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かつて人間だったもの

2026年 9月19日 土曜日 00:42


「ちっ、どうすっかな……」


 舌打ちと共に、晶はもう十分以上は続いている同じ光景に悪態を吐く。

 大きな扉の前に立ちながら、彼女は長考していた。


「こいつも呻くだけでダメだし……キング達も居ねぇし、参ったな」


「うぅ……わ、わたしは……」


 晶は背中に抱えた父親を一瞥すると、言葉を漏らした。

 彼女の父、安男は先ほど落下してくる前と同じような状態で居る父を見て少しだけ悲しそうな顔をする。


「気は進まねぇがやっぱりこの先に進むしかねぇか……オイ、しっかり捕まってろよ!」


 大きな扉の上には実験室と書かれており、晶は大きく息を吸って背中の父へ声を掛けると扉を力強く蹴破った。

 扉は勢いよく部屋の中に飛んでいき、彼女はその後をゆっくりと進む。


「さぁ誰か居るなら掛かって……ってなんだこりゃ?」


 扉の先には広大な空間が広がっていた。

 物流倉庫の様な場所には沢山のコンテナが置かれており、他にも液体で満たされたカプセルなどが置かれている。


「さっき実験室って書いてあったよな? 高校の理科室みてーのを想像してたんだが……こいつは前にテレビで見たママゾンのなんちゃら倉庫って奴みてーだな」


 晶は首を捻りながら、眼下に広がる広大な倉庫に対しての感想を漏らした。

 そして彼女はそのまま、手摺のついた階段をゆっくりと降りていく。


「しかしこの無駄に広そうな場所から出口探すのかよ……うちの学校の体育館何個分あんだよここ?」


「こ、こは……」


「あぁはいはい、よくわかんねー場所に来ましたよっと。 色々調べてるからテメェは黙って背負われておけ」


 晶がキョロキョロと周囲にある大きなコンテナを眺めていると、安男が声を上げた。

 だが彼女はそれを子供をあやすように適当に返事を返し、歩みを進める。

 

「お? あそこが出口か?」


 山積みにされた棚やコンテナの間にある道をすり抜け、晶は開けた場所に出た。

 開けた空間の先に扉があり、彼女は安堵の息を漏らす。


「ったく迷路みてぇにしやがって……しかし、こりゃ何が入ってんだ?」


 晶は扉に向かって真っすぐ進みながら、近くに立っている透明なガラスの筒を見る。

 その巨大な筒は黄金色の液体で満たされており、中には何かが入れられているように彼女には見えた。


「熊か何かは入ってんのか……?」


 その中身に興味を持ったのか、晶は筒の一つに吸い寄せられるように近づいた。

 だが……。


「ちっ、この変な水のせいでよく見えねぇな……眩しすぎんだろこれ」


 筒に近づいてもその中身が見えることはなく、晶は目を細めると悪態を吐きながら筒を軽く小突いた。


「まぁどうせ悪趣味な代物だろうし、ぱっぱとさっきの声の奴のとこまで行って──」


「あ、あぁぁぁぁぁ!!」


 中に入った液体の眩しさに晶が顔を背け、出口の方を見ていると背中に背負っていた安男が声を上げた。


「耳元で叫ぶな! ったく、どうしたんだよ」


「あ、あ、あ……!」


 晶はそのまま視線を安男の方へ向ける。

 すると、安男は恐怖に凍り付いた顔で目の前にある筒を見ていた。


「あん?」


 その筒の表面に、黒い手の様な物が浮かんでいた。

 液体の奥から、ゆっくりとその手の持ち主が近づいて来る……それを見た時晶もまた声を上げた。


「ひっ……うおおおお!?」


 それは怪物だった。

 晶は大声を上げながら後ずさりをし、右手に持った得物を構えた。


「な、なんだ……コイツぁ!?」


 両手は人の形をしているが、節くれだち皮膚はぶくぶくに膨れ上がっている。

 そしてその怪物の顔は醜く、手に比べて異常な大きさを誇っていた。


「AAAaaaa……」 


 怪物は晶に気付いたのか、ガラスの筒を両手で叩き始める。

 すると直ぐに筒には罅が入り、中の液体が漏れ始めた。


「ヤベェ!」


 晶は背負っている父親の身を案じ、一目散に出口に向かって駆け出していく。

 駆けだすのと同時、怪物は筒を破り液体と共に流れながらフロアに現れる。

 

「aaaaaiiiIIIII!」


「……んだあの化け物は!? ったく悪趣味過ぎんだろ!」


 走りながら、後ろ目に怪物を確認した晶は改めてそう叫んだ。

 その怪物の下半身は人間と全く同じだったが、その上半身部分は巨大な頭部となっておりその頭部から先ほどの腕が生えていた。

 また頭部や背中の部分には人間で言う所の臓器が露出しており、ドクドクと脈打っている。


「よくわかんねぇ化け物と遊んじゃいらねぇんだよ、こっちは!」


 晶は叫びながら、未だ体勢を整えられていない怪物を無視し扉へ到着しドアノブを握った。

 しかし、その扉が開くことは無かった。


「あぁ!? くっそ……開きやがれ!」


 扉が開かないと見るや、晶はすぐさま力づくでの解決に移行した。

 四トントラックすら蹴り飛ばすであろう彼女の蹴りを食らい、扉は開くかに思われたが……それはビクともしなかった。


「無駄です、その扉はその怪物を始末しない限り開くことはありません」


「あぁ、またテメェか!」


 天井にあるスピーカーから、再び女の声が流れた。

   

「では検討を祈ります」


「おい、ま──クソったれ!!」


 女は一方的に告げると、そのまま音声は聞こえなくなり晶は怒りで目の前の扉を更に強く蹴りつけた。

 だがやはり女が言ったように扉は壊れる様子すら無く、彼女は本日何度目かの舌打ちをすると背中の父親を扉にもたれ掛る様にして下ろす。


「……動くなよ、直ぐにアイツを始末してくらぁ」


「き、きけん、だ……」


「だったとしてもやらなきゃなんねぇだろうが! 逃げても状況は変わらねぇ……!」


 怪物が起き上がり、ゆっくりとこちらへ近づいて来るのを見ながら晶は父へ叫んだ。

 それはかつての不甲斐ない父へ怒っているのか、それとも……。

 

「さぁ行くぜ!」

 

 晶は一歩を力強く踏み出し、右手に握った愛用の釘バットを構えた。

 怪物へ高速で近づくと、巨大な頭部を支える下半身に向けて姿勢を低くしたまま勢いよくバットを振りぬく。


「aaaAAAAAAA!! ITAAaaaaIIIeeeeeeeeee!」


 怪物は勢いよく振りぬかれた釘バットによって足払いの形を受け、そのまま横たわる様に体勢を崩していく。

 晶はその隙を見逃さず、回し蹴りを頭部に叩き込む。

 怪物はその渾身の蹴りを受け、縦回転をしながら無数に並ぶガラスの筒へ向けて吹き飛んでいった。


「へっ、口ほどにもねぇな……オイ、お望み通りぶっ殺してやったぞ! さっさと扉を開けやがれ!」


「……さて、それはどうでしょうか」


「あ?」


 天上にあるスピーカーに向けて晶は叫ぶが、その返答を聞き彼女は吹き飛んでいった怪物の方を見た。

 怪物はまだ生きていた、ゆっくりとその奇怪な腕を用いて頭部を持ち上げていく。


「さっきので蹴りは大分手ごたえあったんだがな……んじゃ次はバラバラに引き千切ってやらぁ!」


 晶は床に釘バットを叩きつけ床を砕くと、その浮かび上がった破片を怪物に向けて釘バットで打ち出していく。

 鋭利な刃物のように尖った破片は怪物へと飛来し、その表皮を傷つけていく。


「ITaaaaIIeeee!」


 怪物は悲鳴を上げ、その耳をつんざくような叫び声に晶は一瞬怯む。

 その怯みの間に怪物は切り裂かれた表皮を再生していく。


「傷が治った? さっきのアタシの蹴りも入った瞬間に治してたのか?」


 怯みながらも、敵の様子を観察していた晶はその結論に達すると再び駆け出した。


「だったらやっぱりバラバラに分解すりゃいいってこったぁ!」


 怪物は近寄ってきた晶に向かって両腕を使って捉えようとするが、その緩慢な動作では彼女を捕まえられない。


「おせぇ!」


 両腕を避けると、晶は怪物の右手の付け根へ向かって釘バットを叩きつけた。

 彼女の一撃に怪物の腕は容易くもげ、腕が彼方へ吹き飛んでいく。


「aaaAAAA!!」


「っるっせぇんだよ!」


 右手をもがれ、叫び声を上げる怪物に晶は叫ぶと今度は釘バットを横一文字に薙ぎ払い腹部を切り裂く。

 釘バットの軌跡通りに腹部は裂かれ、その内部からどす黒い血が大量に流出する。


「GYAAAAAAaaaaa!!」


「くたばりやがれぇ!」


 悲鳴を上げ、悶える怪物を晶は滅多切りにしていき……数秒後には巨大な頭部と胴体は完全に分かたれた状態で地面に転がることとなった。


「はぁ……はぁ……ちっ、手間取らせやがって」


 晶は息を荒げながら、バラバラになった怪物を見ていた。


「aaaaaa……itaaaaieeee……」


 怪物は最後にそう小さく叫びを残しながら、動かなくなった。

 それを見て、晶は大きく安堵の息を吐く。


「素晴らしい、流石ですね玖珂晶」


 怪物が死ぬのを見届けると、晶の耳に再び女の声が響いた。

 女は乾いた拍手の音を響かせると、言葉を続ける。


「ではどうぞ先にお進みください、あなたに処理してもらう失敗作はまだまだ居ますから」


「ちっ、クソ女が……」


 晶は女に悪態を吐き、怪物に背を向けると父へと近づく。


「だ、だいじょうぶ、かい……?」


「……たりめーだろ、おら行くぞ」


 安男の言葉に頷くと、腰が抜けていた彼を再び背中に背負い晶は扉を開けて進みだした。

 

─────────────────────────────────────


 同時刻、原井生物研究所内部。

 

「……上手く撮れましたか?」


「はい、問題ありません」


「そうですか、では大門司様に任されていた作業の方は彼女に一任するとしましょうか」


「えぇ、魔人様々ですね」


「全くです、毎回こうやって思う様に事が運んでくれると良いのですがね」


 原井はモニターに映っている晶を見ながら、そう言葉を零した。


「残りの二人はどうです?」


「現在Xシリーズによる掃討中です、こちらも時間の問題でしょう」


「なるほど、外部から彼らの増援は?」


「感知はしていません、本当に来るのでしょうか? 意外と──」


「油断はしないように、引き続き警戒を続けなさい」

 

 巨大なモニターに映る誠と花、そして研究所の外部の映像を見ながら主である原井は部下の気を引き締める。

 そして晶が居た部屋の怪物を再び見る。


「……かつては財閥として名を知らしめた四井保険の会長も、こうなっては哀れなものですね」


 怪物──かつて人であったもの──を侮蔑するような眼差しを向け嘲笑すると、モニターの画面を切り替えた。



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