食品市場
市場の入口から少し離れた場所で馬車を降り、しっかりと手を繋いだエレナとブレンダは、まっすぐ市場の門をくぐった。
外に近い場所であるにもかかわらず、一歩中に入れば人の熱気が溢れている。
二人は手をつないだまま、比較的歩きやすい中央の通路をゆっくりと歩いていく。
「野菜も果物も……あっちはお肉?」
エレナは目を輝かせて活気のある市場をきょろきょろと見回した。
左右にある店からは買い物客の会話が聞こえ、道を歩く人は忙しそうに早足で通り過ぎていき、買い物を終えたと思われる客は大きなカゴにたくさんの食品を入れていたり、紙袋などを両手に抱えてかったものを落とさないように速足で道を歩いている。
そして店の前が空けば、店主が大きな声で呼び込みを繰り返すのだ。
そんな雑踏の中での会話なのでだんだん二人とも声が大きくなる。
「そうですね。あちらにはパンや調味料もありますよ」
エレナとつないだ手と反対の手でブレンダがお店の方を指差した。
調味料は台に置かれ、量り売りをされていた。
パンは台の上だけではなく、焼けた大きなものはテントの屋根からつるされていたりしているが、店によって形が違うらしく、エレナも見たことのないような形のものがたくさんあった。
「そうなのね!一つ一つのお店は広くないけれど、たくさん食材が積まれているし、パンもつるされているのは初めて見たわ。しかもあんなにたくさんの形があるのね。見ているだけでとても楽しいわ!」
「それはよかったです。この人混みの中で購入するのは大変ですから、気になる商品は覚えておいて、料理長に伝えて取り寄せてもらうのがよいかと思います」
本当ならば試食などを楽しみ、店主とも話をして交流をするのがいいのだろうが、ブレンダが想定していたよりも人が多かったため、断念することにしていた。
そのため、店を近くで見てみますかという提案もやめた。
エレナは見ているだけで満足してくれているようなので、この事は伝えない方がいいだろうと考えたのである。
「そうね。そうするわ。これからいろいろなところを見て回るのだもの。たくさんの荷物を持つことになったらこの後が大変だわ!」
「そうですね」
荷物は馬車に立ち寄って置いていくなり、ひと目の少ないところで護衛を呼んで預けるなり、楽をする手段はいくらでもあるのだが、エレナは買い物をしている人々が荷物を抱えて店を回っているので、そうするべきだと考えたのかもしれないと、ブレンダは思った。
そして、ここで買い物をしたいとエレナが言い出さなかったことに安堵しながら、市場の説明を続け、街の広場に向かって歩いていくのだった。
市場を通り抜けると、街の中心部に近い広場に出る。
目印になるものがあるわけではないが、周辺に建物などはなく、舗装された広い土地だけが広がっている場所である。
ちょうどお昼の準備をしているためか、広場には多くのいすとテーブルが用意されており、周辺の屋台がお昼の調理を始めていた。
広場の周囲にある屋台の所々から白い煙が上がっていて、様々なものが一斉に調理されているのが分かる。
市場で人の波にのまれかけたものの、エレナたちははぐれることなく広場に到着した。
「ブレンダ、急にひらけた場所に出たわね」
急に人の密度が減ったことに驚いたエレナは思わず足を止める。
「そうですね。こちらは街の中央広場になります。待ち合わせに使うことも多い場所でございますよ」
「さっき、はぐれたらまっすぐ進んでと言っていたのは、この広場に出るからだったのね。これなら確かに初めて来た私でも、市場を抜けたことがわかるわ」
初めて見たエレナが足を止めるような広場、そしてここは人の密度が低く、建物や看板などの障害物が少ない。
この場所にたどり着けば、確かにお互いを探しやすくなるに違いない。
「エレナ様ならおわかりになると思っていました」
ブレンダが安心したように言うとエレナは広場についてから気になっていたことを口にした。
「ところでブレンダ、周辺から、色々なおいしそうな匂いがしているのだけれど、どうなっているのかしら?」
「お昼に向けて屋台の調理が始まったのでしょう」
「屋台?」
店舗と市場と屋台、区別がつかないとエレナは首を傾げた。
「あちらの小さな店舗です。皆、あちらにあるお店で好きな食べ物を買って、この広場のテーブルで食べるのです。昼食と夕方以降は混みますから、席の取り合いになります。席は早い者勝ちになるのですよ」
貴族の食事では全員分の席があるのは当然だが、広場の席はそうではない。
皆が自由に使えるので、食事だけをする人もいれば、休憩に使う人もいる。
そして自分の都合で席を離れてもよくて、空いた席を後から来た人が使う。
座るのにも使うのにも誰の許可も必要ない。
そんな場所だとブレンダはエレナに説明した。
「ここにいると、たくさんの食べ物のいい香りがして、食欲をそそられてしまうわ」
朝食は食べてきているものの、すでに昼近い時間になっている。
まだ街には滞在するのでどこかで腹ごしらえは必要である。
ブレンダとしてはカフェのようなお店に入った方が落ち着くのではないかと思ったが、エレナの目は屋台に奪われている。
「何か召し上がりますか?」
「そうね、混雑する前にいただいてしまったほうがいい気がするわ」
ブレンダが尋ねるとエレナは目を輝かせてそう言った。
もうここで食べるつもりでいるらしい。
エレナがそうしたいのならとブレンダは話を続けた。
「エレナ様、食べてみたいものなどは?」
何の匂いに惹かれているのか分からないが、ここにエレナの食欲をそそるものがあるのは間違いない。
「そうね……どれも食べたことないものばかりだから、ブレンダがオススメのものを食べたいわ!そしたらブレンダの好みもわかるもの」
ところがエレナは屋台の食べ物のことはさっぱりわからないと、ブレンダに選んでほしいという。
「私の好みですか?」
「ええ。ブレンダがどのような味の料理を好むのか知りたいの。私、ブレンダのこと大好きなのに、好みの一つも知らないの」
エレナはブレンダをじっと見つめて言った。
「エレナ様?」
「だから、ブレンダが好きなものを一緒に食べるわ!それに、どれも初めてのものだし、美味しそうなんだもの。私が考えたら決めるのに時間がかかってしまうわ。お昼になったら席がなくなってしまうのでしょう?」
確かにエレナの言う通り、屋台を回って決められずお昼の混雑時間になれば席を確保できなくなるかもしれない。
ブレンダだけならば立って食べるとか、食べ歩きという選択肢もあるが、エレナにそんなことをさせるわけにはいかない。
それに市場ではずっと歩きっぱなしだったのだから座って休む方がいいだろう。
「わかりました。それなら私が提案しますから、どうするかエレナ様が決めてください」
「わかったわ」
ブレンダは初めてでもエレナが食べやすそうな食品を扱っているお店に絞ってエレナを案内することにしたのだった。




