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元悪役令嬢の旅路  ~ ニートな生活をもとめて三千里 ~  作者: 浦賀やまみち


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第03話 黄金の日々




「はぁ~~~……。」



 私が悪役令嬢『アメリア』になった瞬間を思い出す度、ボヤきたくなる。

 神様は私の事が嫌いですかと、よりにもよってあのタイミングは酷すぎませんかと、普通は強くてニューゲームの学園入学時がスタートですよと。


 何にせよ、私がアメリアになったのは現実。夢ではない。

 お腹も空けば、排泄もする。眠気を覚えたら眠り、時には身体の悶々とした疼きを覚えて、それを自己解決ですっきりもさせている。


 どうして、私はアメリアになったのか。

 その答えを探すのは諦めた。元の世界へ戻る事も。

 

 なにしろ、私がアメリアになって、もう三年の月日が過ぎた。

 最初の一ヶ月くらいはノイローゼ気味に悩んだりもしたが、手がかりを探せる範囲は自分の思考内だけ。神様の啓示なんて聞こえてこないし、諦めて割り切るしか無かった。



「また今日からお小言の毎日かぁ~~……。」



 婚約を破棄された後の出来事。

 会う人、会う人にアメリアでないと、この世界はゲームだと必死に何度も訴えた結果、婚約破棄のショックで乱心したと判断された。


 そんな私を哀れみ、爺が私の身柄引取を挙手。

 他国の修道院という名の牢に送られる筈だった予定を変更して、馬車にガタゴトと揺られながら二週間。王国版図の端にある爺が治める領都へ到着。

 それ以来、街を見下ろす小高い山の中腹に作られた石造りの大きな館が、城の通称で呼ばれている館の最奥にある尖塔の最上階が私の住む場所となった。


 対外的には当初の予定通りに他国の修道院で暮らしている事になっている為、私の存在は極秘。

 尖塔を出入りするドアは常に堅く閉じられており、私に許された行動範囲はこの四階建ての尖塔の上下のみと狭い。


 見える景色も山側のみ。

 各階の城下町側の窓は木が打ち付かれて開かず、私がベランダと呼んでいる三階も山側しか出られなくなっており、私の姿は徹底して隠されている。


 正しく、籠の中の鳥。

 爺に教えて貰った自室からも出れない修道院での暮らしと比べたら遥かにマシだが、侯爵家令嬢として不自由を知らずに贅沢な暮らしを過ごしてきたアメリアにとっては地獄のような場所である。


 私を喪女沼と腐女子沼にずぶずぶと嵌まらせた乙女ゲームは恋愛学園ファンタジーRPG。

 ヒロインのルート選択次第によって、アメリアがエンディング後に王国を燃やし尽くして滅ぼそうとする隠れ裏ボス『灼熱の魔女』と化すのも頷ける。



「まあ、でも……。爺はスポンサー様だもんね。仕方ないか」



 だが、私にとっては違う。

 ここでの暮らしは控えめに言っても最高。


 確かにこの部屋は狭い。

 元が監視塔だったと考えられる場所を改装して、部屋の体裁を整える為にドアと壁を設けた分、階下と比べても狭い。


 日本式に言うなら、四畳半くらいか。

 ベッドと机、あとは半ば枯れかけている植木を置いて、スペースは埋まっているが『住めば都』の諺の通り、住み慣れてしまった今では気に入っている。


 それに私はここで『引き籠もり』の『ニート』を望まれているのだから不満などある筈がない。

 朝晩の二回。ほぼ決まった時間にノックが鳴り、ドアを開けたら部屋の前に置かれている温かくて美味しい食事。

 食べ終えた晩の盆を持って、尖塔一階のバスルームへ足を運べば、足を伸ばして座れる陶器製のバスタブになみなみと張られている熱々のお湯。

 洗濯済みの着替えもそこに用意されており、常設されている籠にゴミや脱衣した汚れ物、食べ終わった食器を分別して入れておけば、朝には回収されている。


 こんな至れり尽くせりな毎日を味わったら、前世の安月給生活には二度と戻りたくない。

 ベルトコンベアで流れてくる弁当に焼きそば、或いはパスタを無我の境地で乗せ続け、ひたすらに一日が早く終わってくれと切望する毎日なんて嫌過ぎる。


 難点は尖塔の階段の上り下りが面倒なのとトイレ。

 さすがにトイレの増築は無理だったらしく、バスタブの隣に置かれた『おまる』に使い、その処理を侍女長に行っている点に尽きる。


 同性とは言え、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 多分、ここで暮らし始めた頃、大きい方を出来るだけ我慢していたのが慢性的な便秘の原因だろう。


 退屈とも無縁でいる。

 先ほど言ったが、乙女ゲームでアメリアは隠れ裏ボス『灼熱の魔女』と化すほどの魔法の類稀な才能を持つ。


 そう、魔法だ。それも類稀な才能を持っていると知っていて、退屈で居られる筈が無い。

 爺に何度も何度も強請り、魔法の先生を雇って貰い、鍛錬に鍛錬を重ねた結果、遂に去年の夏に一人前と認められて、今では研究に忙しい毎日である。


 もっとも、ド派手な爆裂魔法を使えても、それを披露する機会は無い。

 最近、話し相手になる使い魔が欲しいなと、爺に黒猫を強請ろうかなと悩んでいる程度であり、今の暮らしを手放してまで『灼熱の魔女』と化すつもりはさらさら無かった。



「取りあえず、掃除するか」



 椅子から立ち上がり、狭い部屋を見渡して溜息が漏れた。

 爺は散らかっていると叱ったが、私的にはベスト配置。掃除の必要性を感じないが、爺のご機嫌を取る為にはやるしかない。


 私だって、女。少しでも美しくありたいと心掛けるは当然の心理。

 最初の半年は早寝、早起きを心掛けた規律正しい生活。身だしなみをきちんと整えて、部屋の整理整頓も行っていた。


 しかし、何も求められず、明日に対して備える必要が無い生温い毎日。

 魔法の研究に没頭していたら、ついつい夜更かしが過ぎ、身だしなみを整えるのも、部屋の整理整頓も次第に億劫になり始めた。


 それでも、週二で訪れる魔法の先生を迎える為、その日に合わせて、早寝早起きをして、身だしなみを整えて、部屋の整理整頓も行っていた。

 だが、去年の夏に一人前と認められて、魔法の先生がこの街から去ると、もう駄目だった。


 なにしろ、ここを訪れる男性は爺と爺の息子さん、お医者さんの三人だけ。

 爺が六十代前半なら、爺の息子さんは四十代後半。お医者さんに至っては爺より年上で私のストライクゾーンから大きく外れている。

 身だしなみを整えるどころか、着替える必然性すら感じず、起きている時だけは型崩れと肩こり軽減の為にブラジャーを着けて、あとはパンツと寝間着で過ごす事こそがここでの暮らしの黄金律だと気付いてしまった。


 こうなってくると次は入浴が面倒になった。

 この尖塔は石造りの為、冬は寒い。雪が降る夜なんて、暖炉が設けられていない二階の書庫兼物置と三階のベランダを湯上がりに通るのはとても勇気が要り、最初は一日置きだったのが二日置きとなり、寒さ厳しい冬が過ぎた今でも三日置きが当たり前になっていた。


 一応、お湯を洗面器で部屋まで運び、身体を拭いている。

 本音では一週間に一度で十分だと思っているが、四日置きにすると侍女長が部屋に現れて、お風呂を強制されるので三日置きに留めていた。


 汚れ物を溜め込んでいるのも寒さが理由。

 自身の温もりが無いパンツとネグリジェで二階と三階で通るなら、部屋で着替えた方が断然にマシであり、溜まり始めるとそれを運ぶのが面倒で大きな決心が必要になってくるからだ。



 無論、私の衣類を管理している侍女長は私が汚れ物を溜め込んでいるのをとっくに知っている。

 以前に十日間溜め込んだ時、侍女長が部屋に現れて叱られたから、一週間前後は大丈夫と判断している。

 その日数をうっかり忘れないように入浴日も合わせて、寝る前の日課にカウントをメモにちゃんと取ってもある。



「あうっ!?」



 換気の為に山側の窓を開けて、吹き込んだ風に腰をブルリと震わす。

 爺が訪れなかったら用を足しに行っていた筈だったのを思い出して、部屋から出ようとドアノブに手を伸ばしたところで爺が去り際に残した言葉も思い出す。


 今現在、用が足せるバスルームはお風呂の準備中。

 侍女長と顔を合わせる可能性が高い以上、その横で平然と用を足せる筈も無い。


 おまるは持ち運べるが、それを侍女長は絶対に許さない。

 過去に一度だけ部屋へ持ち込んだ時、こっぴどく叱られている。


 しかし、一旦は忘れて、再び覚えた尿意は辛かった。

 右手でドアノブを持ちながら、左手を股間に強く押し当てて、その場で足踏み。

 出入口のドアとは逆隅に置かれている私の背よりちょっと高い植木に横目を向けて、すぐに躊躇いを捨てた。


 すぐさまパンツを脱ぎ捨てて、世話を惜しみがちで半ば枯れている植木の元へ行く。

 肩幅がある大きな鉢を跨ぎ、腰をやや落として、たくし上げたネグリジェの前裾を顎で押さえると、露わになった髪色と同じ銀が茂る奥を両手で広げる。



「ふぅっ……。絶対にこれだけはバレないようにしないとね」



 それは今年の冬にとうとう覚えてしまった悪癖。

 強張らせていた緊張を弛緩させると共に得も言われぬ爽快感が満ち溢れて、顔は自然とだらしなく緩んだ。




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