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 親父の最後は、あまりにも情けなかった。

 あんなに堂々として、恐ろしくて、偉大だったのに。


 死ぬ時となれば、腰を抜かし、歯を震わせ、命乞いをする。


「家族を裏切るのか」


 家族が、家族であることを盾にする。

 まるでそのために家族でいたかのように。


 騒がしかった。

 いつもいつも、この事務所は騒がしかった。


 笑っていた。

 泣いていた。

 怒っていた。


 あの時のすべてが、無機質に思えた。

 

「いいえ、その中に俺はいませんでしたよ」


 引鉄は、虚しくなるほど軽かった。


***


「あッ」


 食後の一服をしようとしたところで、俺は気づいた。


 タバコがない!


 よくよく考えれば、俺は所持物を全てポケットに入れていた。

 下半身を消し飛ばされた時に、それらも丸ごと持っていかれたのだ。


「オイ、返せよ。俺の楽しみをよ~……」

 

 苦笑いしながら、レンの頭蓋を叩く。

 結局俺は、彼を全部食べつくしたのだった。


 おどろくほど、肉の味、鉄の味への抵抗はなかった。

 それどころか、血液で喉の渇きも潤っている。

 これも、『ヤマイ』の症状によるものなのだろうか。


 レンも、おそらくは人だけを食べて生き延びてきた。

 となれば、それだけで栄養が賄えるように、体が適応していると考えるのが自然だろう。


 しかし、気分は重くなる一方だ。


 俺はまだまだ、人を殺さなくては生きていけないのだろうか。

 仮に生き延びても、やがて誰もいなくなるこの世界で、俺はどうなるのだろうか。


 手を止め、足を止めたとたん、次々と理性の亡霊が這い出てくる。


 あぁ、やめだ。

 とりあえず、少し寝よう。


 腹が満ちれば、疲労が浮き出て眠くなる。

 赤ん坊のころから変わらぬ生き物の摂理だ。


 相変わらず、この地面は心地いい。

 柔らかいと言えるほどではないが、俺はこれぐらいの布団が好きだ。


 つかの間の安息。


 俺の意識は、あっという間に遠ざかり――


「あんちゃん、あんちゃん。そろそろ起きねェな」


 気が付くと、俺の視界はオッサンで埋まっていた。


「……寝覚めの景色としちゃ、随分汚ねぇな」


「カーッ、起き抜けから言うことがそれかい。やっぱ面白れェあんちゃんだなァ」


 オッサンは唾を飛ばしながら豪快に笑う。

 どうやら、寝ている間勝手に気に入られたらしい。


 ところで、ここはどこだ?


 どこか、狭い倉庫のような場所だ。

 造りも向こうの世界と遜色ないほどしっかりしている。


 いや、それよりも――


「銃か、これ全部?」


 部屋の中は、見渡す限りの銃、銃、銃。

 ハンドガン、アサルトライフル、スナイパーライフル、果てはロケットランチャーやガトリング砲、見たことのない形の銃まである。


「あァ、銃だぜ。オレお手製のな」


 オッサンの表情がギラついたのが見えた。


「この世界で、どうやってこんなもの……いや、そもそもまず、どうして俺を生かして連れてきた。殺して食わないのか?」


「あのど真ん中で爆睡こいてたやつの言うセリフじゃあねェな。まぁオレもそんなお前を気に入って、ここに連れてきたわけよ。こいつはタダもんじゃねェってな。それにあんちゃん、これだろ?」


 オッサンは頬を切る真似をする。


「元、な」


「この世界じゃ誰だって元だろ。まァそんなあんちゃんならオレのこのコレクション、分かってくれんじゃねェかと思ってよ」


「コレクション……」


 数を揃えてあるだけあって、何度か触ったことのある銃はいくつか目につく。

 基本的に人殺しの道具としてしか見てこなかったから、魅力というのはあまり理解できないが。


「あんちゃんよ、生き延びてるなら『ヤマイ』を知ってんだろ?」


 ヤマイ。

 やはり、この世界に生きる人間の中では、もう常識的な情報となっているらしい。


「『どうやってこんなもの』と言ったな。銃身や弾丸は人間の骨を利用してるが、その他機構を支えてくれてんのは全てヤマイなんだ。ヤマイにゃいろんな種類がいてな……」


 あぁ、こういう人間が語りだすと止まらない。

 

 だが端々に重要な情報もある。

 仕方がないので、俺は渋々ながらこいつの講義を受けることにした。


「骨を硬くし、十分な強度に上げてくれるのが『維持するもの(キーパー)』、火薬替わりに使うのが『炸裂するもの(エクスプローダー)』。と言ってもヤマイをそのままとっ捕まえることはできねェから、こいつらに感染した連中を探し回ってブッ殺して、んでもって培養したんだよ。苦労したんだぜ」


「名前があるんだな。オッサンも何かに感染してるのかい?」


「いや、オレは抗体があったらしいんだ。だから何にも感染してねェ。憎んだもんだぜ? 他の連中はバカスカとんでもねェ力を振りかざすからよ、羨ましいったらありゃしねェ」


 抗体持ち=無能力者ということか。

 じゃあ、このオッサンはその上で感染者を仕留めてたのか?


 さらりと言い放つが、とんでもないことだ。

 俺だってヤマイの力が無ければ、今頃上半身だけで地面に転がっている。


「オレは銃が好きだ。何よりも。だからこの世界に来た時、好き勝手殺して好き勝手銃を作れることに歓喜したもんだ。だが、理解者ってのは中々いねェもんでな。一時期から銃づくりをやめて、あんちゃんみたいなヤツを探してたのさ」


「もし興味がないと言ったら?」


「いい銃の素材になるだろうよ」


 想定通りの返答。

 なら、こちらも軽い要求ぐらいはさせてもらおう。


「話をするのは構いやしないが、それにはちょっと物足りないとは思わないかい、オッサン」


「ほう、ふっかけてきたな? 言ってみろ」


 俺が、この世界に来てから恋しかったもの。

 俺の脳と、心臓を駆動させるために、なくてはならないもの。


「ガソリンと、熱さ」


「……なるほどな、とっておきのがあるぜ。来な、あんちゃん」


 俺は起き上がると、狭苦しい部屋の、さらにその先の狭苦しい部屋に潜り込んでいった。


 そこには、俺が待ち望んでいたものがあった。


「ケッ、銃見た時より目ェ輝かせやがって。ま、オレもウン十年ぶりの邂逅だがな」


 ポン


 数十年間、絞められていた栓を開けた。

 途端に部屋中が、懐かしい空気に包まれる。


「オレもこいつは、銃を語れるやつと()るって決めてたんだ。この世界に来た時、懐に入れたままでよ。ラッキーだったな、あんちゃん」


「あぁ……。やっぱり、生きとくもんだな」


「そうだな。どこにだって、生きがいってのは転がってるもんだ」


 おそらくはこれも人骨をくりぬいたものなのだろうか。

 歪なコップに、琥珀のような輝きが注がれていく。


「それじゃ、今日までの命と」


「アンタの銃に」


 乾杯。


 4日ぶり。

 されど、4日ぶり。


 口の中いっぱいに、樽の香りが広がる。

 鼻を抜け、脳に染みわたり、やがて涙腺を刺激する。

 アルコールの熱さと、溢れ出そうになる俺の涙を堪えながら――


 ゆっくりと、飲み込んでいく。


 舌先には、うっすらとしたバニラ香が甘みを残す。

 それにすがりつくように、喉の奥から唾液があふれ出した。


「ハハ」


 やばい。

 笑えるほど、うまい。


「あんちゃん、よっぽど好きなんだねェ。どうだい? エンジンはかかりそうかい」


「ちと熱が足りねぇな」


「わーったよ、忘れてねェよ、コンチクショウ」


 オッサンは一本タバコを手渡しながら、おもむろに立ち上がる。

 棚をしばらく物色した後、一丁の拳銃を選び取った。


 S&Wスミスアンドウェッソン M(モデル)29。

 

「やっぱりダーティーハリーか」


「知ってるじゃねェか、あんちゃん。いいねェ。やっぱり、男は一度これを握りたくなるもんよ」

 

「よく再現したもんだ」


「血眼になるまで見てきたからな。ただ、現物よりはちと重めだ。ヤマイのせいだろうな、ほれ」


 受け止めた銃身は、確かにハンドガンとしては随分とずっしりしている。

 だが、俺はこれぐらいの方がちょうどいい。

 

 人殺しの道具が、軽くていい筈がない。


 軽く弄る。

 素人目にもわかるほど、出来がいい。

 文字通りの職人芸だ。


 銃が好きなだけでは、ここまで人骨を抜群に加工することなど不可能だろう。


 撃鉄を起こす。

 弾丸が一発だけ入っているのを、俺は見ている。


「試し打ちかい」


「あぁ、構わねぇか」


 オッサンは無言で頷く。

 俺は嬉しそうなにやけ顔を横目に、葉巻を咥えた。


 重い反動。

 手首の関節が軽く悲鳴を上げる。


 微かに、タバコの先端を銃弾がかすめた。

 

 一瞬の、赤い閃光。

 

 それを見逃さず、俺は一息に吸い込んだ。


「なるほどな。こいつは、粋だねェ……」

 

 紫煙が、まっすぐに吹き抜ける。

 脳細胞が、心臓が、じんわりと熱を帯びた。


 堪らないね。


「エンジン、フル稼働だ」


「待ちかねたぜあんちゃん。そいじゃ、本題に移ろうか」

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