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焚火

肌寒さに目を覚ますと、日は落ち近くで焚火が揺れていた。


「ようやくお目覚めかい?」


シロウが体を起こすと、ウルラが焚火に小枝をくべていた。

その横ではファルとガーヴが丸くなって眠っていた。

シロウの横ではアルとチビが寝息を立てている。


シロウはアル達を起こさない様に立ち上がると、焚き火の前に腰を下ろした。


「あのまま寝ちまったのか……不死鳥たちは?」

「王都に帰ったよ。僕たちは二人が起きるまで待つことにしたんだ」

「そうか……。そういえば爺さんたちは?怪我してたんだろ?」


「去り際、アルが癒しを振りまいてくれたから怪我は治ったよ。でも爺ちゃんはナミロに大分力を吸われちゃったから、もう飛べないと思う。今は皆、ラケルの森で休んでる」


焚き火に照らされたウルラの顔は少し沈んで見えた。


「大丈夫か?」

「うん。……爺ちゃんは引退する口実に丁度いいって笑ってたよ。これからは僕らが一族を背負っていくよ」

「故郷に帰るのか?」


「そういえば言って無かったね。僕、ラケルに正式に結婚を申し込んだんだ」

「へぇ、それでラケルはなんて?」


「……頷いてくれた」


少し照れ臭そうにウルラは笑った。


「良かったじゃねぇか」

「でも、一つ条件があってね。彼女、森に住み続けたいって言うんだよ」

「なるほどな。ラケルにとっちゃあ、ずっと守ってきた森だもんな。思い出も多いだろう」

「うん。僕もそう思う。でも伯父上たちが森で住むなど前例がないとか言ってちゃってさ」


ウルラは伯父の真似なのだろう、途中重々しい口調で喋りながら苦笑した。


「前例ねぇ、神様も長く続くと面倒だな。……それでどうするつもりだ?」


「話し合いを続けるよ。なんとか一族に分かってもらう。ラケルには森で暮らして欲しいから……結婚出来たら僕が故郷と森を行き来するよ。……通い妻ならぬ通い夫だね」


「お前、そういうの何処で覚えたんだ?」


シロウは少し呆れてウルラに問う。


「ランガやウネグと貴族達の説得で動いてたからね。貴族も色々大変だね」


恐らくウネグが教えたのだろう。

シロウは田舎の無垢な青年が、都会に出て変わっていく感覚に似ているなと思った。

それが善いのか悪いのか分からないが、世間知らずのお坊ちゃんよりは随分マシだろう。


二人が話していると、ザクザクと音を立て巨漢の男が歩いてきた。

男は大きな豚を地面に降ろすと、焚き火の側に腰を下ろした。


「ランガ、お前も残ったのか?」

「ああ、森の東、人間の村に行って来た。天変地異で怯えていると思ってな」

「そうか、そりゃそうだな。地響きや雷雲に光、変な叫び声も届いただろうし……。あんがとな」

「グォ……」


ランガは鼻の頭を掻くとルサル村について話した。


「……村長、ドアンという男に一応の説明はした。お前の事を話すとこの豚をくれた。会いたがっていたぞ」

「こいつはドアンの土産か。礼を言いに行かねぇと……」

「ねぇ、シロウ。伯父上に聞いたんだけど、ザルトが仲間を守ってくれたみたいなんだ。ザルトはどこ?」


ウルラの問いにシロウは暫く焚き火を見つめ、やがて口を開いた。


「アイツは行っちまった。ナミロの話じゃ自分で命を絶ったらしい。……たぶん力を奪わせない為だろう」

「そんな……。僕、お礼も言えてないのに……」

「あの男は礼等求めていないだろう。どこまでも自分勝手で自由な男だったからな」

「そうだな。ウルラの一族を助けたのも、ザルトがそうしたかったからってだけだと思うぜ」

「……」


焚き火が爆ぜる音を聞きながら、三人は揺れる炎を見つめていた。


シロウが草原の空に見た光、あれはザルトの魂だったのだろうか。

酷く楽し気で、幸福に満ちている様に感じたあの光が、そうであればいいなとシロウは思った。


「それで、お前はこれからどうするんだ?」

「俺か?……アルと旅を続けるよ。ついでにナミロについても、昼寝好きの猫って事で広めようと思う」


シロウは種を封じた氷を取り出し二人に告げた。


「それってもしかして……」

「ナミロだ」

「ひぇぇ!大丈夫なのそれ!?氷を割って出てこない!?」


ナミロは慌ててランガの後ろに駆け込んだ。


「パレアがくれた宝珠があったろ?」

「そういえば、そんな物もあったね……船の上で聞いた時は爆発するとか言って無かった?」

「ああ、確かに爆発した」

「使ったの!?」


ウルラはランガの肩越しに覗きながらシロウに問い掛ける。


「ああ、宝珠をナミロが上手い具合に飲み込んでたからな。思いっきり吸えって命令したんだ。いやぁ思った以上に上手くいったぜ」


「君、そんなに無計画だといつか死ぬよ」

「ガァ、ウルラの言う通りだ」


「何だよ。最初の計画通りナミロを丸裸にして、この通りぶちのめしただろう?」


氷を突き出しながら言うシロウに、二人はため息を吐いて首を振ると、顔を見合わせて苦笑した。


「……そうだね。確かに計画どおりだ。まったく、君らしいよ。……僕はもう寝る」

「グォ……。俺もそうしよう」

「おい、お前ら……。しゃぁねぇ、俺ももうひと眠りするか……」


横になった二人に続き、シロウもアルの隣で横になった。


シロウが目を閉じ暫くすると、朽ちた大木の根元に小さな芽が無数に顔を出した。

ほの白く輝くそれは、やがて花を咲かせ実を生した。


実は弾けると、小さな動物達を生み出した。

輝く動物達はシロウに近づくと、顔を舐めたり頭を擦り付けたりした後、それぞれ別々の方向に去っていった。





翌朝、シロウが目覚めると先に起きていたアルが、まじまじとシロウの顔を覗き込んでいた。


「なんだよ?」

「シロウ、お主、いつの間にか多くの神の加護を受けておるぞ。いったい何をしたのじゃ?」

「何って、何もしてねぇよ。お前の横でずっと寝てただけだぜ」


アルは疑いの眼差しでシロウを見た。


「本当じゃろうな。我が眠っている間にまた情けをかけたのではなかろうな?」

「そんな暇、ある訳ねぇだろ?」

「……よいか、シロウ。お主は我の伝道師なのじゃ。それを忘れるでないぞ」


「アル君、こんな浮気性の男は放っておいて、僕と砂漠を緑に変えられる神を探そうよ?」

「シロウ様、私はそのように小さな事は気にしません。アルブム様とは別れて私と旅をしましょう」


「むぅ!お主らは出て来るでない!!」


アルはガーヴとファルに手をばたつかせて抗議した。


「ふぁ……皆、朝から元気だね」

「グァ……こう煩いとのんびり眠っていられんな」

「ワン!!」


二人に同意する様にチビが一声大きく鳴いた。

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