神話の様な光景の中
シロウがナミロが作り出した森に飛び込んだ後、アルは当然の様に彼の後を追おうとした。
しかし、炎と毒気がそれを阻む。
アルは狂った様に雷撃を放ったが、黒い森の一部を傷付けるにとどまった。
声を上げながら雷を落とし、最後には荒く息を吐いて膝を落とした。
「……浄化と癒し……そうじゃ、浄化と癒しじゃ」
シロウが飛び込んでから、森は炎と毒を吐き出し、散発的に暴風を生んでいたが動き自体は止めていた。
内部に異物が入った事で、そちらの排除に重きを置いたのかも知れない。
アルはふらつきながら立ち上がり、空に向かって手を広げた。
天に雨雲が広がり、日の光を遮っていく。
『アル何してるのさ!?』
「浄化と癒し……シロウはそう言ったのじゃ……」
異変を感じ取ったウルラが、アルのもとに駆け付けると彼女は何処か呆けた様にそう答えた。
『アル……』
ウルラはアルの様子がおかしいと感じたが、どうすれば良いか分からず彼女の上を旋回した。
そうしている内、雨雲は厚みを増し、やがて雨が降り始めた。
雨は砂の大地に沁み込み、黒く腐敗した大地を清めていく。
「お主が望んだ浄化と癒しじゃ……シロウ……帰って来るのじゃ……シロウ……シロウ……お願い……」
そう呟くとアルは、跪き両手を組んで目を閉じた。
アルが呼んだ雨は黒い森にも降り注ぎ、森の黒を洗い流す様に消していく。
「凄い……森の黒がドンドン消えていくよ!?」
「これは……王都の時とは比べ物になりません……強い願い?」
砂漠の上空で、ガーヴとファルが雨を受けながら呟く。
「まさか、神が人に願うとは……」
キマが掌に雨を受けながら空を見上げた。
雨はアルの願いを乗せていた。
それは純粋にシロウの帰還を望む物だった。
雨は空を舞っていた不死鳥たちにも願いを伝播し、彼らの心にも強く響いた。
「シロウ様!!私はまだ話足りません!!」
「戻ってこい!!」
「シロウ!!砂漠の事、約束しただろ!!」
『あなたが戻らねば、私が困るのです!!』
ファルたちが次々に森に向かって呼び掛ける。
やがて森が大きく震えると、周囲に轟音が響いた。
森は内部から弾け飛び、周囲に黒く淀んだ霧を爆発的に発生させた。
『アル!?』
ウルラはアルを庇う様に彼女の前に立ち、翼を広げ風を起こした。
風は一瞬霧を防いだが、その甲斐も無く二人を飲み込んだ。
輝く雨が霧を払っていく。
完全に霧が晴れると黒い森は消え、砂の大地には朽ちた大木が一本だけ残っていた。
その根元に剣が一本突き刺さり、傍らに黒髪の男が倒れている。
雨は止み、日の光が雲間から男に降り注ぐ。
巨大なハヤブサが目を回して倒れている。
その羽根の下から、白髪の女性が這い出した。
女性はおもむろに立ち上がると、ふらつきながら男の下へ歩みを進めた。
男は眠っている様だった。
女性は男の胸に縋り付くと、声を上げて泣いた。
その頭を何かが優しく撫でる。
男が無くした筈の左手は、雨が癒したのか元通りになっていた。
その左手が優しく女性の頭を撫でていた。
「最近よく泣くな、お前」
「シロウ……?……お主が心配をかけるのがいけないのじゃ……」
アルは頬を膨らませて答えた。
「悪かったよ……」
「……どうして助かったのじゃ?」
「諦めかけた時、声が聞こえた。色んな奴の声が……それでも、こりゃ無理かなと思ったんだが……お前の声が聞こえた時、帰んなきゃと思ったんだ」
「そうか…我の声で……」
アルは少し、くすぐったそうに笑う。
「ナミロはどうなったのじゃ?」
アルの問い掛けに、シロウは懐から植物の種を取り出した。
種は双角錐の氷に閉じ込められていた。
「吸魂の宝珠が弾けた後、木がこいつを作ったんでかすめ取って凍らせた」
「宝珠が……」
アルは目を細め、シロウの体を見た。
最初に見た時、穴だらけのシロウの魂に棲み付いていた濁った魂は、今ではそのほとんどが白く光を取り戻していた。
だが、シロウの魂は随分と居心地がいいらしく、出ていくつもりは無さそうだ。
「ふむ、身の内の魂達は吸われなかったようじゃの」
「そうか……」
「うむ、棲みついた魂は浄化されたようじゃが、願いを叶えるまで出ていく気は無さそうじゃぞ?」
「んじゃ、まだまだ旅を続けねぇとな」
「そうじゃの!!」
アルが嬉しそうにシロウの首に抱き着いた。
シロウは、リーネとレントにそっちに行くには、まだ暫くかかりそうだと詫びながらアルの頭に手を置いた。
ウルラは目を覚ますと頭を振り、人に姿を変えた。
「うー、頭がガンガンする。……そうだ!!アルは!?」
彼が周囲を見渡すと、朽ちた大木の根元、アルとシロウが寄り添って寝ていた。
その足元でチビが丸くなっている。
二人と一匹は幸せそうに寝息を立てていた。
「まったく、ホント暢気だね……」
青空には不死鳥が舞い、雲間から射す光が砂の大地を煌めかせる。
神話の様な光景の中、二人と一匹だけが妙に浮いていてウルラは思わず噴き出した。




