三
親父の最後は、あまりにも情けなかった。
あんなに堂々として、恐ろしくて、偉大だったのに。
死ぬ時となれば、腰を抜かし、歯を震わせ、命乞いをする。
「家族を裏切るのか」
家族が、家族であることを盾にする。
まるでそのために家族でいたかのように。
騒がしかった。
いつもいつも、この事務所は騒がしかった。
笑っていた。
泣いていた。
怒っていた。
あの時のすべてが、無機質に思えた。
「いいえ、その中に俺はいませんでしたよ」
引鉄は、虚しくなるほど軽かった。
***
「あッ」
食後の一服をしようとしたところで、俺は気づいた。
タバコがない!
よくよく考えれば、俺は所持物を全てポケットに入れていた。
下半身を消し飛ばされた時に、それらも丸ごと持っていかれたのだ。
「オイ、返せよ。俺の楽しみをよ~……」
苦笑いしながら、レンの頭蓋を叩く。
結局俺は、彼を全部食べつくしたのだった。
おどろくほど、肉の味、鉄の味への抵抗はなかった。
それどころか、血液で喉の渇きも潤っている。
これも、『ヤマイ』の症状によるものなのだろうか。
レンも、おそらくは人だけを食べて生き延びてきた。
となれば、それだけで栄養が賄えるように、体が適応していると考えるのが自然だろう。
しかし、気分は重くなる一方だ。
俺はまだまだ、人を殺さなくては生きていけないのだろうか。
仮に生き延びても、やがて誰もいなくなるこの世界で、俺はどうなるのだろうか。
手を止め、足を止めたとたん、次々と理性の亡霊が這い出てくる。
あぁ、やめだ。
とりあえず、少し寝よう。
腹が満ちれば、疲労が浮き出て眠くなる。
赤ん坊のころから変わらぬ生き物の摂理だ。
相変わらず、この地面は心地いい。
柔らかいと言えるほどではないが、俺はこれぐらいの布団が好きだ。
つかの間の安息。
俺の意識は、あっという間に遠ざかり――
「あんちゃん、あんちゃん。そろそろ起きねェな」
気が付くと、俺の視界はオッサンで埋まっていた。
「……寝覚めの景色としちゃ、随分汚ねぇな」
「カーッ、起き抜けから言うことがそれかい。やっぱ面白れェあんちゃんだなァ」
オッサンは唾を飛ばしながら豪快に笑う。
どうやら、寝ている間勝手に気に入られたらしい。
ところで、ここはどこだ?
どこか、狭い倉庫のような場所だ。
造りも向こうの世界と遜色ないほどしっかりしている。
いや、それよりも――
「銃か、これ全部?」
部屋の中は、見渡す限りの銃、銃、銃。
ハンドガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、果てはロケットランチャーやガトリング砲、見たことのない形の銃まである。
「あァ、銃だぜ。オレお手製のな」
オッサンの表情がギラついたのが見えた。
「この世界で、どうやってこんなもの……いや、そもそもまず、どうして俺を生かして連れてきた。殺して食わないのか?」
「あのど真ん中で爆睡こいてたやつの言うセリフじゃあねェな。まぁオレもそんなお前を気に入って、ここに連れてきたわけよ。こいつはタダもんじゃねェってな。それにあんちゃん、これだろ?」
オッサンは頬を切る真似をする。
「元、な」
「この世界じゃ誰だって元だろ。まァそんなあんちゃんならオレのこのコレクション、分かってくれんじゃねェかと思ってよ」
「コレクション……」
数を揃えてあるだけあって、何度か触ったことのある銃はいくつか目につく。
基本的に人殺しの道具としてしか見てこなかったから、魅力というのはあまり理解できないが。
「あんちゃんよ、生き延びてるなら『ヤマイ』を知ってんだろ?」
ヤマイ。
やはり、この世界に生きる人間の中では、もう常識的な情報となっているらしい。
「『どうやってこんなもの』と言ったな。銃身や弾丸は人間の骨を利用してるが、その他機構を支えてくれてんのは全てヤマイなんだ。ヤマイにゃいろんな種類がいてな……」
あぁ、こういう人間が語りだすと止まらない。
だが端々に重要な情報もある。
仕方がないので、俺は渋々ながらこいつの講義を受けることにした。
「骨を硬くし、十分な強度に上げてくれるのが『維持するもの』、火薬替わりに使うのが『炸裂するもの』。と言ってもヤマイをそのままとっ捕まえることはできねェから、こいつらに感染した連中を探し回ってブッ殺して、んでもって培養したんだよ。苦労したんだぜ」
「名前があるんだな。オッサンも何かに感染してるのかい?」
「いや、オレは抗体があったらしいんだ。だから何にも感染してねェ。憎んだもんだぜ? 他の連中はバカスカとんでもねェ力を振りかざすからよ、羨ましいったらありゃしねェ」
抗体持ち=無能力者ということか。
じゃあ、このオッサンはその上で感染者を仕留めてたのか?
さらりと言い放つが、とんでもないことだ。
俺だってヤマイの力が無ければ、今頃上半身だけで地面に転がっている。
「オレは銃が好きだ。何よりも。だからこの世界に来た時、好き勝手殺して好き勝手銃を作れることに歓喜したもんだ。だが、理解者ってのは中々いねェもんでな。一時期から銃づくりをやめて、あんちゃんみたいなヤツを探してたのさ」
「もし興味がないと言ったら?」
「いい銃の素材になるだろうよ」
想定通りの返答。
なら、こちらも軽い要求ぐらいはさせてもらおう。
「話をするのは構いやしないが、それにはちょっと物足りないとは思わないかい、オッサン」
「ほう、ふっかけてきたな? 言ってみろ」
俺が、この世界に来てから恋しかったもの。
俺の脳と、心臓を駆動させるために、なくてはならないもの。
「ガソリンと、熱さ」
「……なるほどな、とっておきのがあるぜ。来な、あんちゃん」
俺は起き上がると、狭苦しい部屋の、さらにその先の狭苦しい部屋に潜り込んでいった。
そこには、俺が待ち望んでいたものがあった。
「ケッ、銃見た時より目ェ輝かせやがって。ま、オレもウン十年ぶりの邂逅だがな」
ポン
数十年間、絞められていた栓を開けた。
途端に部屋中が、懐かしい空気に包まれる。
「オレもこいつは、銃を語れるやつと呑るって決めてたんだ。この世界に来た時、懐に入れたままでよ。ラッキーだったな、あんちゃん」
「あぁ……。やっぱり、生きとくもんだな」
「そうだな。どこにだって、生きがいってのは転がってるもんだ」
おそらくはこれも人骨をくりぬいたものなのだろうか。
歪なコップに、琥珀のような輝きが注がれていく。
「それじゃ、今日までの命と」
「アンタの銃に」
乾杯。
4日ぶり。
されど、4日ぶり。
口の中いっぱいに、樽の香りが広がる。
鼻を抜け、脳に染みわたり、やがて涙腺を刺激する。
アルコールの熱さと、溢れ出そうになる俺の涙を堪えながら――
ゆっくりと、飲み込んでいく。
舌先には、うっすらとしたバニラ香が甘みを残す。
それにすがりつくように、喉の奥から唾液があふれ出した。
「ハハ」
やばい。
笑えるほど、うまい。
「あんちゃん、よっぽど好きなんだねェ。どうだい? エンジンはかかりそうかい」
「ちと熱が足りねぇな」
「わーったよ、忘れてねェよ、コンチクショウ」
オッサンは一本タバコを手渡しながら、おもむろに立ち上がる。
棚をしばらく物色した後、一丁の拳銃を選び取った。
S&W M29。
「やっぱりダーティーハリーか」
「知ってるじゃねェか、あんちゃん。いいねェ。やっぱり、男は一度これを握りたくなるもんよ」
「よく再現したもんだ」
「血眼になるまで見てきたからな。ただ、現物よりはちと重めだ。ヤマイのせいだろうな、ほれ」
受け止めた銃身は、確かにハンドガンとしては随分とずっしりしている。
だが、俺はこれぐらいの方がちょうどいい。
人殺しの道具が、軽くていい筈がない。
軽く弄る。
素人目にもわかるほど、出来がいい。
文字通りの職人芸だ。
銃が好きなだけでは、ここまで人骨を抜群に加工することなど不可能だろう。
撃鉄を起こす。
弾丸が一発だけ入っているのを、俺は見ている。
「試し打ちかい」
「あぁ、構わねぇか」
オッサンは無言で頷く。
俺は嬉しそうなにやけ顔を横目に、葉巻を咥えた。
重い反動。
手首の関節が軽く悲鳴を上げる。
微かに、タバコの先端を銃弾がかすめた。
一瞬の、赤い閃光。
それを見逃さず、俺は一息に吸い込んだ。
「なるほどな。こいつは、粋だねェ……」
紫煙が、まっすぐに吹き抜ける。
脳細胞が、心臓が、じんわりと熱を帯びた。
堪らないね。
「エンジン、フル稼働だ」
「待ちかねたぜあんちゃん。そいじゃ、本題に移ろうか」




