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庇護欲をそそる王子様と庇護欲をそそらないお姫様  作者: まくのゆうき


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工房直営のお店

「そして工房と店舗の間に先ほどの商談室がございまして、職人が工房から店舗に行く際はここから出入りすることもできるようにしております」


工房の案内が終わり、師匠が店舗へのドアを開こうとしたところで、思い出したように尋ねた。


「そう言えばこの工房は庶民向けに別のお店を出していると聞いたのだけれど、そちらでも作っているの?」


工房の三つの部屋の一つ一つはそこまで広くないが、説明された工程で作業を行うことを考えると別の店舗でも同じ広さの部屋と、同じ機械が必要になる。

屋台とその周辺の店舗を見た感じ、庶民向けの店舗、一軒の広さはそこまでないのではないかと感じたのだ。


「いいえ。商品はこちらで全て作っています。作ったものを本店であるこの店に出すものと支店である街の中心に近いお店に出すものに選別しております」


作られたものが本店に並ぶ品質として認められなければ、庶民向けに販売をするということらしい。


「市中のお店向けの特注品も扱っていると聞いたのだけれど……」


エレナはお茶会でお店の人がおそろいの大判のハンカチを使っていて、そのデザインを気に入ったので買いに行ったと聞いていた。

それを学校で使用していたところ貴族にも広がった、そんな話だったような気がする。


「予約は支店でも受け付けていますし、お店の方なら支店での受け取りの方が喜ばれますから、商品を運ぶ時、一緒に見本品や完成品を支店に運んでしまって、そこでやり取りができるようにしております。ですから支店にも商談スペースは設けているのですよ」

「そうなのね」


商品の加工はすべて本店の工房で行うらしい。

庶民向けの店で、名前の刺繍などを頼まれた場合も支店から本店に持ち帰り、作業したものを後日お客様にお届けするという流れになる。

めったに来ない注文のためにわざわざ支店に職人を置く必要はないということだ。

そして庶民からしたら、急ぐなら名前だけ自分でいれてもいいし、高級なお店の商品なので職人に頼むのなら時間はかかっても仕方がないという考えなのだ。

店でもあらかじめそのように案内を出しているため、庶民とのトラブルは少ないという。

店などで働いている人が多いため、急な要望が店にどれだけの負担をかけるのかよく分かっているのだろう。


「そろそろお店をご案内しましょうか」

「そうね。さっきはすぐにこちらに来てしまったからゆっくり見られていないの。楽しみだわ!」


エレナがそう言うと、師匠が店舗へのドアを静かに開けるのだった。



「素敵だわ!刺繍のハンカチ以外にもたくさんのものがあるのね!」


入口から受付しか見られなかったエレナは、受付側から見て初めて、色々な商品が並べられている棚に目をやることができた。

エレナからすれば美術の展示物を見るのと同じような感覚なのだろう。

早速売り場に飛び出したエレナは、じっくりと端から商品を見始めた。


「これは刺繍ではないわよね?先ほどの織物かしら?」

「はい。こちらは刺繍ではなく織物です」

「とてもカラフルで素敵だわ!これは刺繍ではできないわね」


見学で織りかけを見てもあまりイメージできなかったものが、完成された商品として並んでいる。

触ってもいいのか確認してエレナは時々商品を実際に手に取っている。

そして端から順番に見ていたエレナはとある商品の前で、ふと足を止めた。


「あ……」

「どうかされましたか?」


そこはエレナが意匠の使用を許可したハンカチの棚である。

そしてその棚の一番上には、自分が師匠に送ったハンカチが額装され、非売品として展示されており、このハンカチの意匠はエレナが見た目だけではなく機能的に使えるようにと考案したという説明書きまでされていた。

エレナは思わず師匠に言った。


「あれは、外してもらえないかしら……なんだか恥ずかしいわ」

「何をおっしゃいますか。エレナ様のこの意匠があったからこそ、この大判のハンカチが市井で流行したのでございます。これは、我が工房の心得でもございます。エレナ様あっての工房だということを、こちらを見るたびに従業員に思い出すように言っております」

「そうなの……。でも、ここには職人がたくさんいるのだし、私のような素人の作ったものなんて展示しなくても……」


困惑しながら必死に訴えるエレナは徐々に他の客の視線を集めている。

どこかの令嬢が何かをせがんでいると遠巻きには見えているが、内容までは聞かれていないし、まだ何とかそれを訴えているのがエレナだとは気付かれていない。

この工房の本店は貴族が立ち寄ることが多い店だ。

客が増えてきて、知っている人が見たら、その主がエレナであると知られてしまう。

お忍びで来ているのでそれは非常にまずい。


「諦めましょう、エレナ様。皆がこちらを見ておりますし」


ブレンダは二人にそう声をかけた。


「え……えぇ……そうね……」


エレナも周囲をちらっと見ると、確かに店の中にいる客の視線が集まっているのを感じた。

商品を見ている途中だったが、店舗で注目を浴びてしまったため、エレナたちは一度商談室に戻ることになった。

その場にいたお客さんが全て帰って行ったことが確認されてから再び売り場に戻る。

エレナは客の帰った店内をゆっくりと見て回って、最後に気になっていた織物の商品をいくつか購入して帰るのだった。



師匠と従業員に見送られて店舗を出ると、店の前に馬車が用意されていた。

ここで時間になると店舗の前で話していたブレンダの言葉を受けて、外で待機していた護衛騎士が手配していたのである。

用意されていた馬車にエレナとブレンダが乗り込むと、馬車は静かに動き出した。

お店が見えなくなるまでエレナは馬車から見送りをしている師匠と従業員に手を振っていた。

そして落ち着いたところで座り直してブレンダを見た。


「あっ!」

「どうされましたか?」


急に大きな声を出したエレナに驚いてブレンダが尋ねた。

何か忘れ物でもしたのだろうかと首を傾げると、エレナは目を潤ませて言った。


「せっかくだったのに、つい、いつも通り名前で呼んでしまったわ!せっかく設定したのに私がブレンダをお姉様と呼んでいなかったんなんて」

「その方が自然ですからよかったのではないですか?」

「そうかしら?」

「そうですよ」


ブレンダは笑顔でそう言った。

ブレンダの呼び方よりも街での経験の方が重要だ。

そんなことを気にしないでエレナには今回の外出を楽しんでほしいとブレンダは思っていた。


「でも、なんだかちょっと残念だわ。ブレンダも気がついていたのなら言ってくれたらよかったのに」

「私は可愛らしいエレナ様を連れて街を案内するだけで楽しかったので、それだけで満足でしたから」

「確かに、私も気を使うことなく、楽しく過ごせたわ。だからついいつもの通りになってしまったのだけれど……」


エレナがそう言って俯いた時、ちょうど馬車が止まった。

どうやら王宮についたらしい。

楽しいお出かけはこれで終わりだ。

扉が開かれても下を向いて座ったままのエレナにブレンダは声をかけた。


「エレナ様?」


エレナは呼びかけられて我に返り顔を上げた。


「ブレンダ、今日はありがとう。やっぱりブレンダは頼りになる素敵なお姉様だったと思うわ」


そう言って笑顔を作ると、馬車から降りる。

こうしてエレナはお忍び外出の一日を終えたのだった。

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