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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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お忍びの護衛

「ブレンダ、エレナがね、もっと訓練でできることはないかって、家庭教師に相談しているみたいなんだけど……」


エレナが執務室の見学に来た後、交代でやってきたブレンダに思わずクリスがぼやいた。


「エレナ様がですか?しかし、これ以上何をなさりたいのでしょう……?」


ブレンダが不思議そうにしているとクリスはため息をついた。


「どうやら家庭教師にはもっと訓練をしたいって言ったみたいなんだけど、家庭教師は訓練のことは自分では教えられない、とりあえず執務のことを聞いてみたらどうかって、かわしたみたいなんだ。だからとりあえず見学したいというエレナの要望を受け入れたんだけどね、さっき話を聞いたらやっぱり訓練も続けてもっと上を目指したいみたいなんだよ」

「エレナ様がこちらの方から歩いてくるのが見えましたが、先ほどまでこちらにいらしたのですね」


エレナが執務などを行っている場所に足を運ぶのは、呼び出しがあった時くらいなので、非常に珍しいとブレンダは思っていた。

先ほどまでクリスのところにいたというのなら納得である。


「とりあえず執務のお手伝いとか言ってここにできるだけ引きとめればいいんだけど、このままだと、更に上をって騎士団の入団試験を受けかねない。もちろん騎士団長が入団を認めないとは思うけど、何とか話をそらしてくれない?エレナは私よりブレンダの言うことの方がきくような気がするんだ」


何も叶えてあげられず、規制ばかりかけている自分の話より、自分の望みに寄り添って叶える努力をしてくれるブレンダの方がエレナの信頼が厚いのは間違いない。

現に今回、ブレンダは体力測定でエレナの目標達成に大きく貢献しているのだ。


「ところでエレナ様は何にそんなに追われているのでしょうか?」

「追われている?」


急に質問されてクリスは思わず聞き返した。

エレナにそのような負担をさせないようにしているのに、なぜブレンダがそう感じているのか不思議に感じたのである。


「はい。なぜそんなに、できなければならないとご自身を追い詰めていらっしゃるのかと思いまして。その原因が分かれば、原因から取り去ってしまってもいいのかと思うのですが……」

「ああ、そうだね。原因はいろいろあると思うんだけど、大きいのは幼少時代に受けた心の傷だと思うな」


先日の会話でケインの言葉がエレナの中には残っていることは間違いない。

エレナはそれを昇華しようと懸命に努力している。

だがきっとそれだけではない。

学校のこともあるし、友人を作るようにと言われてお茶会などにも参加しているが、自分で選んだ人間ではなく、母親の選んだ数少ない候補の中から選べと言われている。

エレナはずっとそんな窮屈な生活を余儀なくされてきたのだ。


「そうですか……それはすぐにというわけにはまいりませんね。今できるのはそちらに気が向かないようにすることか、別に熱中できるものに誘導するか、といったところでしょうか」

「それがうまくいかないんだよね……」


今日も執務が嫌いにならないようにと考えて、慌ただしくない時間に来るように言ったし、やさしい案件に関しては内容を教えることもした。

新しいことを知ることができて嬉しいとエレナが気分良く帰って行ったのはいいが、エレナが訓練より執務を選ぶとは思えない。

そんなことを考えてクリスは頬杖をついてため息をついた。

その様子だけ見ていれば恋する乙女のようである。



「そうだ、あとちょっと聞きたかったんだけど……」


クリスはふと思い出して言った。


「何でしょう?」

「騎士団の一部がエレナを崇拝してるみたいなんだけど、どうなってるか分かる?」


新人を中心に騎士団の中ではエレナの下で働きたいという希望が増えているという。

今まで入団した者の多くはクリスの近衛騎士希望者だったし、今回も希望を聞いた時点ではそうだったと聞いている。

それが突然、エレナと共に戦いたいという違う方向でエレナの下につきたいというものが増えていると報告が上がっていた。

そして彼らは割と熱狂的な感じなのだという。


「ああ、それはたぶん……体力測定ですね」

「体力測定?」


エレナはどうにか測定の全項目をこなしたらしいが、騎士になれるレベルでもなく、皆が温かく見守っていたと聞いている。

それがなぜエレナと共に戦場へ行きそうな話になってしまうのか、クリスは理解できず額に手を当てて首を横に振った。

一方のブレンダは、エレナの横でその様子を見ていたため、その時のことを思い出しながら言った。


「今年も入団者と一緒に測定を行った後ご挨拶をされたのですが、何といいますか、こう、神々しさのようなものがございまして……、それを見た騎士たちが号令もなく敬礼して見送ったのです。その後、新人騎士たちの中でエレナ様への期待が膨らんだようで……」


エレナの手を取って一緒に退場したブレンダも、本当はそのオーラに当てられそうになっていたが、どうにか耐えた一人である。

近衛騎士をしていれば、国王やクリスを頻繁に見ているので何とか耐えられるが、それでも人前に立った時のエレナには威厳を感じる。

普段から王族のオーラなど見慣れない、新人がその威圧ともとれるオーラに当てられてしまうのは仕方がないだろう。


「やっぱりエレナが国を治めた方がいいんじゃないかな?時々思うんだよね。エレナってすごくそういうオーラがあるなって。人を惹きつけて、多くの人間を束ねる力はエレナの方が上だって」


エレナと違って、クリスは儚く、か弱い感じである。

だから皆がつい手を差し伸べようとしてしまうし、威圧などしなくても人が動く。


「クリス様には別のオーラがありますよ?普通の人はクリス様に頼まれごとをされたら断ることができないです」


ブレンダが苦笑いをすると、クリスは再び頬杖をついた。


「……それは権力とか地位があるからだよね?」

「そうではないのですが……。クリス様はどうかそのままでいらしてください。それが私たちの望みですから」


確かに威圧しなくてもやることをやってくれるのならそれがいい。

怒ったり威圧したりするのは、神経も使うし本当に疲れる。

でもそれでこの先の諸外国との対応の際、押し負けては意味がない。

そういう場で矢面に立つのはいいが、勝てるのかどうかは別だし、国力が弱くなってしまったら意味がない。

将来のことを考えたら自分も国民のためには少し強さを持ち合わせるべきではないかと思っている。


「それもどうかと思うんだよね。エレナじゃないけど私も守られるだけの立場ってどうかと思うけど……」


クリスが困ったように言うと、ブレンダはあっさりと答えた。


「クリス様はそういうお立場なので諦めていただくしかありません」


正論すぎる答えにクリスは苦笑いした。


「うん。わかってるよ。……あと、体力測定で思い出したんだけど、エレナに頑張ったご褒美を何かあげるって約束したんだけど、どんなものが喜ぶと思う?」

「クリス様のお選びになったものなら、何でも喜ぶのではないでしょうか?」

「……ブレンダはエレナとおんなじことを言うんだね」


机に肘をついたままクリスはブレンダを見上げて言った。

クリスの中で、お兄様の選ぶものならといったエレナの言葉とブレンダの言葉が重なる。


「ちなみにクリス様はどのように考えてそのようにお伝えしたのですか?何か目的があってのことでしょう?」


ブレンダが問うと、クリスは独り言でも言うように思っていることを素直に吐き出した。


「そういうところはエレナより鋭いよね。エレナって実は公務以外で外出する機会がほとんどないんだ。せいぜい避暑地に出かけるくらいで。その避暑地にっていうのもここ数年できていないから、エレナはずっとここに軟禁されている状態。だから、エレナに街を見せてあげたいなと思ったんだ。一日休んで、お店を見たり、おいしいものを食べたりっていうのを経験して欲しい。避暑地も自然の中でのんびりするだけで、市井を感じるようなところではないから」

「そうなのですね」


ブレンダは避暑地に同行したことがない。

おそらくブレンダが近衛騎士になってから国王一家が一度も避暑地に赴く機会がなかったということだろう。


「エレナは作業的なことはいろいろ経験しているから、彼らの労働の苦労とかそういうのは知っているかもしれないけど、街の人はそんなに堅苦しくしていないってことはよく分かっていないと思うんだ。彼らだって少なからず息抜きをしたり、日常の中に楽しみを見出しているはずだし、それも勉強だよって言ったら、少し楽しんできてくれないかなって。でもこれをご褒美ってどうだろう?」


ブレンダはエレナのことを考えながら言った。


「それはきっと喜ばれると思います。私からすればご褒美というのは少し違う気がしますが、エレナ様からすれば新しい経験はご褒美となるかもしれません。公務とは違う社会勉強にはなるでしょう」


街に遊びに行けると聞いたエレナはきっと素直に喜ぶに違いない。

囚人ではないのだから自由に出歩くことが許されるはずなのに、それが許されないエレナを思うと心が痛む。


「そういうわけでブレンダ、お忍びでエレナを連れて街に連れ出してあげてくれる?」

「私がですか?」


突然話を振られてブレンダは驚いたが、ここまでの話を思い返せば、全ては自分への協力を頼むための布石だったのだと理解できた。


「エレナは街に行く機会なかったからね。見ておいた方がいいと思うんだ。ブレンダなら見回りでよく街に行くし、いろいろなお店や、安全なところとかわかるでしょ?」

「そういうことでしたら……」


確かに見周りでよく街に行くし、顔なじみの店もあるし、地区ごとの治安の善し悪しもわかる。

エレナが喜びそうなお店や、希望する商品を扱っているところに案内することもできるだろう。


「ブレンダもそんなに気を張らなくて大丈夫だよ。外出許可が出たら、ちゃんと少し離れたところに護衛もつけるし、とにかくエレナと楽しんでほしいな。ブレンダも、息抜きだと思って」

「わかりました。エレナ様の護衛、お引き受けいたします」

「じゃあ、騎士団長には話を通しておくね。後はエレナと相談して決めて。たぶんすごく張り切っちゃうと思うけどよろしくね」

「かしこまりました」


クリスの頼みでエレナの喜ぶこと。

ブレンダに断る理由はない。

こうしてブレンダはエレナのお忍び外出時の護衛を引き受けることが決まったのだった。

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