜。
奥の眼鏡っ子も同様。
あ、エレベーターから佐部さん下りてきた。
「佐部さん元気でしたー?」
「うん」
「今日は散歩でも行こうかなと思って」
「面倒」
「瀬見さーん、佐部さん行かないって言うんスよ」
泣きついてみた。
佐部さんはこの子の言う事なら、ちゃんと聞く。
「休日だし行ってきたらどうですか? スマホゲームばっかやってないで」
「わかった」
ハイ、わかった。
◆
施設近くに流れる二級河川。
この川沿いは花見やカフェで有名なお洒落スポットとしての認知度が高い。
けれど洒落ているのは上流のみで下流のこの辺まで来るとお洒落な印象とは皆無。
都会によくある汚ない川だ。
橋の手前辺りをプラプラと歩く佐部さんとオレ。
「組長殺害の件で、今月の二十五日にシリト様とハラキリ丸の会合が、東京のホテルで行われます」
「そうか」
「そこで蓮華槍を使って加藤がヤツを暗殺します」
「そうか」
「万が一の時は、林道が蓮華槍で殺ります」
「そうか」
相変わらずの白スウェット姿。
オレもパーカーだけど。
「あのォ、気になってて聞けてなかったんですけど」
「何」
「えーと、能力に関する事なんで。デリケートな感じだとは思うんですがァ」
「何」
「その、佐部さんの能力って。何か全然戦闘向きじゃないですよね。なのに何で、世界最強なんだろって気になってて……オレの能力も戦闘向きじゃないから」
彼が急に立ち止まった。
うぇ、怖!
「あ、ススイマセン! ごめんなさい」
「僕の〝丸ごと〟は相手を知る事に特化してる。お前と同じ探知系」
何故か振り返って、来た方を見てる。
「僕は相手を認識しただけで、その人のこれまでのデータを全て取り込める。後はそれを元にその人になって行動を予測」
「その人が何するか……わかるって事スか?」
「うん」
行動の予測が可能なら。
戦闘においては相手の動きが読めるって事か。
敵を自身に憑依させる、みたいな感じ。
「ただし、取り込んだデータは削除出来ない」
うん? どういう事。
「だからずっと僕の頭の中に残り続ける。これまで倒した敵の人生が、膨大な量の情報として。最初から最期の瞬間まで」
「え? それって敵の赤ちゃんの頃から。家族や友人や恋人の思い出とかも全部?」
「うん」
「それって……辛くないんですか?」
「うん。魂がマグマみたいに溶解して僕を毎日焼き殺し続ける」
思わず絶句した。
「データが多いとAIみたいに人格を形成するから」
大勢の人格を丸ごと抱え込んで。
尽きる事のない怨恨に晒され続けて。
佐部さんは今、この瞬間も業火に焼かれている……
生き地獄。
その時、彼の視線の先。
川沿いに若い男女が走って来るのが見えた。
二人共どでかい包みを背中に背負ってる。
週末、都心、昼過ぎの襲撃。
考えるのは後だ!
「佐部さん、アイツら蒼狼 隊の組長です。エモノは大マサカリで女はパワー系、男は幻術使います!」
最短で必要な情報だけ伝えた。
「わかった」
その距離約二百メートル。
佐部さんは例の小さな赤いシートをポケットから取り出し、舌下に張り付ける。
瞬間、側にいたオレは理解した。
まだ百メートル以上の距離があって、恐らく弟の幻術の射程外にも関わらず。
佐部さんの間合いだった。
遥か遠くの川面に水飛沫が上がる。
弟が肉の塊と化して吹っ飛んで行ったらしい。
姉がエモノを出す間もなく、対岸のコンクリ壁に打ち付けられ『ペチャン』て弾けた。
一呼吸ですべて終わった。
相手は自分達が死んだ事も理解出来なかったろう。
そして、更に驚くべき光景を目にする。
スタスタ走って逃げる白いスウェットの後ろ姿。
オレも逃げたけど。
それではまた…