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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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モップの素振り

騎士団長の提案によってエレナの指導にブレンダがつくことが増えた。

クリスの護衛の日を少し削ってエレナの指導に当てることになったのである。

クリスの護衛が増えた騎士は担当回数が増えたことを喜んでいたので、騎士団長の采配は間違っていなかったようである。

その日も訓練場に訓練着を着こんで向かったエレナを迎えたのはブレンダだった。

ブレンダが担当する時は弓やナイフなど投げるような指導は行わず、剣のことを学ぶ日となっている。

その日も騎士団長から預かっていた測定に使う一番軽い剣を構える練習をしながら、ブレンダは尋ねた。


「ずっとこうして構えるための練習をなさっていますけど、それでいいのですか?構えられれば測定でできたことにはなりますが、エレナ様は剣を使えるようになりたいのでは?」


騎士団長には、剣を構えられるようになりたいというエレナの要望を叶えるよう言われているが、これができるようになったら剣の重さを変えるだけに違いない。

それではずっと同じことを繰り返していくだけになってしまう。

今は一番軽い剣を持てないし、体力測定という目標があるので見えていないかもしれないが、剣を構えたその先にいつ進むことができるのかと疑問に思わないわけはないだろう。


「もちろんよ!」


ブレンダの質問にエレナははっきりとそう答えた。


「それでは別のもので実践での動かし方なんかもそろそろ始めてみましょうか」


エレナの答えを聞いたブレンダが提案すると、エレナは小首を傾げた。


「でも、きちんと持てないうちから次のことをしてもいいのかしら?」

「順番はあまり気にしなくて良いように思いますよ?」

「そうなの?」


弓の時に相手に怪我をさせる可能性のある武器というものの扱いについて厳しく言われている。

エレナもその通りだと思うので、まずはきちんと持てるようにならなければと考えていた。

エレナが考え込んでいるのを見てブレンダが言った。


「文字の読み書きを覚えるのに、書けなければ読めてはいけないとか言われませんよね?できることを増やして組み合わせて完成させればいいだけですから、難しく考えなくていいのです。要は結果です」


とにかくエレナの経験値を増やしたいとブレンダは思っていた。


「そうね……。でも、武器は正しく使えないと誤って必要ないものを傷つけてしまうことがあるでしょう?構えは基本中の基本で、これができないと剣を扱うのは危ないのよね?弓もそうだもの」


弓は正しく定められないと遠距離にある違うものに刺さってしまう。

だから、向きが違えば弓の向きを騎士団長が変えてくれるし、騎士団長が弓を支えて固定してくれている状態で矢を放つことが多い。

引く力が強くなっている分、飛距離が伸びているから気をつけているのだ。


「先日も鍬を使ってみたところ、ここまでできるようになったのですよね。確かに本物の武器をいきなり使うのは危険ですが、そうでなければできることはまだありますよ。たまには違うこともしたいでしょう?」


ブレンダは同じことばかりしていると飽きるだろうし、違うことをすることが息抜きになるのではないかと提案したつもりだったが、エレナはそうは捉えなかった。


「できることがあるならやっておきたいわ。やり方を変えたらできることもあるかもしれないもの」

「……それで充分ですよ」


とりあえず食いついてくれたことに安堵しているとエレナが尋ねた。


「それで、今度は何をすればいいのかしら?」

「素振りしてみましょうか」

「素振り?」


構えられない剣を振るのは危険だとさんざん言われているのに、振っていいのかとエレナは不思議そうにしている。

そんなエレナにブレンダは木の棒を差し出した。


「ただし、使うのはこちらです」

「モップの柄みたいだわ」


エレナはとても見覚えのある太さと材質の棒を目の前に出されて思わず言った。


「その通りです」

「これで何をするの?お掃除かしら?」


とりあえずブレンダに剣を返してモップの柄を受け取ると、磨くためのモップがないとエレナは視線をさまよわせた。


「いいえ。素振りです」

「これで素振り?掃除道具を振り回して怒られないかしら?」

「普通なら怒られます」


掃除道具は王宮の備品である。

こういうものも民の税金から購入しているものである。

それに皆が使うものだから丁寧に扱わなければならないと掃除をしながら学んだ。

ここでエレナが使うとはいえ、倉庫の備品が足りなかったら皆が探すかもしれない。


「それじゃあ返してきた方がいいわよね」


そう言って倉庫に向かおうとするエレナをブレンダは止めた。


「大丈夫です。これは元モップの柄ですから」

「元?」

「はい。今は剣の素振りを練習する棒です」


訓練場では使用できなくなったモップの柄を譲ってもらい訓練用に加工し、騎士たちが練習のために使うことがある。

剣の練習用は折れてしまって短いもの、槍の練習にはモップを挟む能力のなくなった長いままのものを使う。

似たような者でも長さが違えば扱い方を変える必要があるので、騎士になってからも違う武器を扱う時は武器ではないものを代用して練習するのである。

エレナにその話を伝えると一応は納得した様子だったが、部屋に専用の掃除用具を置くくらい、その道具に慣れてしまっているエレナにとっては、かなりの違和感があるようである。


「そうなの?いつも使ってるモップと握った感じが変わらないから変な気分よ?」


確かに普段使うモップよりかなり柄が短くなっている。

しかし握った感触から、つい掃除をする時のように持ってしまう。

それを見たブレンダが少し考えて言った。


「わかりました。ではこうしてみましょうか」


そう言いながらブレンダは持っていた布をモップの柄の片側に巻きつけた。


「布を巻いた部分を持ってみてください」


エレナが恐る恐る布の部分を握ったのを確認し、ブレンダは柄の先を持ち上げた。


「さっきより握った感じがいつもの剣に近いわ。太さかしら?」


エレナは気を引き締めてその棒を剣の時と同じように持ち替え、手元を見ながら感心したように言った。


「そうですね」

「あと、これはとても軽いからか、体がふらふらしないわ」


重心を意識していないにも関わらず、先を上に向けて棒を持てることにも驚いている。


「それでは、これで構えてみましょうか」

「えっと……、こうかしら?」


エレナが色々学んだことを頭で考えながら再現すると、ブレンダが嬉しそうに言った。


「そうです!できるようになっているじゃないですか!」

「よかったわ!でもなぜかしら?やっぱりモップは軽いから……?」


モップではできて剣ではできない理由を構えたまま考えているエレナに、ブレンダが説明をする。


「確かにこれは剣のように金属がついているわけではありませんから軽いですね。ですが一番は訓練を続けたエレナ様の体がこの構えを覚えてきたということだと思いますよ」

「そうかしら?それなら嬉しいわ」


モップであれば構えたまま話をする余裕もあるらしい。

話はできるが動いてはいけないと思っているのかエレナはその姿勢をずっと維持している。


「エレナ様、そのまま腕も足も動かさないで手首を動かすことはできますか?」

「手首を動かすと剣がふらふらしてしまうわ」

「剣を落とさずに剣が縦にふらふらするようにしてみてください」


そう言いながらエレナの横に立って見本を見せると、エレナはブレンダの動きを真似した。


「そうです。じゃあ、今度はしっかり握って腕だけ動かしてみましょう。こんな感じです」


いきなり大きく振るのは棒とはいえ危険なため、小さく振って見せた。

何かのお祈りのような感じだと思いながらエレナは同じようにやって見せた。

同じようにできることを確認したブレンダはエレナにモップを一度下すように言った。


「どうですか?」

「どうって言われても、こんなことをしていいのかしらってどこかで思ってしまって……」


棒を下ろしたエレナは棒をモップと同じように持ち替えてそう答えた。


「それは慣れるしかありませんね。ですがこちらでやった時と同じように、剣を持ってもできるようになればいいので、物を持ったままでその姿勢をとれるようになったというのは一歩前進した感じではないでしょうか」

「そうなのかしら?なんだか実感がないわ」


剣を持たないでやっていた時との違いをあまり感じられないとエレナは考え込んでいる。


「何事もいきなりできるようにはなりません。何度も繰り返しているうちに突然できることを実感することはありますが、その途中に何の努力も経験もないなどということはありません。ですから少し続けてみませんか?」

「ブレンダがそう言うならやってみることにするわ」


こうしてブレンダはモップの柄を剣の代わりに、少しずつエレナに剣の使い方を教えていくことにしただった。

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