お菓子のつないだもの
きれいにまとまったものの、微妙な空気を残したお茶会の翌日。
クリスの予想に反してケインは上機嫌だった。
「何か、今日のケインは機嫌がいいみたいだね。帰ってからいいことでもあったの?」
表情には出ていないものの、朝から何となく幸せそうな空気を出しているケインの顔をクリスは不思議そうに覗き込んだ。
お茶会の席では最後まで黙っていたし、あの中に機嫌をよくするような要素はない。
むしろ不機嫌な状態で帰らせてしまったことが気になっていたのだが、帰ってからよほどいいことがあったのだろう。
「実は……」
ケインはクリスに帰ってからのことを話すことにした。
エレナの予想外の行動に驚きながらも、少し申し訳なさを感じていた。
おそらく伝えていればわざわざお菓子を届けさせたりしなかっただろう。
「じゃあケインの機嫌がいいのは、エレナのおかげ?」
「そうですね……」
少し拗ねたように答えると、クリスはクスクスと笑いながら言った。
「昨日は居心地の悪い思いをさせたから、どうやってお詫びをしようかなって考えていたけど、必要なかったみたいだね。安心したよ」
「すみません、事前に伺っていたので、そのような態度を出さないようにしていたつもりだったのですが」
「それは大丈夫だよ。エレナは気が付いていないと思うから」
クリスの言葉にケインは安堵するとともに少し背筋の凍る思いがした。
つまり、ブレンダは気が付いていたということだ。
恐ろしい観察力である。
今度はエレナとケインがゆっくり話せる場を設けようとクリスが尋ねた。
「そういえば、最近エレナと話をした?」
「いいえ、特には……」
やはりとそうかとクリスは思った。
確かにお迎えにエレナが出てくればその度に顔を合わせているから久しぶりに合ったという感じはしないだろう。
しかしそこで行われるのは形式的な挨拶だけでそれ以上の会話をする機会はない。
そのためケインは、クリスからの情報だけでエレナのことを知ることが多いのだろう。
もし直近でエレナと話をしていたのなら、もう少しブレンダとのことも知っていて不思議ではない。
そしてもう一つ、大きな転換点にありながら、二人が大事な話をしていないような気がして気になっていた。
その時期は間近に迫っている。
「ケインは騎士になるために学校を受験するんだよね」
「そのつもりですが、何か……」
受験間近の踏み込んだ話題にケインは少し身を固くした。
クリスはそんなケインの緊張を和らげるように言った。
「合否のことは心配してないんだ。ケインの実力なら受けたら入れると思うから。エレナには話してないのかなって思って」
学校に通っていないエレナでもクリスとケインが同時に学校を卒業することくらいは知っている。
クリスが家にいるようになればケインに合う機会が増えると信じてエレナは頑張っているのだ。
その期間が延びてしまうことをエレナがどうとらえるのか分からない。
今のエレナはその感情を思い出さないようにするためか過剰に予定を詰め込んでいる。
「そうですね。決まったら話すつもりではいました。万が一入学できないようなことになったらそれはそれで恥ずかしいですから……」
ケインからエレナに謁見を頼むのは難しい。
もし伝えるとしても手紙になるのだから、今は受験に専念して結果が分かってから報告すればいいだろうと思っていた。
「わかった。じゃあケインが話をする気持ちになったら教えてね。エレナと話をする時間を作るから」
「はい。お願いします」
クリスはケインの意志を尊重して様子を見ることにした。
「でも、たまにはエレナもケインと話をしたいと思うから、近々お茶会の時間でもって思ったんだけど、ケインは受験に集中したいかな?」
「……そうですね。その方がいい気がします」
今エレナに会って緊張が解けてしまうのは避けたい。
受験は一発勝負で、もしこれで失敗すれば次のチャンスは翌年となってしまう。
直接騎士団の試験を受けることは可能だが、学校を出ずに入団すると一番下から這い上がってこなければならず、学校を出るより昇格が遅くなり、二人との身分差がますます開いてしまう。
「じゃあ、受験が終わったことにしようか。結果が出てからすぐでもいいけど、自分で話す心の準備も必要だよね。ケインが言いだすのを持っていた方がいい?」
「そうしていただければ助かります」
「わかった。じゃあそうするけど、できるだけ早めにお願いね。また王妃が女性たちとのお茶会を計画しているし、前回はブレンダの話とかで盛り上がっていたけど、次はどうなるか分からないから」
女性の話題というのはどこに飛ぶのか分からない。
学校にいる人間は、皆、それぞれの進路をある程度把握している。
万が一にもケインの話が出たら間違いなくエレナの耳に入ってしまうだろうとクリスは懸念していたのだ。
「わかりました」
ケインにはクリスの言葉の意味を察してそう答えるしかできなかった。
クリスは学校から帰ってすぐにエレナに聞いた。
「エレナ、この間のお茶会のお菓子をケインに届けていたんだって?」
翌日にすでにクリスの耳に届いているというのはなんだか気恥ずかしい。
エレナは、少しうつむいて答えた。
「あ……、ええ……。ケインがお茶会に参加するって聞いていなかったから、作ったお菓子を届けてもらったの」
不安そうに話すエレナに、クリスは笑顔で言った。
「ケイン、すごく喜んでたよ」
「本当?」
同じものを渡す結果になってしまって不安だったが、そう聞いて嬉しそうに微笑んだ。
「うん。家に帰ったらお手紙とお菓子が届いてて、驚いたけど嬉しかったって。でも、エレナに悪いことをしたんじゃないかって心配してた。お菓子は大事に食べるって」
「届けてもらったのは、お茶会と同じお菓子だったから、どうしようって思ったわ」
思わず本当のことを口に出すと、クリスはエレナの頭を撫でながら言った。
「ごめんね。僕がもう少し考えてあげればよかったね。エレナならケインの参加を喜んでくれると思ったんだ。まさかお菓子を届けているとは思わなかったし……。次からはちゃんと言うね」
「ええ。今度はケインのためにお菓子を作りたいわ」
エレナがクリスを見上げてそう言うと、クリスは笑顔を崩さずに言った。
「わかった。今度はケインとお茶の時間を作れるようにするね。またお母様とのお茶会があるって聞いているから、その後でいいかな?」
クリスが確認すると、エレナは嬉しそうにうなずいた。
「今回みたいにお茶会のお菓子を私が再現できるように頑張るわ!また料理人たちが色々考えてくれているの」
「じゃあ、僕はまた夕食も楽しみにしていていいのかな?とても楽しみだよ」
前回のように夕食に候補のデザートが並ぶことを考えてクリスは少し楽しそうにしている。
「そうね。またお母様に相談して、そうできないかお願いしてみるつもりなの。楽しみにしていてほしいわ」
積極的に準備を進めているところを見ると、なんだかんだでエレナもお茶会の方も楽しめているようだと、クリスは一人安堵するのだった。




