素敵なお姉様
男性のテーブルでセンチメンタルな会話が行われていた一方、エレナたちは全然違う話で盛り上がっていた。
砂糖の話のようなかわいらしいものではない、女性らしからぬ話題である。
「ねぇブレンダ、ずっと帯剣していて重くないの?」
お茶をしている間もずっと腰にぶら下がっている剣を気にしながらエレナが言った。
「慣れない時は重たいと思いましたが、今は外している方が落ち着かないです」
「そうなの?私も持ち歩いていたら慣れるのかしら?」
どうしても次の訓練に進みたいエレナは、剣は無理でも同じような重さのものを持ち歩くようにした方がいいのかと尋ねた。
「エレナ様は帯剣する必要ございませんよ?」
「でも、自分の身を守るのに最適なのは剣だと聞いたのよ。使い手になれば盾で飛んできた矢を防がなくても、剣で矢を落とすことができる人もいるって……」
エレナの言葉を聞いてブレンダはその状況を想像して答えた。
「それは、確かにいますね。騎士団長なんかもできそうな気がします。剣で飛んできた矢を切る芸当が……。ですがエレナ様の盾は私たち護衛騎士なので心配なさらないでください」
剣を持って何をしたいのかと思ったらそんな高度なことをしようとしたのかと驚きながらブレンダは言った。
「もちろん、護衛騎士が守ってくれないと言っているわけではないの。でも、護衛騎士の名誉のためには私に何かあった時、私ができるだけ怪我もせずに生きていなければならないでしょう?それに、ただ守られているばかりでは……」
ケインの言葉を思い出しながらエレナがそれを口に出そうとした時、ブレンダが言葉を重ねた。
エレナは途中まで口にしかけた言葉を飲み込んでブレンダの話を聞く。
「そうですね。でも、私はエレナ様の手を血で汚したくはありません。剣で身を守るということは接近戦で相手に傷を負わせるということですよ?」
そう言われたエレナは自分の手を見て、最近の出来事を思い出して言った。
「人間を斬ったことはないけれど、この手は動物の血なら浴びたことがあるわ」
「狩り……ですか?」
乗馬も弓も経験していないはずのエレナが動物の血を浴びる理由がブレンダには分からなかった。
ただ、驚くことしかできない。
「いいえ、調理場で動物のさばき方を教えてもらったのよ。自分で動物にナイフを入れる時、とても悲しくなったわ。あと、食材に感謝して、おいしく残さずいただくのがせめてもの供養だって料理長に言われたけれど、本当にそうだと実感したの。とはいっても、少し削っただけで、ほとんど見学だったのだけれど」
理由を聞いて納得はしたが、なぜエレナがそこまでやっているのかは分からない。
調理長から言い出すことはないだろうから、エレナがやりたいと言ったのか、タイミングが悪かったからだろうと察して、少し彼に同情した。
「エレナ様はそのようなこともなさっていたのですね……」
「ええ。何事も経験だと思っているわ」
エレナの発言からすると、その出来事を経験として乗り越えているらしいと安堵しながらブレンダは続けた。
「普通の女性なら気絶してもおかしくないですよ?」
「そうなの?」
「無理をなさったのではありませんか?」
「でも調理には必要な過程なのだから仕方がないわ」
準備された材料でお菓子を作ったり料理をしたりすることはできるようになったが、下準備ができるわけではない。
その一歩だとエレナは笑顔でごまかしながら言った。
「もう、エレナ様なら何があっても、どこに行っても生きていけるのではないでしょうか?」
「本当?私はそうなりたいと思って頑張っているの!そう言ってもらえると嬉しいわ!」
ブレンダに褒められたとエレナが喜んでいると、クリスが間に割って入った。
「エレナ、もしかして食欲がなさそうだった日、お肉さばいたの?」
目の前にいた動物がそのまま加工されて出てくるのは辛かっただろうと心配そうに聞いた。
「無理しちゃダメだよ。あんな事した直後じゃ、お肉食べるの辛かったでしょう?」
そう言いながらクリスは立ち上がってエレナのテーブルの近くまで移動して顔を覗き込んだ。
「口に入れるのが怖かったけれど、一度食べてしまえば大丈夫だったわ。しばらくやりたくはないけれど……」
座ったままクリスの方を見上げてエレナは正直に言った。
「うん。いいよ、エレナはそんな事しなくても」
そう言いながらクリスはエレナの頭を撫でる。
「大丈夫よお兄様。次はひるまないで頑張れると思うの」
エレナは自分を撫でているクリスの手を掴んで両手でしっかりと握りしめるとそう言った。
そしてその手を離してブレンダの方に向きを変える。
「ねえブレンダ、さっき、騎士は人を斬ることもあると言ったけれど、騎士の皆は動物も斬るのかしら?」
「まぁ、不測の事態があって野営をする場合は、森で狩りをしたりして食料を調達することもありますが、基本的にはあまりないですね。足りるだけの加工された食品を持って行きますので」
「そうなのね」
騎士でも滅多に動物をさばくことはないと聞いてエレナはほっと溜息をついた。
「エレナ様、食肉加工は専門の職人たちに任せるのがいいですよ。その方が無駄なく美味しくいただけます。美味しくいただくのが良いという考えならば、加工は美味しくできる人にやってもらえばいいのです。こちらではまかないを含めると一度に多くの肉が必要になりますから、一頭そのまま届けてもらっているのでしょうが、市井ではすでに切り分けたものを販売しているのですよ」
ブレンダはクリスの様子もうかがいながら、できるだけエレナに動物の加工技術は必要ないという方向に話を進めた。
「そうなのね。それを聞いたら気持ちが楽になったわ」
「一度経験しておくというのはいいことだと思いますので、その経験は忘れないようになさればいいと思います」
「ええ。そうするわ」
ブレンダとエレナの会話を聞いてこの話が落ち着いたと考えたクリスはもう一度エレナの頭をポンポンとなでるとケインのいるテーブルへと戻っていった。
「私、こんなお姉様がいたら素敵だと思うわ」
その言葉を聞いたケインとブレンダがクリスの方を見た。
姉のように麗しい兄がいながら、姉が欲しいとはどういうことなのだろうと思わず考える。
その視線を受けて苦笑いをしているクリスだったが、エレナが二人の視線の先に気づいて言った。
「お兄様は、私の一番の味方になってくれる王子様なの」
そんなブレンダにエレナは笑顔で言った。
「そうなのですね。では私が姉でしたらどうなるのでしょう?私はエレナ様のような可愛らしいお姫様とは縁遠いと思いますが……」
むしろ兄のような姉が欲しいのではないかと思い、そう言ったが、エレナからは予想に反した答えが返ってきた。
「そうかしら?ブレンダは普通に美人だと思うけれど……?」
「え、あ、ありがとうございます」
ブレンダの返事を聞いたエレナは急にすくっと立ち上がるとケインのところに向かった。
「エレナ様どうされました?」
くっつきそうな距離まで近づいてケインを見下ろしてエレナを、ケインは身動きをすることなく見上げている。
これでは立ち上がることもできない。
「ケインはやっぱり騎士様だわ」
エレナはそうぽつりと口にして、少し寂しそうに笑った。
「エレナ様……あの……」
その表情に気が付いたケインが言葉を詰まらせながらもつぶやくと、クリスが間に入った。
「エレナ、ちょっと近いかな。ケインが困ってる」
「ごめんなさい。つい気が緩んでしまったわ。気をつけないといけないわね」
クリスに声を掛けられて我に返ったエレナは、苦笑いを浮かべて謝ると席に戻った。
そうしてお茶をしているうちに時間は過ぎていき、気が付けばかなりの時間が経っていた。
「今日はありがとう。そろそろお開きかな。ブレンダも交代の時間だと思うし、ケインも帰り遅くなっちゃうしね」
「もうそんな時間なのね。今日は本当にありがとう。色々なお話ができて楽しかったわ。また次の機会を楽しみにしているわね」
クリスとエレナがそう言ったことでその日のお茶会は終わった。
ブレンダは交代の護衛騎士が来たところで騎士団に戻っていき、ケインは送りの馬車の準備ができたところで帰っていく。
二人はケインの見送りを終えるとそれぞれの部屋に戻り夕食の時間まで休憩をすることにした。
クリスはエレナがまた違う方向に努力をし始める気がして不安を覚えながらも、今日のお茶会が無事に終わったことに安堵するのだった。
ケインが家に帰ると、部屋の机に小さな袋が置かれていた。
宛名が自分になっているため開けてみると、そこにはさきほど出された焼き菓子と、手書きのメッセージが入っていた。
”ケインへ
今日の午後、お兄様のはからいでお茶会があるので、お菓子を作りました。
できたてではないけれど、どうしても食べてもらいたかったので、無理を言って届けさせました。
今度ご一緒できるのを楽しみにしています。
エレナ”
メッセージを読んで、お茶会でのエレナの異変の原因がこれだったことを知ったケインは、一人で笑い出した。
そしてこのお菓子は大事に食べようと、一つだけ口の中に入れると、残りを引き出しの中にしまうのだった。




