運命の人
暗がりのなか、スクリーンの明滅にあわせて小都子の横顔が光る。
まん丸の目を見開いて、僕を見るその表情から目を逸らさない。もちろん、握った手も離しはしない。
ゆっくりと、ゆっくりと目を細める。
彼女がどれほど大切か伝わるように。
それは成功したようで、薄暗い中でも彼女の顔がカッと真っ赤になるのが見えた。
いつもなら顔をぷいっと逸らされるはずだが、小都子はどうしてか固まったように僕を見たままだ。
幸せだった。
彼女の目の中には僕しかいない。
たとえ僕の隣に佐伯樹里がいても、スクリーンの中で俳優たちがイチャイチャし始めていても、今この瞬間は僕と小都子だけのような気がした。
握った手に力を込める。
もう一度、小都子のそばへ。
「本当にごめん。僕が君を好きで、ごめんね」
困らせてるのはわかってる、と言って離れると、見開かれた目がふと悲しげに曇った。下がった眉が、やりきれない彼女の表情を美しく彩る。小都子は罪悪感を感じたような傷ついた表情で、僕はそれ以上なにも言わず、しかし手は離さずにスクリーンに向いた。
僕が小都子から先に目を逸らすのは初めてだ。
彼女の視線を感じながら、僕はどうでもいい茶番劇を繰り広げる二人の恋の行く末を眺めることにする。しばらくして、小都子も前を向いた気配がした。
しかし、前とは違って、心はここにあらずの様子だ。
僕は思う。
もっと。
もっと僕のことだけを考えればいい。
甘やかしても追いつめないと思っていても、僕は貪欲なまでに小都子を求めている。
それはもう、浅ましいほどに。
「どうだった? 映画」
啓人が顔を輝かせながら聞いてきたので、僕はにっこり笑って「そうだね」と返した。
映画が終わってはい解散、とは当然の如くならず、僕らは啓人に押し込まれるように隣のカフェに入った。僕らと同じ様な客で賑わっていて、ショッピングモール内を回遊魚のように動き回る人々をガラス越しに眺めながら、僕は啓人に適当に相づちを打つ。
やはり僕と佐伯樹里は隣同士に座らされ、僕の前に小都子が、佐伯樹里の前に啓人が座っている。
相変わらず大食漢で甘党らしく、パフェを頬張る啓人はとても楽しそうだった。
かたや、その隣に座る小都子は少しぼうっとしている。
いつもなら頼む「かためのプリン」も頼まず、ミルクティーだけを頼んで手を温めていた。
僕が小都子に何かを仕掛けたのを聞いていたであろう佐伯樹里は、澄ました顔をしてコーヒーとパウンドケーキを口に運びながら啓人と楽しそうにお喋りをしている。
にこにこと笑っている様子は本当に楽しそうで、見た目の若い彼女と、見た目が成熟している啓人が並んでいる様は違和感がなく、どう見ても恋人同士にしか見えなかった。
皮肉にも姉弟として過ごした時間のせいか、一緒にいる雰囲気も良くなじんでいて会話のテンポも心地いい。
「宣伝通りの純愛ラブストーリーだったわね」
「んー、記憶って不思議だよな」
「覚えていなくても、愛する人を間違えないのは素敵だわ」
「だろ!?」
「まあ、その記憶が間違っていなければ、だけど」
啓人は嬉しそうに食いついたが、その一言でイチゴとクリームを掬っていたスプーンを止めた。
佐伯樹里は微笑む。
「正しい記憶を覚えていなくても愛する人を間違えないことと、正しくない記憶を覚えていて愛する人を間違うことは、全く違うわ」
そうだなあ、と僕は緩く頷いて佐伯樹里の加勢をする。
啓人は首を傾げた。
「どういう意味?」
「その記憶が、主観でねじ曲がっている可能性だってあるじゃない」
「記憶が正しくないってこと?」
「そうよ。正しくない記憶で愛した相手は、間違っていないと言える?」
わあ、ずいぶん挑発するな。
僕はオレンジジュースをちびちびと飲む。
しんと静まりかえった数秒、僕がストローを回したカラコロという間抜けな音が四人の間で響いた。
何の沈黙なのだろう。
佐伯樹里は啓人の反応を伺うために黙っているし、その啓人はぽかんとしていて、小都子は僕を見ている。どう読めばいい表情かわからないので、僕は佐伯樹里にならって挑発をしてみることにした。
「愛してるなら、それが誰であろうが運命の相手だよねえ。間違いなんか存在しないよ」
運命の相手。
小都子と同じフレーズを使う。
「だから」
僕の言葉に、啓人と小都子が反応している。
その二人にできるだけ穏やかな笑みを向けた。
「結局、記憶なんて関係ないってことでは?」
僕が言うと、二人はよく似た表情で僕を凝視する。
突っかかりすぎたかなあ、と思っていると、隣から援護射撃がきた。
「まあ、そうよね。だってあの二人って記憶のない素っ裸の状態で、演技が終わってから本当に付き合ってるんでしょう。そう言う意味ではあの映画の説得力は無いってことになるわよね」
「ですよね。記憶があってもなくても演技しててもしていなくても、恋をする相手は今の自分で選んだ人だけですよ」
「わかるわあ。東雲くんは鹿山さんを選んだのよね。初恋の人だったかしら」
「はい。昔から大好きで大切な唯一の人です」
「あらまあ」
「先生の初恋はどうですか?」
「ずっと、実らないわ。だけど絶対に忘れられない。私の心の一部だもの。彼以外なんて考えられない」
二人でにこにこと、お互いの想い人への愛を恥ずかしげもなく語り合う。
たった五分ほどで、啓人も小都子も顔を赤くして「そろそろ帰ろうか」「そうしよう」と言い出したので、僕らはとてつもなく満足した気持ちでカフェを出ると、早々に解散したのだった。




