外堀は確実に
小都子が入念に選んだ理央と父と母のケーキは喜ばれ、僕たちは紅茶の入ったマグカップをもって自室へと引っ込んだ。
もちろん部屋のドアは開いているし、そもそも理央と一緒だ。
理央は小都子にべったりで、大きなクッションをいつものように小都子に勧めて隣を確保する。
小さな頃からよく懐いているのは、僕が小都子へ恋心を一切隠さずにいたからだろう。
僕の大切なものは、同じように大切にしてくれる。
今までは全く気にしなかったが、彼にも記憶があるのだろうか。
「小都子ちゃん、今日はどこ行ったの」
「映画だよ」
「へえ」
「今度、理央くんの好きなアニメの映画もあるって予告してたよ。一緒に行く?」
「うん!」
はじけるような笑顔で笑う理央を、小都子は微笑ましそうに見つめる。
死の間際の瞬間を覚えていない小都子は「リオ」と言う名前に聞き覚えはない。
僕だって知っていたのは名前だけだ。
僕にきょうだいができると知ったとき、なんとなく「怒ってないからここにおいで」と呟いていたし、父と母が「名前を理央にしたいんだけど、どう思う?」と聞いてきたときには、目一杯愛情を注ぐと決めた。嬉しかったのだ。まだ会えてもいないのに、生まれてくる子は「リオ」だと確信していた。
昔も今も、彼は僕の弟なのだ、と。
「兄さんも一緒に行ってくれる?」
ちらっと僕を見て、心許なさそうに聞いてきた理央に、大きく頷く。
「もちろん。一緒に行くよ」
言うと、ふふーと緩んだ顔が嬉しそうに明るくなった。
それを見た小都子も、にこにこと笑っている。
小都子は、理央が幼い頃からとてつもなく可愛がっている。さすがに弟に妬くことはないが、小都子は「可愛い可愛い」と理央を自分の弟のように可愛がる。
ふと、悪戯心がわき上がった。
「小都子は、理央が可愛いんだね」
「なあに、急に」
「二人とも仲良しだから」
「だって、可愛いんだもん。私にとっても弟みたいなものよ」
小都子は理央といるときは、僕に妙に構えない。
僕は穏やかに言う。
「本当の弟にする?」
理央の頭をぐりぐりと撫でていた小都子は「?」と僕を見て不思議そうにしていたが、僕がじっと見つめているとじわじわと意味が分かってきたのか、頬を染めた。
理央が小都子を見て首を傾げ、僕を見る。
「小都子ちゃんの弟になれるの?」
「なれるよ。僕らが結婚すればね」
「けっ!!」
小都子がびよんと後ろへ倒れそうになるのを、さっと腕で受け止めて支える。
「あ、朝くん?!」
「なあに」
「近い!」
「兄さん、小都子ちゃんと結婚するの?!」
小都子も理央も叫ぶので、僕はにっこりと頷いておいた。
「うん。僕は小都子と結婚したいな」
理央はどう反応するだろうかと思えば、その純粋な目を輝かせて、わあっと口を大きくあけて喜んだ。
「おめでとう!!」
「ありがとう。理央に喜んでもらえて嬉しいよ」
記憶があるのなら、僕の前回の妻について知っているはずだが、彼は純粋に嬉しそうにしている。
そうして、そのまま小都子の腕に抱きついた。
「小都子ちゃんも、おめでとう!!」
「えっ?! 違うよ、私じゃないよ?!」
「違うの?」
僕が聞くと、小都子はうっと一瞬ひるんだ。
つけ込ませてもらうため、表情筋を総動員して悲しげなものに変える。
「そうか……小都子はほかの誰かと結婚するのかあ……それはとても、悲しいな」
「そ、そうじゃなくて! 朝くんと結婚するのは、私じゃないって意味で」
「どういうこと?」
「いや、だから……朝くんの相手は、ほら、ちゃんとした人が、ね……いるかも、しれないでしょう。私じゃなくて、他に」
しどろもどろになる小都子に、理央が無邪気に「なんで?」と聞く。
「なんで? 兄さんが好きなのは小都子ちゃんなのに、どうして他の人と結婚するの? ちゃんとした人ってだれ?」
「! いや、それは」
「理央、ちょっと違うなあ。好きじゃなくて、大好きなんだよ」
「兄さんが、大好き、なのは小都子ちゃんだってさ」
「朝くん、やめて」
真っ赤な顔で僕を睨もうとする小都子の腕を、理央はぎゅうっと抱きしめる。
上目遣いで、頭をすり寄せた。
「僕、小都子ちゃんの弟になりたいなあ」
「朝くん、理央くんになんて教育してるのかな?!」
「小都子ちゃん、兄さんのこと嫌いなの?」
「好きだよ!」
半ばパニックになった小都子が慌てて答える。
彼女は、まだ僕が腕で体を支えていることを忘れているんじゃないだろうか。肩でも抱きたいところだが、そうすると警戒心を再び発動されてしまいそうなので、僕は気配を消して小都子と理央を見守る。
というか、あの言葉が嬉しすぎて、僕はそれを何度も頭の中で反芻して密かに感動していた。
同時に、その「好き」が恋愛感情ではないかもしれない、と喜びすぎぬように自分を律する。
「好きなの? 本当?」
理央が悲しげに聞くからか、小都子は僕の存在を忘れたように力説し始めた。
「もちろん、好きだよ! 優しいし、とても穏やかな人だし、私を大切にしてくれてるのに、嫌いになれる訳ないじゃない。大丈夫、理央くんのお兄ちゃんはとってもいい人だよ!」
「じゃあ、同じように大好きなんだね。よかったあ」
「え、まあ……うん。うん?」
「ありがとう。小都子」
我に返りそうな小都子に微笑みかけると、一瞬の無言の後、小都子は「近い!」と再び叫んで体を離した。
「理央、プロポーズが成功したって伝えておいで」
「そうする~」
「え?!」
冗談めかしていった僕の言葉に、理央はすくっと立ち上がる。
「……あ、待って……理央くん、理央くん?!」
小都子がのばした手は、無情にも宙に浮いたままだった。
階下で、父と母が「えー! おめでとうー!」とはしゃぐ声が響いている。




