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「人生、やり直しできます。ただし“選択のログ”は消えません」  作者: kaiくん
第1部 やり直しの快感編

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第14話 最適化という快感

うまくいく選択には、独特の手応えがある。


 それは派手な勝利の感覚とは少し違う。

 むしろ、もっと静かで、もっと確実だ。


 余計な失敗を避けたとき。

 少しだけ先回りできたとき。

 言うべき言葉を言えて、飲み込まなくて済んだとき。


 そういう場面で胸の奥に残る熱は、じわじわと癖になる。


 朝、目が覚めた瞬間から、今日は少し違っていた。


 視界の端を見る前に、頭の中で自然と考えていたのだ。


 今日は何を整えられるだろう。


 仕事かもしれない。

 会話かもしれない。

 判断の順番かもしれない。


 その発想がもう当たり前みたいに出てくることに、半歩遅れて気づく。


「……だいぶ染まってるな」


 ベッドの上で小さく呟く。


 それでも、否定はしきれなかった。


 これまでの人生では、“なんとなくやり過ごす”が基本だった。

 失敗しないように縮こまって、結果として何も変えられない。

 そんな日々よりは、今のほうがずっといい。


 部屋を出る前、視界の端に意識を向ける。


【選択ログ】

失敗:127

回避:3

保留:12

成功記録:12


 12。


 数字を見た瞬間、胸の奥が静かに熱を持つ。


 増やしたい、と思う。

 その感覚を隠せない。


 成功記録は、ただの結果表示じゃなくなりつつあった。

 今の俺にとっては、自分が前へ進めている証明そのものだった。


 駅へ向かう道でも、自然と周囲がよく見えた。


 信号の変わるタイミング。

 人の流れ。

 自分がどこを通れば止まらずに済むか。


 そんな小さなことまで、今日は妙に頭へ入ってくる。


 最短距離を選ぶ。

 無駄に立ち止まらない。

 混む位置を避けてホームに立つ。


 ただそれだけのことなのに、胸の内では小さな満足感が積み重なる。


 今までも同じ駅を使っていた。

 でも“なんとなく”立って、“なんとなく”歩いていただけだ。


 今は違う。

 選べる。

 整えられる。


 それが妙に気持ちいい。


 電車に乗り込み、ドア横に立つ。


 視界の先に奈緒の姿はない。

 それを確認しても、以前ほど気持ちは乱れなかった。


 会いたい気持ちはある。

 けれど今の俺は、会えるかどうかまで含めて“流れ”として捉え始めている自分がいた。


 焦らなくていい。

 無理に何かを動かさなくても、接点はすでにある。


 そう思えること自体が、少し前の俺とは違う。


 会社へ着くと、業務はいつも通り始まった。


 だが、今日はその“いつも通り”の中に、妙な手応えがあった。


 朝一番のメール確認。

 返信の順番。

 今すぐ返すもの、少し寝かせるもの。

 誰にどの表現を使うか。


 以前なら無意識にやっていたことを、今日は少しずつ意識して整えていく。


 そのたびに、微細な快感がある。


 雑に返して後で気まずくなるくらいなら、今一文だけ丁寧にする。

 口頭で確認したほうが早いものは、メールを打つ前に席を立つ。

 先に詰まりそうな箇所へ手を入れておく。


 全部、小さいことだ。

 でも、そういう小さいことの積み重ねで仕事の流れは大きく変わる。


「村上さん、今日なんか異常に早くないですか?」


 高橋が感心したように言う。


「何がだよ」


「全部です。返信も、確認も、動くタイミングも」


 言われて初めて、自分でも少しやりすぎているかもしれないと思う。


「そんなに変か?」


「変っていうか……無駄がない感じです」


 無駄がない。


 その言葉に、胸の奥が小さく震える。


 たぶん今の俺は、その状態を気持ちいいと思ってしまっている。


 無駄がない。

 失敗が減る。

 選択が整う。


 それはつまり、“前の人生の自分より優れている”という感覚に近い。


「まあ、今日はちょっと調子いいかもな」


「それで済ませるのずるいですよ」


 高橋は笑いながら去っていく。


 冗談半分のやり取りなのに、そのあとも言葉が頭に残った。


 調子がいい。

 たしかにそうだ。


 でも、それだけじゃない。

 これはたぶん、ただの好調じゃなく、最適化に近い。


 自分の行動を、自分で調整して、前よりましな答えへ寄せていく感覚。

 そしてその結果が、ちゃんと仕事にも会話にも現れてくる感覚。


 それが、思った以上に気持ちいい。


 午前中、野上主任の案件の打ち合わせでも、その感覚ははっきり出た。


「先方への一枚目、これでどう思う」


 資料を渡され、俺は数秒だけ目を通す。


 すぐに、引っかかる箇所がいくつか見つかった。


「情報量は十分ですけど、最初に不安が立つかもしれません」


「どこで」


「“導入後の変更点”が先に来てるので。読む側はまず“面倒になるのか”って思うはずです」


 自分でも驚くくらい自然に言葉が出る。


「先に“変わらない部分”を見せてから、“変わると楽になる部分”へ流したほうが入りやすいと思います」


 野上主任は資料を見直し、短く頷いた。


「……なるほどな」


 その反応が返ってきた瞬間、また胸の内に静かな熱が走る。


 当たった。

 読めた。

 先回りできた。


 この感覚だ。


 大きな成功じゃない。

 誰かが拍手するわけでもない。

 でも、自分の中ではたしかに快感として残る。


 視界の端で、ログが更新される。


【選択ログ更新】

対象:営業案件資料構成

結果:最適化成功

成功記録:13


 13。


 数字が増える。


 その瞬間、思わず息が深くなる。


 また増えた。

 また一つ、前の自分よりいい選択ができた。


 その感覚が、もはや安心を超えて快感になっていることを、もうごまかせなかった。


 昼休み、食堂で一人になっても、頭の中では数字が残っていた。


 13。


 午前だけで一つ増えた。


 なら午後も。

 そう考えてしまう自分がいる。


「……まずいな」


 口ではそう呟きながら、心の奥では少し笑っていた。


 最適化できる。

 前よりうまく選べる。

 その事実を知ってしまったら、元の“なんとなく”には戻れない。


 奈緒から短いメッセージが届いたのは、そのときだった。


 


『今日もお仕事忙しいですか?』


 


 少しだけ、指が止まる。


 前なら、空いた時間に返そうとか、後で考えようとか、曖昧に先送りしていたかもしれない。

 でも今の俺は、すぐに考える。


 どう返せば自然か。

 重くならないか。

 でも、ちゃんと気持ちは伝わるか。


 その一つひとつを整えようとする。


 数秒考えてから、返信を打つ。


 


『今日は少し忙しいです。

 でも、そのぶんちゃんと進んでる感じがしてます』


 


 送信すると、またすぐ返事が来る。


 


『それならよかったです。

 村上さん、最近ちゃんと前向きに見えます』


 


 胸の奥が静かに揺れる。


 ちゃんと前向きに見える。


 仕事でも、高橋や課長に似たようなことを言われた。

 奈緒までそう感じているなら、もうそれは偶然じゃないのかもしれない。


 でも同時に、少しだけ怖くもなる。


 前向きでい続けなければいけないような気がしてくるからだ。

 期待される自分。

 うまくやれる自分。

 整っている自分。


 そういうものを、今の俺は少しずつ演じ始めているのかもしれない。


 視界の端にログが浮かぶ。


【関連分岐更新】

対象人物:印象安定

結果:好意的認識の継続

備考:無理な最適応答は疲労を生みます


「……最適応答」


 その表現に、少しだけ息が詰まる。


 たしかに今の俺は、奈緒とのやり取りにまで“良い返答”を探している部分がある。

 自然に話したいのに、同時に失敗もしたくない。


 それはもう、最適化だ。


 午後の業務でも、その傾向は強まった。


 資料の修正。

 会話の順番。

 提出のタイミング。

 どれも少しずつ、前よりいい答えを探してしまう。


 そして皮肉なことに、そのほとんどはちゃんとうまくいく。


「村上、これ確認早いな」


「ありがとうございます」


「最近、だいぶ仕事の流れ良くなったな」


 そんな言葉をもらうたび、心の奥で小さなスイッチが入る。


 もっと。

 次も。

 まだいける。


 気づけば、息を抜く場所が少なくなっていた。


 うまくいかせたい。

 整えたい。

 失敗を避けたい。


 その欲求は、もう仕事だけの話じゃない。


 人との会話も、移動の仕方も、返信の文面も、全部“少しでも良いほう”へ寄せたくなる。


 そして、そのたびに小さな報酬が返ってくる。


 評価。

 安心。

 成功記録。


 夕方、ふとした瞬間に肩の力が抜けず、ようやく自分が少し疲れていることに気づいた。


 うまくいっているのに、疲れている。


 その感覚が少しだけ奇妙だった。


 前の人生では、うまくいかないことに疲れていた。

 今は、うまくいかせ続けようとすることに疲れている。


 帰り道、駅まで歩きながら、ふいに視界の端が赤く明滅した。


【注意】

現在の選択傾向は“最適化優先”へ偏っています

感情処理より結果制御を優先する状態が増加中


備考:

快感は、反復によって判断基準そのものを置き換える場合があります


 立ち止まりそうになる。


 快感。

 反復。

 判断基準の置き換え。


 ログは、今の自分が感じていることを、あまりにも正確に言葉にしてきた。


 うまくいくのが気持ちいい。

 失敗を避けられるのが嬉しい。

 その感覚を知ったせいで、“何をしたいか”より“何が最適か”を先に考え始めている。


 それは、正しいのか。


 いや、少なくとも効率はいい。

 前の俺よりずっとましだ。


 でも――

 それだけでいいのか。


 部屋へ戻ったあとも、その感覚は消えなかった。


 ベッドに腰を下ろし、今日一日を思い返す。


 仕事は進んだ。

 評価も悪くない。

 奈緒とのやり取りも穏やかだった。

 成功記録は13になった。


 それなのに、どこか静かに疲れている。


 心がすり減っているわけじゃない。

 ただ、ずっと頭を働かせ続けていた感覚がある。


 何を選ぶか。

 どう返すか。

 どこを直すか。

 どうすれば前よりいいか。


 その連続だ。


 視界の端に、最後のログが浮かぶ。


【本日の総合記録】

成功記録:13

最適化成功:複数

精神状態:高揚疲労

対人反応:安定


警告:

“うまくいくこと”そのものが目的化した場合、他者影響の把握精度が低下します


 その一文を、しばらく見つめる。


 うまくいくことそのものが目的化する。


 たしかに、少しずつそうなっているのかもしれない。


 前の俺は、選べなかった。

 今の俺は、選べる。


 でも選べるようになった先で、

 “何のために選ぶのか”が、少しずつ曖昧になり始めている。


 最適化という快感は、甘い。

 そしてたぶん、思っているよりずっと危うい。


 明日、何かが見えてくる気がした。

 今まで曖昧だった“他者影響”の輪郭が。

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