ブレンダのおみやげ
ブレンダの持ち込んだ品は加工された砂糖だった。
砂糖の塊を花や蝶など可愛らしい形に削ってあり、見た目がとてもかわいらしい。
もちろん砂糖なので紅茶に入れればすぐに溶けてしまう。
一つはすぐに使えるようにスプーンに乗せられていて、他の砂糖はデザインが見えるよう、プレートにきれいに並べられていた。
先にブレンダがスプーンに乗せられていた砂糖を紅茶に沈めると、紅茶の熱で砂糖はすぐに形を失くした。
「なんだか使うのがもったいないわ」
自分のティースプーンに乗せられた花の形の砂糖をじっと見つめながらエレナが言った。
「そう言っていたければ職人も喜ぶでしょう。その言葉だけで充分だと思いますよ」
「そうかしら?」
いつまでも砂糖を眺めていては話が進まない。
エレナもブレンダに続いて静かにお茶に砂糖を沈めてかき混ぜた。
砂糖は紅茶を吸って色を変えるとすぐに溶けていった。
「こんなに素敵なお砂糖なら私もお茶会で振る舞いたくなってしまうわ。きっと人気の高いお店なのよね」
「そんなことはないですよ。私がお店に入った時も、お客様はいらっしゃいませんでした。買い物ついでに話を聞いてみれば、オープンしたばかりのお店ということです。商品は貴族に人気の出そうなものでしたが、貴族の知名度はまだまだ低いのでしょう。店のある路地裏に買い物に来る庶民からすれば、形より使いやすさと安さが大事で、普通の砂糖のほうが分量も調節しやすいですから、こういう商品はお祝い事の時くらいしか使うことがないでしょうし、加工されている分、値段が少し高めです。まあ、お砂糖はきちんと管理されていればすぐに悪くはなりませんし、一つ一つ手で削って形を作っているそうなので、もしかしたら商品を作るのに手一杯なのかもしれませんが……」
ブレンダの話を聞きながらエレナも砂糖の使い方を考えた。
「確かにそうね。お茶会に華を添えるにはぴったりだけれど、これを使って砂糖を料理に少し足そうとしたら、一度崩さなければいけないから、お料理やお菓子作りには向かないわ」
調理の際に砂糖を塊のまま使うことはまずない。
お菓子を作るのに混ぜ込むにしても、味の微調整をするために少しずつ加えていくにしても、塊というのは不便である。
エレナが今まで調理場で作ったお菓子や料理の手順とお砂糖の使い方を思い出して一人で納得していると、クリスがブレンダに聞いた。
「ブレンダ、そのお店とは何か繋がりがあるの?随分と気にかけているようだけど……」
「いいえ、特にございませんが……」
「それにしては詳しいよね?」
不思議そうにクリスが小首を傾げて聞くと、その仕草に動じることなくブレンダは答えた。
「このお店は偶然見回りのときに見つけたのですよ。路地裏の方が治安は悪いですから。なので少し気になったのです。小綺麗な店がこのような路地裏にあって大丈夫なのかと」
近衛騎士は王族たちの護衛だけをしているのかと思ったらそうではないらしい。
護衛業務を担当していない時は街の治安維持のために見まわりもしているのかと、ケインが黙っている間も三人はお店の話を続けていた。
「確かに、治安の悪いところにわざわざ買いに行く貴族は少ないかな。配達すればいいとは思うけど……」
「配達には人手が要ります。それに貴族から注文が入ったとして、遠いところから声がかかってしまうと彼らは立場的に断れません。一度配達をして人気が出てしまったらおそらくお店がもたないでしょうね」
注文が増えた結果、利益を得られるのは流通経路を持つ大きい商店だけで、注文が増えてもそれを上回る配送費用がかかればお店は赤字になってつぶれてしまう。
「お店が維持できる程度に販売できるのが理想ということか」
「おそらくそうなりますね。それに手作りですから大量生産は難しいでしょうし、大きな流通に乗せるほどではないと考えているのかもしれません。もしくはその伝手がないのか、だと思います」
だんだんと難しい話になっていくのをエレナは黙って聞いていた。
ケインも考え事を継続しているためか一点を見つめてじっとしている。
それにいち早く気が付いたブレンダが話を終わらせようと話をうまくまとめた。
「この商品、男性が女性のところにお持ちになるには良いかもしれません。貴族女性は近づきにくいかもしれませんが、男性貴族ならば路地裏でも襲われる確率も下がりましょう。あなたもどうですか?」
突然話を振られたケインは我に返ってブレンダの質問に答えた。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
そうして砂糖の話が終わると、お菓子を食べるため再びテーブルに向かうのだった。
「ねぇケイン、さっきからブレンダのことが気になってるみたいだけど、どうしたの?」
クリスはケインの様子が気になっていた。
いつもならエレナを見ているケインがブレンダを気にしているのがよくわかる。
「いえ、彼女は近衛騎士なのですよね……」
「そうだよ。騎士としての彼女はとても優秀だと思う。まあ、あんな感じなので扱いが難しいと言われているけどね」
「そうですか……」
ケインの視線の先にいる二人はとても楽しそうである。
少し遠い目をしたケインを心配してクリスが尋ねた。
「どうしたの?」
「いえ、なんだかお二人と親しくされていてうらやましいと。もう昔に戻ることはできませんが……」
「そうだね。それは難しいね」
確かにクリスでもケインをあの輪の中に入れるのは難しい。
ブレンダも自分もいるのだから、皆でテーブルを囲むことはできるが、昔のようにエレナとケインが親しくしているというわけにはいかないのだ。
今回もそうならないようにわざわざテーブルを離した。
「お二人の側にいるためには、優秀な人間にならないといけないと言われて育てられてきたんです。彼女のようにそれを体現している人を目の前にすると、早くそうならなければと焦りを覚えます」
遠い目をしているケインにクリスは言った。
「エレナに関してはそうだね。特に男性が近付くのは難しいからね。でも、私達にとってケインは特別なんだけどな。こうして一緒にお茶の席にいられるくらいには……」
「ありがとうございます。そう言っていただけると……」
「できる限り力になるから、何かあったら言ってね」
「はい……」
ケインは力なく返事をした。
今回クリスがケインを呼んだのは彼を安心させるためだった。
エレナが夢中になっている騎士がいるという話は、他からも何となくケインの耳に入っているはずで、その相手がブレンダだと口で説明したけれど、ケインがブレンダのことをよく知らないということもあり、それなら実際に見てもらった方がいいだろうと思ったのだ。
だが、二人の距離の近さを目の当たりにしたケインに寂しさを覚えさせてしまった。
厳密にいえば、ケインだけが立場的にこの場で発言を許されない参加者になってしまっている。
彼の立場では話しかけられなければ発言できないし、このお茶会では、ただ見ているだけしかできない。
エレナのお気に入りの騎士とのお茶会と聞いて、彼の心中は穏やかでないだろうと思ったし、見えないところで行われているよりいいだろうと気を使ったつもりだったが、苦労をさせてしまったかもしれないとクリスは反省するのだった。




