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第8章「分かりやすく言うと自爆」

「よっ……と!」


 埃やら何やらがまとめて詰まったゴミ袋を全てゴミ捨て場に放り込む。

 宿屋というのは意外と大量のゴミが出るらしく、それだけでもかなりの労力を要する。非力な俺は何度かに分けることで、ようやく全てのゴミを処理し終える事ができた。

 これで掃除は終わり。次に何をするべきかエミィに指示を仰がねば。


 ……俺が勇者から宿屋の従業員にジョブチェンジしてから早三日。清々しい汗を流して労働の喜びを感じ始めてくるころだった。エミィのためになっているというのも俺のモチベーションを大きく上げている。


 ちなみにだが、今日も今日とて掃除は譲ってもらった。神器のことだけはやはり根本的な解決方法が必要になってきそうだ。


『……おい』


 俺は蛇口を捻って一旦手を洗ってから、すこぶるイイ顔で額の汗を拭う。

 朝早く起床し、健康的な食事取って仕事場に向かい、仕事に従事する。今の俺の姿は正しく労働者の鏡といったところだろう。


『おい』


 さて、休んでいる暇はない。

 昼間は大衆食堂として開いているためお客さんはちらほらいるし、そうでなくても宿屋というのは仕事が目白押しらしいのだ。

 布で手を拭きながら俺は1階のエミィの元へ……。


『おいコラ』


「ああっっつぁぁぁあああ!!!」


 行こうとしたところで散々無視し続けた魔王からの制裁が下った。

 全身が燃え尽きる程の熱に俺はたまらず廊下でのたうち回る。周りに人がいないのが不幸中の幸いといったところか。


 煙を吐きながら俺はピクピクと小刻みに身体を痙攣させ、白目を剥く。危うく意識というか魂が天に逝く所だ。


『いつまでそんな事をやってるつもりだ阿呆が。今のお前の姿を見たらお前を勇者に任命した女神は間違いなく泣くぞ』


「う、うっさいわい!? こちとらお前の尻拭いしてんだぞコラ! というか勇者が宿屋で働いて何が悪いんだよ!」

 

 折角人が労働の悦びに目覚めようとしていたというのに、全くこいつは悉く俺の邪魔をしてくれる。

 それにいつまでというが、俺が働き始めてからまだ三日しか経っていない。


「今までなんにもやってこなかった俺が社会に貢献して、更にはあんな良い子の役にも立つんだぞ? 俺はあの日からここに骨を埋めることに決めた。一生エミィと一緒にここを守っていくんだ。それが勇者としての俺の使命だと思う」


『……む?』


 俺は拳を握り締めてはっきりと意思表示をする。そもそも勇者としての肩書きを持ちながら普通に働いている人は普通にいるし、大神官レストとか良い例だったろうと思う。

 まあ、それとは別にオルガニアは俺にとっとと神器集めに行ってもらいたいんだろうが。


「というか、考えてみたら俺が勇者って事もお前の事も黙ってりゃバレないんだし、俺は一生一般人ってことで通せるな。うん、気軽でいいや」


『どうでもいいが我はお前に一つだけ言っておきたい事がある』


「ん? なんだよ?」


 堂々と戦わない事を正当化できる理由を盾にいい気になっている俺に水を差すようにオルガニアが改まって物申す。


『お前は、学習をしない馬鹿者だ』


「はぁ? なんだそりゃ……あ」


 後ろを振り向くのと、廊下に帳簿の落ちる音が響いたのは、ほぼ同時の出来事だった。


「えっと……」


 振り向くと、そこには何かいけないものを見てしまった、とでも言いたげな顔をしたエミィが立っていた。血の気が引き、俺の身体中の汗腺から一気に冷や汗が吹き出る。なるほどオルガニアの言う通り、俺は学習をしない馬鹿者だったようだ。


 オーマイグッドネス。女神よ、何故私にこれ程までに辛辣な試練をお与えになるのですか。信徒ではないからですか。


 信徒にでもなんでもなるからこの状況をどうにかしてください女神様。


 ……などと祈ってみるも俺の声は女神には届かない。現実は非情である。


「えっとな、エミィ?」


 ともかくなんとか誤魔化そうと引きつった顔を無理やり戻そうとして失敗したから諦める。

 ノープランで話すこともまとまらないまま目の焦点が合ってないエミィに語りかけるも、しかしエミィはただ無言で首を横に振ると、ぎゅっと目を瞑った。


「……いえ、何も言わなくて大丈夫です。アルスさん。薄々分かってはいたんですけど……今ので、確信しましたから……」


 何を確信したのだろう。彼女は何を確信してしまったのだろうか。俺が白昼堂々恥も外聞もなく独り言を喚き散らす変態だという事をだろうか。


 だが待ってほしい。どうか弁明をさせてほしい。割と弁明の余地がないが取り敢えず何か言わせてほしい。

 そしてさっきから俺の中で必死に笑いを堪えているオルガニアが地味にうざい。


「それこそがアルスさんの悩みだったんですね……!」


 俺が心の中で叫ぶ必死の懇願も虚しく、エミィは俺を真っ直ぐと見つめ返して、そして……。


「アルスさんは……女神様と交信なさっていたんですよねっ!?」


 ……言い放った。


「…………は?」


『ぶっふ!』


 一瞬、何を言っているのか分からず俺の目が点になる。

 オルガニアはエミィの言葉を聞くなり堪えきれなくなったのか盛大に吹き出して大笑いしていた。


「あの……エミィ?」


「じ、実はその、アルスさんが度々独り言を言うので、何かなぁって気になって聞いちゃってて……専用神器(アーティファクト)とか、勇者様とかの話を聞いてしまって……盗み聞きして本当にごめんなさい! きっと女神様との交信は内緒にしておかないとダメなんですよね……?」


「え、あぁ……うん、まぁ……」


 頭を下げて必死に謝るエミィを見る俺の口からは言葉にならない声しか漏れない。

 というか殆ど聞かれてたのか俺の独り言。恥ずかしいにもほどがある。


『あっははははっ! ふっふふはは! なんと愉快な小娘だ、気持ち悪いアルスの独り言を言うに事欠いて女神との交信などと解釈……滑稽すぎぶっ、あっははっ!』


 そして女神と勘違いされた俺の中の魔王はこれでもかというほど笑い転げていた。初めて聞くオルガニアの大爆笑だが、俺はお前と会話してるわけで、気持ち悪い独り言とか言われるのは心外である。


 ……さて、この状況をどうしたものか。

 エミィに何かを言う前に俺は思考を巡らせる。


 適当に誤魔化すために、勘違いだ、それは全部俺の独り言で俺は独り言を言うのが趣味の変態なんだ。とか言ったら俺が社会的に死にそうなので却下。最終手段にも適用できない愚策と言える。


 かと言ってオルガニアの事を説明するのはダメだ。元々エミィをオルガニアの件に巻き込まないように、守る為に行動しているというのに、今全てを話してしまえば何もかもが水泡に帰す。なにより更に変な誤解を生みそうなのが怖い。


 ならば俺に残された選択は一つ。


 俺は片手で顔を抑えて、フッと鼻で笑った。

 そして周りに誰もいない事を再度確認して、不安そうな顔をするエミィに向かって声高らかに打ち明ける。


「よく気づいたな、エミィ! そう、俺は勇者! そんでさっきは……えーと、女神と今後の方針を話し合ってたんだ!」


「や、やっぱりそうだったんですね!?」


 遺された選択肢、それは嘘を貫き通すことだ。いや、勇者ってことは間違いないんだけどそこは置いておくとして。ともあれ勘違いしてるのであればそのまま勘違いしていてもらおう。幸いにしてこの手段ならば、俺が勇者ということはバレてしまうものの、オルガニアの存在は確実に隠蔽できる。

 俺が打ち明けた驚愕の真実? にエミィは目を見開いて驚く。リアクションが大きくて見ていて楽しい。


「なんだか凄く親しげにお話しなさっていたので……ア、アルスさんって女神様とそこまでフランクに話せる程の力を持っているのかなって思って……」


「え? あーうん、その通り、普段だらけきっている俺は仮の姿。本当はこう、なんか凄いこといっぱいできる女神に一目置かれる勇者なのだ」


「わぁ……!」


『こいつ、いらん嘘を重ねたな』


 横からオルガニアのなじるような声が聞こえるが気にしない。

 エミィの俺を見る瞳がどんどんキラキラした憧れの眼差しに変わっていく。これくらい言っておけば変に疑われることもないだろう。


 女神の存在を簡単に連想することや、受け入れる辺り、もしかしたらエミィはセイクリア教に属しているのかもしれない。


「まぁそういう事で。俺の独り言については他言無用でお願いします」


「は、はいっ……絶対内緒にします! ……そっかぁ……女神様とお話できる勇者様……」


 夢見心地、とでも表せるほど惚けた表情のエミィを見て、俺はほっと胸を撫で下ろす。


 危機は去った。俺はこの戦いを見事乗り切ったのだ。

 女神よ、お前の救いが無かろうとも俺はやってのけたぞ。

 バーカバーカ女神のけちんぼ、おたんこなすー。お前の加護なんて必要ない事が証明されたな。


「でも……そうだとしたらごめんなさい」


 明るかった表情に急に影が差し、エミィは深々と頭を下げてきた。

 突然のエミィの行動の意味が分からずに俺は首を傾げる。


「え、なにがだ?」


「今も魔王との戦いは続いてる……やっぱりアルスさんは魔物との戦いで大変、ですよね」


「……え? いや、うん、いや、まぁね?」


「それなのに、私はアルスさんの優しさに甘えてしまって……そのせいで使命との板ばさみになってしまって……アルスさんにいらない悩み事を作ってしまいました……ッ」


 なんだか雲行きが怪しくなってきた気がする。

 それを裏付けるかのように、窓から差し込んでいた太陽の光が陰った。

 エミィは悲しそうに、それでも意を決して微笑を浮かべ、俺を見上げてきた。


「一緒に働いてくれるって言ってくれたのは……本当に嬉しかったです。でも、やっぱりアルスさんは、使命に集中なさってください」


「……え?」


 目尻に涙を浮かべた彼女を見るのと心苦しさを感じる。などと思うがそんなエミィを笑顔にする術を俺は持たない。


「いや、あのさ、エミィ」


「……何も、何も言わないでください。この前言ったとおりです。私は、ここを守り続けますから!」


 お願いだから勝手に話を進めないでほしい。そんな本当に悲しそうな顔をして言われると俺としても非常に困る。


「短かったですけど、お手伝いしてくれて、ありがとうございました!」


 そして最後に飛び切りの笑顔でお礼を言い、締めくくってしまった。

 ああ、この空気ではもう挽回はできない。きっと俺が何を言っても彼女はそれを俺の優しさからくる気遣いと思ってしまい、揺らぎながらも首を横に振ってしまうことだろう。

 勇者の俺に迷惑はかけられない。自分のために俺に時間を使わせてはいけないという一心で。


 エミィの純粋な心と優しさと気遣いで胸が痛い。あとついでに胃が痛い。


「じゃあわたし、これからお昼ご飯の準備、してきます!」


「あっ……」


 いつもの元気な笑顔で、エミィは駆けて行ってしまった。廊下に一人取り残された俺は、ただ呆然とその場に立ち尽くす事しかできない。


『……さて、愉快な茶番も終わったところで、次の神器を探しに行くか』


 口をぽかんと開ける俺の代わりにオルガニアが仕切り直す。


 ――ごめんなさい女神様。馬鹿とかケチとかおたんこなすとか言ったことまとめて全部謝りますから。


 どうか、盛大に自爆した哀れな俺にご加護をください。


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