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第1章「魔王と精神ルームシェア」

 絶叫してから数分後。

 いきなり叫んだ事で周りから白い目で見られる事に耐えかねた俺は宿に戻るため、都の大通りを歩いていた。


『ふむ……人とはここまで栄える物なのだな。ここに魔力の暴風を起こしたらどれ程の塵が生まれる事か。お前、興味はないか?』


 しかし引っ切り無しに聞こえてくる俺の中に取り憑いてるという魔王の声のせいでさっきから混乱しっぱなしだ。というかなんかさらっと怖いこと言ってるし。


「えぇっとぉ……オルガニア、様、だっけか。お前……いや貴方様は俺の精神に入り込んでる……んだよな?」


『敬語が下手糞すぎるだろう……まあそう畏まるな。その通り、我はお前の精神、つまり魂に憑いている。お前の中にもう一人生命体が居るとでも思えばいいだろう』


「うげぇ……なんつー状態だ……」


 自分の中にもう一人誰かいるというのは普通に気持ち悪い。なんだか常に通信アイテムで遠くの誰かと通話している気分だ。

 ゴーストとか、そういう亡霊系の魔物に取り憑かれるなら話は分かる。あの手の魔物は人に取り憑く事で存在を保っているからだ。いやそれも中々にハードだけど、それでもまだ分かる。だが、魔王に、それも異世界の魔王に取り憑かれるとはどういう事なのだろうか。


「……なんでわざわざ異世界になんて来たんだ?」


 聞きたい事は沢山あったが、取りあえず無難な質問を投げかけてみた。まずは身の安全を確保するために徐々にコイツのことを知っていくべきだ。


『……我は自身の世界にて勇者と戦っていたのだが……その最中手傷を負わされ、戦略的撤退を行ったまでだ』


 どうやら別の世界にも勇者と魔王というのはいるらしい。というかなんかカッコつけた言い方をしているが、要するに……。


「勇者に負けたから、逃げてきた、と……」


『…………』


 あ、黙っちゃった。どうやらその通りらしい。


『ええい、彼奴らが卑怯だっただけだ。よもや数百人の軍勢がこぞって我の弱点となる水を操ってくるとは思わんかったのだ』


 なんだ、魔王のくせにこいつは光とかじゃなくて水が弱点なのか。数百人の水魔法って想像つかないけど、なんか凄そう。

 では、取り憑くといっても何故俺だったのだろう。この世界にはごまんと勇者がいるし、勇者じゃなければいけない、なんて事はないだろうに。


『なに、それは偶然だ。憑依の魔法は対象の意識が無い状態でなければ成立せんのでな』


 そう言われてすぐに俺の疑問は氷解した。なるほど、偶然にも俺が寝ていたから憑依の魔法とやらの対称になってしまったようだ。

 ……いや偶然とは言え、ちょっとゴリ押しが過ぎないか? 

 寝ている奴はこの世界に何人居たんだよ。ちょっと俺の運が悪すぎる気がする。どこにもぶつけようがない怒りを持て余しながら深く深く息を吸い込んで、吐き出した。


『しかし我の依り代となる存在が勇者とは、皮肉なものだ。やはりお前の目標はこの世界の魔王の討伐なのか?』


「いや、違うよ」


 魔王の質問に俺は即座に首を横に振る。

 勇者として任命されたが、俺は周りと同じように熱り立って戦いに身を投じたりはしない。というかできない。

 勇者の肩書きを一生隠し通せるとは思わないが、それでも俺は普通に生活をしていたいんだ。

 そう説明すると、オルガニアは静かに息を吐いたような気がした。


『……そうか。勇者とは、世界により様々だな』


 そして、そう呟いた。

 オルガニアはそれっきり静かになってくれた。俺の貧弱な想像力ではこいつの身に何があったのかは分からないが、まあ俺の言うことに何か感じるものがあったのだろう。

 取りあえず危害を加えられることはなさそうなので、ほっと胸を撫で下ろす。


「ふいー……なんか帰り道がいつもの倍の時間に感じたなぁ」


 手で嫌な汗を拭いながら、ようやく辿り着いた宿屋を見る。2階建ての宿屋はどこにでもありそうな、という表現が似合う民家のような作りで、俺は随分長い間ここに滞在し続けている。


 俺と同い年か、少し下の女の子がここを1人で切り盛りしているらしく、それほど手持ちのない俺でも長く滞在できるほどには価格が安い。というか、この宿は王都の宿の中で最も安いのではないだろうか。


「あっ。おかえりなさいませー!」


 宿屋の戸を開けると朗らかな少女の笑顔が温かく出迎えてくれる。俺も微笑んで軽く会釈で答えた。

 その人懐っこい笑顔には癒しの力が込められているようで、俺の心労はほんの少しばかり和らいだ。

 やはり美少女に出迎えられる宿というのはいいもんだ。それが目的で泊まってるわけじゃないけど、ここはもっと人気になってもいいんじゃなかろうか。


 俺はそそくさと階段を昇って2階へ行き、部屋へと向かう。

 毎度思うが、そこそこ広いこの宿屋をあの子が一人で掃除する、というのは大変を通り越して無理なのではないか。俺なら間違いなく心が折れる。

 だが目立った汚れは殆ど見受けられず、驚く程に綺麗なのだから脱帽ものだ。


「よっ……と」


 俺は剣を机に立てかけて、部屋に備え付けてあるベッドに腰掛ける。

 落ち着こうとはするものの、全く落ち着けないのはやはり受け入れ難い現実の所為だろう。

 才能の「さ」の字も感じられない俺が勇者になった事実と同じレベルかそれ以上で受け入れられない。マジで。


「なぁ、お前何時まで俺の中にいるんだ?」


『我の力が戻るまで、だ。それが何時になるかなどは知らん。明日か、それとも1年後か……』


 1年も魔王と精神をルームシェアするわけにはいかない。なんとか叩き出す方法はないだろうか。

 いくつか方法を思案し、少し提案をしてみる。


「……俺じゃなくてさ、他の奴に取り憑く、とか」


『憑依の魔法は今の我の状態ではもう一度行うことができんのでな。それにこれといって出て行く理由もない』


「じゃあ、別の世界に行く、とか。言っとくけど俺って何の役にもたたんからな?」


『世界を渡り歩くのにも魔力がいる。お前が役に立つかは我が決めることだ』


「もう回復諦めちゃえよ」


「貴様燃やされたいのか?」


 ダメだ。流石に魔王というだけあって考えが自己中心的で取り憑く島も無い。


「お、俺に拒否権は……」


『無いな。なんなら今ここで残った魔力を暴走させてお前を乗っ取ってやってもいいくらいなのだ。我の譲歩と善意に感謝せよ』


「め、めちゃくちゃだ……」


 俺の体を乗っ取るとか言われたらもう諦めて泣き寝入るしか無い。そして絶対にそれだけはやらせまいと心に決めた。


「ああ……なんで俺の人生はこう……穏やかに進まなくなっちまったんだ」


『して、お前は自身を勇者と言っていたが……それらしい力は特に感じんな』


「……専用神器(アーティファクト)っていう武器が俺の所に届いたんだよ。ほら、そこにある剣がそうなんだけど。俺らの世界では女神様に選ばれた勇者の元にだけ現れるんだ」


『……ほう』


 俺が立てかけてある剣を指差して嘆息する。あんな物を託されても困ってしまうというに。

 見てくれはなんの変哲も無い鉄製の剣だが、俺が鞘から引き抜くと一瞬だけ刃がなんとなく……比喩ではなく本当になんとなく、じんわりとだけ光る。だから俺に何かしら勇者的な力がある事は確かなんだろうけど、これはもしかして持つと光るだけの玩具なんじゃないかなとたまに思う。


『なるほど。与えられた使命を他の勇者に丸投げ、ということか。しかしこの神器は中々どうして……変わっているな』


「なんとでも言ってくれ。というか女神様が作ったものらしいし、変わってるのは当然なんじゃないのか?」


 オルガニアの訝しげな声に俺は興味なさそうに答える。魔王がそう言うという事はどうやら光るだけの玩具ではなかったようだ。

 それにしても今の俺は側から見ればどんな風に写っているのだろう。声高々に独り言を言う芸達者な奴か狂人、とでも言ったところか。

 ……外ではこいつと話すことを控えよう。


「はぁ……」


『……なんだ、眠るのか』


「そうだよ。こうなりゃフテ寝だ。夕食の時間まで寝る」


『まぁ、好きにするといい。我も今は今後の方向性を固めたいのでな』


 こっちに関わる気があるのかないのかよく分からないやつだ。

 俺は魂の中に居座るやつのことをできるだけ頭から追い出しながら、とにかく気合で意識をまどろみの中に叩き落した――。




 ◆




「……あれ?」


 眠りに入ってからすぐの事。目を開けると、そこは俺の泊まっていた宿の一室ではなく、一面の星空の空間だった。

 一目見てわかる。あの時の夢の世界。


「美しいだろう。我の世界の夜だ」


「……オルガニア、か?」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえる。起きていた時とは違って、いくらかクリアに声を聴き取ることができた。

 この野郎、またしても人の夢の中に無理やり入り込んできやがった。

 心休まる時間が無いかもしれないと俺の頬に冷や汗が伝う。

 それにしてもここまで意識がはっきりした夢を立て続けに見るなんて初めての経験だ。ふわふわした夢の中独特の間隔に不快感を感じながらオルガニアの声がした方に振り返ると……。


「お前と面と向かい合うのは初めてのこととなるか」


「それもそうだ……な?」


 目に飛び込んできた光景に、目を疑った。


 目の前にいるのは、齢10歳かそこらの幼女だ。

 謎の幼女は眩しいほど透き通った金色の瞳で俺を見上げている。地面に引きずるほど長く伸びた真っ赤なツインテールとぶかぶかの不気味な黒の外套が嫌に目を引く。


「なんだ? 今度は何をそんなに驚いている」


「おまっ、おま、お前……お前? 魔王、オルガニア……?」


「……そうだが。我は何度名を名乗ればいいのだ」


 呆れてため息をつくオルガニア。その一挙手一投足があどけなさを感じさせ、現実世界で聞いたくぐもった声では分かりにくかったが、確かにそれはうら若き少女の声色だ。いや、少し大人びているか。

 ともかく威厳を感じさせるはずの言葉遣いもこれではただの背伸びした発言に成り下がる……もとい昇華される。


 これは純粋に……可愛っ、いや待て違う。落ち着け俺。


「ど、どうしたんだよ。その姿」


「む。我のこの姿が不服か」


「いや不服っつーか魔王っぽくないっていうか……お前、それでいいの?」


「わけのわからん事を言う奴だ。我の姿の何処が少女だ? 透き通る血の池のように穏やかな髪。黄金比でさえ羨む完璧なプロポーション。知性溢れる美声。例えるなら、そうだな。聖女とでもいったところか。クク……我は魔王だがな」


 ひょっとして俺とこいつの世界では価値観が違うのだろうか。子供が大人で大人が子供、みたいな。一瞬真面目にそんなことを考えてしまったが、得意げだったオルガニアの表情が訝しげなそれに変わる。


「んむ。しかし随分と我の視線が低いな。お前は存外背丈が高い…の…」


 オルガニアは、はたと何かに気づいて自身の前に手をかざす。

 すると星空の中に突然楕円状の鏡が出現し、オルガニアの姿を写した。

 オルガニアはしばし鏡に写った姿を見ながら、自分の頬をプニプニとつついたり、ビヨーンと伸ばしたりして、やがて……。


「な、ななな、なん、なんだこれはぁぁあああ!!!!」


 ついさっきの俺と同じように、爆ぜるように絶叫した。

 そして猪の如く突進して鏡を割れんばかりに鷲掴む。ギリギリと掴まれた鏡はやがて甲高い悲鳴を上げて砕け散った。その顔は青ざめ、若干泣きそうにもなっている。鏡を砕け散るほどの握力を見て、俺も同時に青ざめた。


「ば、馬鹿な!? 我の身体がこんなにも小さく……威厳溢るるあの姿は何処へ……我は、我はこれ程までに力を無くしていたのか!」


「え、えっと。な、なぁ? お前の元の姿って、女なのか?」


「女……? いや、魔族に性別などはあってないような物……否、そうだな。人間の目で見るのであれば限りなくそれに近いと言っておこう。こんなにちんちくりんでは断じてないがな……!!」


 小さくなったのが相当ショックだったようで、オルガニアはかつて鏡だったものの前でわなわなと震え続けている。それにしても、まさか魔王の正体がこんな姿だったとは。

 小さい今でもかなり可憐な少女。元のこいつはどうやら聖女ばりに美しいらしいが、多分嘘ではないんだろう。


 ……正直、得体の知れない化け物をイメージしていたので、なんだか毒気を抜かれてしまった気分だ。これではなんというか、追い出すに追い出せない。


 決して可愛い幼女だからだとか育ったら凄そうとかそんなやましい下心などは微塵たりともない。ただ純粋に庇護欲に駆られているだけだ。

 大事なことなので繰り返す。下心は決して、無い。


「ぬぅ……これでは力の復活にいつまでかかるかも分からん。のんびりと自然治癒を待っている場合では無いな……」


 さて、俺が邪念を完全に払拭し終わると、オルガニアも何かしらの結論を出したようだった。

 そしてその場で手を翻し、鏡の残骸を星空の中へと消す。


「さて、アルス。このままではお前の寿命をいくら使ったとしても我の力は自然治癒しない。もっと積極的に魔力を吸収せねばならんようだ」


「あ、ああ。そうなのか。頑張れ?」


 散々な慌てようからそう言われても驚きはしないが、はて、何故それを俺に伝えるのか。


「というわけで、お前のあの専用神器(アーティファクト)とか言う剣。アレを我に寄越せ」


 オルガニアはその華奢な白い指を俺に突きつけ、突然そんな事をのたまった。

 って、専用神器(アーティファクト)をよこせ……だと?


「いやいやいやっ! あれが無くなったらいよいよ俺が勇者って証拠が1個もなくなるんだが!?」


「そんなの知らん。そもそもお前は勇者の責務は放棄しているのだろうが」


「いや、でも俺の勇者って肩書きに変わりはなくてだな……!」


 概ねオルガニアの言う通りだが、力も殆ど無いのに、この上女神の武器すらなくしたらいよいよ俺は何もできなくなる。間違いなく故郷の村に帰って親に土下座するという事は不可避になるだろう。

 勇者の称号を捨てたいと思う傍ら、勇者としての自分を諦めたくないという気持ちもあるのだから全くどこまでも中途半端だ。


「喧しい。我もなりふり構っていられんのだ。お前に拒否権は無い。駄々をこねるようであれば今度こそお前の身体を乗っ取るぞ」


 ずいっと俺に詰め寄ってきたオルガニアが邪悪な笑みを浮かべながら恐ろしい事を言ってきた。小さくともこいつは魔王。俺の背に脂汗が一筋流れた。

 そう脅されては俺はもう首を縦にふるしかない。


「よし、物分かりのいい奴だ。ならばお前が目覚めた後、遠慮なくいただくとしよう」


「魔力を吸い取ると……俺の専用神器(アーティファクト)はどうなる?」


「力を失い、ただの剣となる。それか魔力を元に出来ていたのであればボロボロに朽ち果てるだけだ」


「ああ、そうかい……」


 オルガニアは事も無げにさらっと答える。

 結局一度もまともに振るったことは無かったな。なんというか呆気ない幕引きだ。


「それにあの程度の剣だけでは足りんな。もっともっとこの世界にある強力な神器の魔力を吸収せねば」


 こいつ女神から授かった神器をあの程度呼ばわりしたぞ。というか剣だけに留まらず力を持った神器の魔力を取ってポンコツを量産しようとしている。


「な、なぁ? 魔力を持った道具って神器だけじゃないしさ。そこら辺に売ってる魔法道具とかでも……」


「塵はいくら積もうと塵だ。山になる頃には、人の寿命が終わってる」


「え、えぇー……」


 ダメだ、こいつの企画がこの世界とマッチしなさすぎる。というかこいつはどれほど食いしん坊なのだろうか。

 ともすればこの世界にある神器全てがオルガニアにぶっ壊されてしまいそうだ。


「さて……そろそろ眠りから覚めておけ。我は早くあの専用神器(アーティファクト)とやらにありつきたいのでな」


「……はぁ。分かったよ、もう勝手にしてくれ」


 子供のように食事をねだるオルガニアに返す刀を持たない俺は、早々に白旗を上げる。

 ……しかし自分の意思で目を覚ます方法を知らなかった俺は、結局小一時間ほど星を眺め続けることになったのだった。


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