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思惑とデート



 映画を見に行こう、と小都子に誘われた日曜日、電車で出かけた隣町の複合ショッピングモールの映画館の前で、僕は「やっぱりね」と佐伯樹里と視線をかわした。



「わ、わー。先生、奇遇ですね。佐伯くんも、こんにちは」



 小都子、へただよ。

 僕は平常心を保ちながら少しテンションの高い小都子を見下ろす。

 黒い髪はしっぽのようにポニーテールに結っていて、寒い首元を隠すグレーのマフラーは僕が付き合って初めてあげたクリスマスプレゼントのそれだ。


 彼女の着ている水色のニットワンピースは去年のデートで僕が選んだやつだし、その上に羽織っているネイビーのコートは付き合って二年目の記念に贈ったものだった。


 僕をほかの人に渡したいのなら、つけてくるべきではないのに。



「あ、鹿山さんこんにちは」



 啓人が、ははは、と笑いながら頭を掻く。

 二人とも本当に下手だ。

 二人は台本でもあるのか、決まった台詞を言うためにその場を動きそうもなかった。

 小都子は僕の腕をパッと掴む。

 うん、勘がいい。



「佐伯くんも映画? なに見るの?」

「今から上映するやつ」


 啓人が言ったのは、今話題の記憶をなくした恋人同士がそれでも惹かれ合う純粋なラブストーリーだった。なにやら若い俳優と女優が本当につきあい始めたらしく、恋愛成就だなんだと騒がれている曰く付きの映画だ。


「そうなんだ、私たちも。一緒だね」


 いや、まだ決めてないけど。

 黙っていたが気配を察したのか、小都子は僕を見上げてこくんと頷いた。

 僕は「いいよ」と笑って合図を送る。なるべく、親密に。

 小都子は自分から仕掛けておきながら目を見張って耳を赤くした。うん、可愛い。


「じゃ、じゃあ、よかったら一緒に見ようよ。どうかな?」


 空気を仕切り直すように啓人が僕に言う。

 僕ならば無碍にしないとわかっているように。

 その通りだ。


「いいよ」

「ありがと」

「ありがとう、朝くん」

「小都子のためならね」


 目を細めて言えば、ぎくりとしたように小都子はさっと目を逸らす。

 僕がくすくす笑うと、居たたまれなくなったように「ちょっとチケット買ってくる」と逃げ出した。啓人はハッとして「俺も」と同じように逃走しようとするので、捕まえてチケット代を渡して「小都子にお願い」と頼んでおく。



「……あの二人、連絡取り合ってるわね」


 二人の背中を見送った佐伯樹里が呟いた。


「嫉妬にまみれた声はやめなよ」

「そっちこそ笑ってるけど目に威圧感あるわよ」

「お互い様だね」

「あの子のこと監視してるんじゃないの?」


 距離を保ったまま、僕らはお互いの想い人から目を離さない。

 親しげに話している雰囲気など微塵も感じさせないよう、無表情で突っ立って会話をする。


「監視なんて失礼だな」

「あらあ、あなたたちは有名よ。というか、あなただけだけど」

「ふうん」

「見目麗しく物腰柔らかな田舎に舞い降りた王子様は、一人の少女しか興味がなくて、それはもうストーカー並の溺愛でほかの女子を寄せ付けないらしいわ」

「変人がいるもんだねえ」


 ストーカーだなんて心外だ。僕は彼女の行動を把握しているだけだ。

 それも最近だけで、啓人と二人で接触してよからぬことを画策せぬように、という対策のためだから仕方がない。けれど、それをすり抜けて二人はどうにかして会って連絡先を交換したらしい。


「うーん、いつだろ」


 チケットブースでなにやらキャッキャと楽しそうにしている二人を見る。

 思惑が成功して嬉しそうで何よりだ。


「わかってるわよね」


 隣から、同じものを見て複雑そうな声がかけられる。

 昔は彼女にとって大切な人たちだったはずだが、あの頃とは色々事情が違うせいで苦悩することが多いのだろう。僕はというと、昔はなにもしなかったのでただ見ていることに耐性がある。加えて、今回は先手を打って、すでに小都子とは付き合って三年経っている。


 もちろん二人の距離が近づくのも、佐伯樹里とくっつけられるのも面白くないが、小都子の身を包むものが僕からのものであるという事実は、僕に余裕を与えてくれた。


「うんうん、わかってるよ」

「本当かしら」

「本当だって」

「信じるわよ」

「勝手にどうぞ」


 僕は手を振る。

 こちらへ戻ってくる小都子の笑顔が、あまりにも無垢で可愛くて、僕を見る目が煌めいていることが嬉しい。


「ねえ」

「もう話しかけないでくれるかな? 二人が戻ってくる」

「いや、わかってるけど。あの子、本当にあなたと無理に付き合ってるの? そう見えないけど?」

「ふふ」


 僕は小都子に向けて笑う。


「彼女は自分のことにはとても鈍感だから」


 可愛い恋人の元へ、僕は足を踏み出す。

 彼女を思いきり甘やかしてやりたい。もちろん、前のようには決して追いつめないように。






「どうして忘れていたのかしら」

「そんなことはどうだっていい。だって僕はもう一度君に恋をした。君じゃなきゃだめなんだ。記憶がなくったって、そうなんだよ」



 暗い劇場内で、一組の美男美女がどアップで愛を囁きあっている。

 こういうものを見ていると、反応は分かれる。僕や佐伯樹里のように俯瞰的に見ているつまらない人間と、小都子と啓人のように思い切り感情移入する人間だ。



 チケットを買ってきた二人の策略で、僕と佐伯樹里は当然のように隣同士。そして僕らを挟むように、僕の右隣には小都子が、佐伯樹里の左隣には啓人が座っている。

 甘いなあ、と思う。

 僕らをくっつけたいのなら、僕の隣には小都子ではなく啓人が座るべきだった。

 だから、僕はそっと小都子の手を取る。


 びくっと揺れた身体。

 ぎこちなく僕を見た小都子の目に、スクリーンの光が映っている。僕はそうっと耳元に近づいて、囁いた。


「僕もだよ」


 小都子が「え?」と戸惑う。僕は彼女を愛おしく思ったので、そのまま言葉に乗せた。



「僕も、小都子じゃないと駄目なんだ。ごめんね」



 薄暗い劇場内には、感動的なシーンにあわせてピアノの演奏が流れている。

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