須木奈篇 庭師と世話人〜肆〜
毎日21時更新します…
翌日は特に何事もなく。
佐部さんの入居後初めて、四日目にしてやっと。
何も起こらなかった。
私は遅番で今は退勤一時間前の十九時。
入居者さん達はナイトケアから帰宅後、服薬とか金銭管理とか済ませて各自居室やロビーでゆったりと過ごしてる時間帯。
来週月イチのほっぺたイベント〝ひな祭り〟担当の私は施設前にあるスーパーへ買い出しに出るトコだ。
「十分で帰りまーす」
「うむ。行ってらっしゃい」
今日の遅番パートナー鈴木さんに声掛けしてほっぺたを出発。
外出時にはユニフォームの上にダウンジャケットをしっかりと着る私。
ポロシャツの空色が見えないよう念入りに、だ。
交差点信号が青。
小走りで横断歩道を渡っていると『何か』が気になって噴水広場の方に目をやる。
立っていた。
眩しいくらいの金髪美少女が噴水前に。
小学生くらい?
長い髪はツインテ……パツ金のツインテ破壊力エグぅ!
ただ、その何だアレ。
時代劇とかで見たコトあるよな……町娘っての?
黄色っぽい縦シマの着物、着てる。
ひょっとして日本の伝統衣装とか思ってんのかな。
しかも、ほっぺたの方ずっと見てるんですけど。
何で?
「あ!」
噴水の向こう側にもほっぺた見てる男が……
私、コイツ知ってるー!
一昨日の夜、寺で接触してきたパーカー男だ。
確か名前…………蒼介、蒼介だ。
『決闘現場の真ん前の施設』
この言葉を思い出してハッとする私。
コイツ、ストーカーじゃね?
身の危険を感じた私は、ヤツの一挙手一投足を食い入るように見つめる。
すると蒼介は金髪美少女に何やら声を掛け始めた。
町娘に何する気だ、おい。
相手まだ子供だし外国人だぞお前。
つか、私のストーカーじゃないのかよ。
通報するか考えてると突然。
「ルーマニア人かアアアアッ」
大声で叫ぶ変態男。
目を見開いて冷や汗吹き出してる。
信じられない、といった表情。
そして、そのまま静かに暗闇に消えていなくなった。
「何かよくわかんないけど……あ、買い物しなきゃだ!」
◆
ほっぺたに戻るとロビーに一人、佐部さんがテーブルに座っていた。
テレビや雑誌を見ている訳でもなく。
ただ、目線を下に落としてジッとしてる。
「佐部さん?」
何かいつも以上に無表情、と言うよりは無感情な印象が伝わって来た。
これが〝感情の平板化〟ってヤツなのかな。
とりあえずこーゆー場合は積極的に声かけはしない。
だったよね? 確か。
「昔、ルーマニアには三公国があった。ワラキア、モルダビア、トランシルバニア」
「へ? ルーマニア?」
ついさっき目撃したシーン。
変態が叫んでたの聞こえた?
おトイレに行きたい私。
「でも完全な独立国じゃなくて。オスマン帝国の属国」
歴史、しかも世界史。
高校時代は完全にスルーしてた。
今も、だけど。
「その頃ワラキアはオスマン帝国と戦争していて。歴史に残る残虐行為があった」
「あ、うん! 佐部さん。あのね」
ギブ。
そしてトイレに早くプリーズ。
「〝串刺し公〟の誕生」
何か怖い妄想してる? もう漏らすけどいいのか?
「羊飼い共に見つかった。この東洋の隅っこで」
そう言うと佐部さんはエレベーターに乗って部屋へ上がって行った。
私は買い物袋を鈴木パイセンに渡すとソッコーでトイレに駆け込む。
「ハァアアアアアアァァァ…………」
ワラキアって最近どっかで聞いたなぁ。
あ、佐部さんのBL妄想に出てきてたヤツ?
それにしても、と思う。
金髪美少女、変態男、ルーマニア、佐部さん。
何繋がりなんだろ。
それではまた…