須木奈篇 バツイチ親父とキラキラ女子〜肆〜
毎日21時更新します…
「副作用しんどいみたいだから、その」
動揺しちゃダメだ。
「だだだ誰か何か言ったんですかァァァッ?」
「え」
誰か? 何か?
言われたってコトか。
例えば…………
「イヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤイヤ何何何何何何何何」
詰め寄ってくる。
目が真っ赤っ赤。
「……あ、あ、あの女チクリやがったァァァ!」
「?」
「院長に言ってないよねッ、バレてないよねッ」
まだ三月なのに汗だくだ、この人。
「……オレさ、金いるんだよッ。生保じゃ全然足りないんだよッ。頼む、黙っててお願いだからッ」
震える両手で肩を掴んでしがみついてくる。
もの凄い力だッ!
声が出ないッ!
痛いッ!
この仕事に就いて、初めて身体的な苦痛を感じた。
その次に来る精神的なショック。
恐怖で息も出来ない!
後悔した。
素人が手を出しちゃいけないエリア、しかもハメられたっぽいし。
あーやっぱこの仕事向いてないわ私……
思わず目を閉じる。
小動物が捕食される時にスイッチ切るみたく。
一瞬訪れた静寂。
あの抑揚のない声が〝頭の中〟で響く。
『✳✳✳✳✳✳お前は水を飲んでただけ✳✳✳✳✳✳』
「僕は水飲んでただけーッ!」
急に。
肩に感じていた痛みが消えた。
…………何?
……が起こったの?
私は恐る恐る目を開けてみる。
その人は出目男の真後ろに静かに立っていた。
いつもの白スウェットの上下で。
血のような緋色の瞳に見つめられて内臓が沸騰する。
『✳✳✳✳✳✳デイケアに行かないと✳✳✳✳✳✳』
「デイケア行かないとーッ!」
スキップしながら部屋に戻る島田さん。
「……あ、えとえと。え、アレ?」
私がパニクってると。
まるで何事もなかったかのように。
ベッドに寝てる時と寸分変わらないテンションで。
佐部さんはこう言った。
「ヤツの血は水で薄まってるから弱い」
「へ? なな何?」
「デイケアに行かないとな」
◆◇◆
木曜日。
ロビーはテレビがついてるらしい。
夕方のニュース番組。
事務所受付に座っていてもよく聞こえる。
『……運転手とガイドの二名が、四十名の外国人観光客と共にバスごと行方不明となっています』
「四十人ヤバッ」
奥で事務作業をしていた田中さんが呟く。
『……観光バス株式会社のガイド玉川照姫さんと運転手町田貴司さんで、浅草を観光案内した後に連絡がつかなくなり』
「大型バスって四十人も客乗るんスね!」
「ねー。スゴい……乗りますねー」
一応相槌を打ってみるものの。
私が気になるのはニュースではなくロビーで面会をしてる二人の方。
ついさっき、佐部さんに面会者が訪ねて来た。
ほっぺたでは親族以外の面会はロビーでお願いしてるんだけど。
彼に面会を求めた相手というのが。
パーカー男の蒼介だった。
佐部さんはインターフォンで「知らない人」「メンドクサイ」とか言って面会拒否。
私はヤツにそう伝えたのに「シリト様の伝言を持ってきたんだから頼む〜」って馴れ馴れしくお願いされて。
受付でモメてるといつの間にか後ろにいたの。
佐部さん。
事務所からでもハッキリわかる。
ロビーは今、異様な緊張感でピリピリだ!
もっとも一方的に緊張してるのは蒼介の方みたい。
アイツ、佐部さんのストーカーだったの?
「用件」
「あ、ハイ。えっと……あんたを巡ってその、動きがあると」
先月お寺で会った時みたいにまたアワアワしてる。
「実は今日、四十人程ヴラド家の残党が入国した」
「だから」
「この国の〝鬼の長〟であるシリト様からの伝言を伝えに来た。ふーッ……」
深呼吸してますけど。
「言います。『我が国で争いを起こすようであれば貴殿らの間に割って入る所存である』と」
「仲裁は必要ない」
「あぅ」
あぅって。
「……あんたの伝説は知ってる。けどな、ウチらにも面子ってもんがあんだよッ」
「争いは起こさないと言ってる」
「え、そーなんですか? ごめんなさい」
何か謝ってる。
一体、何の話?
「名前」
「蒼介です……」
「そうか」
「ひとつ聞きたい事が」
「面倒」
「さーせんッ! オレには……あんたがとてつもなくデカい〝首無し竜〟に見えます。世界最強の始祖を倒した男の伝説は本当ですか、同族殺しのヒューゴ!」
「今は佐部昼人だ」
ヒューゴ。
その名前知ってる。
妄想話に出てくる彼の別人格? だよね確か。
私の中で妄想と現実が混ざり合い始めた。
それではまた…