クリスからのご褒美
ブレンダが護衛業務を終えて戻ると騎士団長に呼ばれた。
正確には戻ったらそう伝えるようにと伝言が残されていたのだ。
先ほどクリスに言われたことも伝えなければならないと考えたブレンダは、休憩をすることもなく、騎士団長の元に向かった。
「お呼びでしょうか?」
ブレンダが部屋の中に入ると、騎士団長はブレンダに椅子を勧めた。
どうやら長い話になるらしい。
ブレンダが勧められるまま頭を下げて椅子に腰を下ろし、落ち着いたところで騎士団長は切り出した。
「ブレンダ、エレナ様が剣を振れるようになったと喜んでいた。私は騎士団の長でありながら、指導が上手くないようだ」
自分がどんなに頑張ってもできなかったことを簡単にできるようにしたブレンダに感謝しているという。
「仕方ありません。最初から優秀な人は、できない理由など理解できないものです。やり方は伝えられても、できるようになるための方法を伝えるのは難しいでしょう。ですが騎士団長はできる人をさらに引き上げることには長けています。騎士団には最初からレベルの高い人が来ますし、エレナ様は護身術をしっかりと身につけております。お役目は果たされていますよ」
本来エレナの剣の訓練など騎士団長の仕事ではない。
それが必要な訓練であれば、きちんと教えられないことを問題視される可能性はあるが、エレナは騎士団長が教えた護身術はしっかり身につけている。
教え方が悪いとは言い難い。
「まさかブレンダに慰められるとはな……」
騎士団長は苦笑いしながらブレンダを労った。
「慰めになっているのならなによりですよ。そういえばエレナ様ですが、次回も体力測定に参加したいそうですね」
「そうなのか……」
エレナから直接聞いたわけではないが、その方向で動いておく方がいいのかもしれない。
目標を達成したのだから、来年はなければとどこか期待していた分、騎士団長は内心、少しがっかりしていた。
「体力測定で全項目の測定ができたことで、目標を達成して気が抜けてしまった時期があったそうですが、そんな中でも体力測定だけは続けたいと言っていたと聞いています」
「まあ、来年のことだ。エレナ様が執務にも興味をお持ちになったということなので、もしかしたら参加しない可能性もあるだろう」
どうやらクリスの執務室に足を運んだ話は騎士団長にも伝わっているようである。
それなら先ほどの話しは切り出しやすいと思いながら、まずは騎士団長に自分の意見を伝えることにした。
「そうでしょうか?私は、エレナ様は参加されると思いますよ。あと、本年の騎士たちですが、ずいぶんとエレナ様を崇拝している傾向にあります。来年の新人が来た時にその話を彼らがしないとも限らないでしょう。それならば来ていただいた方がいいのではないかと思いますが……」
「確かに今年の新人は、いつもと違うな。少し扱いに困るかもしれん」
エレナの言うことなら聞くが、自分の言うことは聞かないという者が現れそうだと苦笑いすると、ブレンダは笑顔で返した。
「そこは騎士団長の手腕でうまくやってください」
「ああ……」
話がまとまったのでブレンダが先ほどの話を切りだそうとした時、騎士団長が再び話し始めた。
「そう言えば……」
「何でしょう?」
騎士団長の話を終わらせて自分も確認をしなければと考えていたブレンダは素早く反応した。
「クリス様からエレナ様のお忍びの件、こちらにも話が来ている」
「……私もその話をしようと思っておりました」
どうやらエレナがクリスの執務室を訪ねた報告のあった際、クリスがブレンダに護衛を頼むという話も伝わったらしい。
「ブレンダ、引き受けてくれるか?」
「はい。すでにクリス様には先ほど聞かれ、そのように返事をしております。確かに話を通しておくとは聞いておりましたが……」
自分は執務室を出てまっすぐにここに来ているので、クリスがあらかじめ根回しをしていたということだろう。
つまり最初から断るという選択肢はなかったのだ。
「クリス様はエレナ様のことがかわいくて仕方がないようだ。すでに国王にも外出許可を申請しておいでだ。クリス様には敵わないな」
騎士団長はそう笑顔で言った。
「……そうですね」
巻き込まれたブレンダが騎士団長に同意すると彼は続けた。
「これならこの国の政務は安泰だろう」
クリスはその容姿と頭脳で将来この国を動かしていくに違いない。
ブレンダは騎士団長に、その言葉を自信を失くしているクリスに直接言ってあげてほしいと密かに思うのだった。
「エレナ、ご褒美はお忍びで街に出かけるというのを考えたんだけどどうかな?」
ブレンダと話をしてから数日後、朝食の席でクリスがエレナに尋ねた。
行ってみたいところがあれば教えておいてほしいけど、街を見てから決めてもいいというとエレナは今にも立ち上がって飛び出していきそうなくらい喜んだ。
「公務以外で外に出るのは初めてだわ!決められたスケジュールもなく、好きなところに行けるなんて素敵!」
「それで、さすがに一人でってわけにはいかないから、ブレンダと二人でお出かけ。貴族の令嬢がお忍びで街に買い物に来ましたって感じにしようと思うんだけど……」
ここまで段取りをしたが、エレナに行きたくないと言われたらそれまでである。
クリスが恐る恐る尋ねるとエレナは笑顔で言った。
「ブレンダと?いいの?」
「うん。もちろん少し離れたところに護衛はつけるけど……」
離れたところの護衛はどうでもいいらしい。
エレナにとってはブレンダと二人で出かけられるということも嬉しいらしい。
すでに頭の中はやりたいことでいっぱいのようだ。
「ブレンダをお姉様と呼べばいいかしら?」
「そこは任せるよ。ブレンダと相談して決めて。ブレンダがお姉様って呼ばれて返事しなかったら不自然になってしまうからね」
クリスは少し想定していたのと違う方向に話が進んでいるように思えたが、気にしないことにした。
これはエレナへのご褒美である。
よほどのことがない限りエレナの好きにさせなければ意味がない。
「そうよね!じゃあブレンダの準備もしなくちゃ!侍女たちにも相談しなければいけないわ」
「じゃあ、日程を調整するから、少し待っていてね。外出の許可は国王に取ってあるから、余程のことが起きない限り、行けなくなることはないと思う。」
「ええ。楽しみにしているわ!」
エレナは目を輝かせてそう返事をした。
クリスはエレナが喜んでくれたことに安堵しながら、エレナが何を考えているのかきちんと確認しようと心に決めたのだった。
クリスからご褒美の話を聞いたエレナは部屋に戻ると早速、その日担当の侍女たちにお出かけの事を相談した。
「あのね、私、今度お忍びで街に行くことになったの。それで皆に相談なのだけれど……」
「何でしょうか?」
お忍びの話しも彼らには初耳だが、エレナが自分たちに相談というのもなかなかあることではない。
思わず侍女たちは整列してエレナの前に立った。
「今回、ブレンダと一緒なの。それでね、姉妹に見えるように服とか小物とかを見繕ってほしいのよ。もちろんブレンダの分も」
「ブレンダ様のものもでございますか?」
エレナがお忍びで街娘にというのは分かる。
だがブレンダの分もというのは予想外で思わず侍女たちは顔を見合わせた。
「だって、あまりにもかけ離れていたら姉妹に見えないでしょう?」
「そうですが……」
ブレンダは護衛ではないのかと疑問を持っていたのだが、エレナの話を聞く限り少し違うらしい。
エレナはブレンダと姉妹としてのコーディネートを希望してきた。
「当日はここで一緒に着替えて、一緒に出かけたいの。ブレンダは美人だから、皆もやりがいがあると思うわ!お兄様は貴族の令嬢が街にお買い物に来たことにすればいいと言っていたし、そう見えるように力を貸してくれないかしら?」
ブレンダは侍女たちにとって麗しい憧れの女性騎士なのだ。
騎士としてのかっこいい姿も素敵だが、ワンピースなどを着せても間違いなく似合う。
それを自分たちに頼みたいと主が言うのだ。
正直このような機会はもう二度とないだろう。
侍女たちは顔を見合わせて、すぐにうなずいた。
「わかりました。我々も気合を入れてお手伝いさせていただきます」
その後、お忍びの当日は二人の着替えに対応するため、人数を増やすことにした。
結果、事情を知った侍女たちは率先して勤務を希望、エレナ付きの侍女はその日全員出勤することに決まったのだった。




