想定外
2026年 9月18日 金曜日 18:30
「ふー、食った食った、ごっそさん」
晶は手にしていた茶碗から米粒を残さず食べると、それを机に置いた。
「はい、お粗末様でした」
誠は晶の食べっぷりに嬉しそうな表情を見せ、手元で読んでいた近代戦術に関する本を置く。
そして彼女が食べ終わった食器を片付け始める。
「お前が一人暮らし初めてそろそろ半年だったか? 料理の腕前上がったんじゃねーの?」
「ははは、家には料理の味に五月蠅いのが一人居るからね」
「あぁアモンか、確かにあいつはそういうのうるさそうだな」
爪楊枝を使って歯の掃除をしながら、晶は天井へ視線を向けながらアモンの事を思い浮かべる。
そして今その場に居ないアモンについて、彼女は尋ねる。
「んでそのアモンは何処行ったんだよ、便所か?」
「いや、一足先に今日行く場所を偵察してもらってる」
「あぁ、なるほど……」
誠はそう答えながら、晶の前にお茶を注いだ湯呑を置く。
晶はそれに礼を言うと、湯呑に口を付ける。
「……悪いな、アタシがドジ踏んだからオマエらまで巻き込んじまって」
「別に謝る事じゃないさ、むしろ今までバレてこなかっただけ良かったって思おうよ」
「えらく前向きだな」
「起きちゃったことは考えすぎても仕方ないさ、それに……俺や花ちゃんが今の晶の立場になってたかもしれないんだ」
真剣な表情で誠はそう言うと、先に入れておいた自らの湯呑へ口を付ける。
「だから気にしないで晶、今日は皆で晶のお父さんを助けよう」
「……すまねぇ」
すまなさそうに顔を俯ける晶に、誠は微笑みかけながらお菓子を差し出す。
「集合時間まではまだ間があるし、それまではゆっくり休もう晶」
「そうする、少し寝るわ」
「うん、おやすみ晶」
晶は湯呑からお茶を飲み干すと、椅子から立ち上がり部屋を出ていく。
それを見送ってから、誠は右手を握った。
「そう、必ず助けて見せる……!」
「ククク、そう力み過ぎると助けられるものも助けられんぞ」
手に力を籠めると同時、表情も強張っていたのかそれを指摘され誠は顔を上げる。
「アモン、いつの間に」
「先ほどアキラが出ていくのと入れ違いで戻ってきた」
誠の視線の先には窓を開けて中に入ってきたアモンが居た。
アモンは翼で器用に窓を閉めると、椅子の背もたれへ飛び移る。
「お前達の恋愛模様を見せつけられなかったのは不幸中の幸いだな」
「恋愛って……三木おじさんみたいなこと言うね」
「……やれやれだな」
誠の返答にアモンは豆鉄砲でも食らったような表情をし、その後呆れ顔で首を横に振った。
「まぁお前達の関係がどうだろうと我には関係ない、それよりも偵察結果だ」
「うん、どうだった?」
「偵察などと言う雑事は本来地獄の大侯爵である我がするような事では無いが何事も完璧にこなすのが我である」
仰々しく胸を張り、自らを誇るような態度を取りながらアモンは言葉を続ける。
「はいはい、分かったから結果はどうだったの?」
「相変わらず不遜な態度だ、だが許そう……結論から言うと特に何も無かった」
「何も無かった? どういうこと?」
「言葉の通りだ、確かに異界への穴らしき痕跡はあったが閉じていた」
「見張りは? 閉じていたって言ってもその周囲に誰か居なかったの?」
首を傾げる誠に、アモンは首を横に振って答えた。
「それも無い、小型カメラを使って古森と周囲の監視機器に関しても調べてみたがその類も無かった」
「ふむ、ということは……異界の中で待ち伏せされてる?」
「その可能性は高いな、入った途端に囲まれて出口も塞がれる……と言うのが最悪のパターンだ」
誠はアモンの報告を聞き、顎に手を当てながら目線を外へ向け思案し始める。
「そうなると……やっぱり捕まった時の事を考えてチームを分けるしかないね」
「それが妥当な案だろう、敵も当然それを想定してくるのは間違いないがな」
「あぁ、つまりそうなると捕まるかもしれないチームよりも隠れているチームの方に戦力を重点的に置かなきゃいけない」
「ククク、付け焼き刃の知識だがとりあえずは合格だ」
アモンは嘲笑ではなく、珍しく普通に笑いながら嘴を翼で覆った。
「褒め言葉どうもありがとう、さてそれじゃ囮になるチームと隠れるチームの人員だけど……」
「囮となるチームは既に顔が割れている人員が好ましいだろう」
「俺もそう思う、つまり俺と晶、そして花ちゃんの三人だ」
「コモリを外す選択は賢明だな、顔が割れているとは言え奴は戦闘には向いていない」
「間違いなく戦闘になるだろうし、もしそうなったら古森さんが人質に取られる可能性もあるからね……そうなることは避けたい」
誠はテーブルを指先で何度かトントンと叩きながら、考えを纏めていく。
「ではそうなると隠れているチームは残りのミネ、コモリ、ミキの三人か」
「だね、先生は石動市で顔を見られてはいるけど……囮チームに先生まで投入したら俺達を助けるチームが戦力不足になっちゃうからね」
「今の所ミネ一人でお前達三人を上回る実力がある、妥当な配置だな」
「先生が仲間になってくれて本当に助かったよ、敵になっていたらと思うと恐ろしい……」
誠は人員割りに納得したのか、腕組をしながら頷いた。
「それもいつまで味方かもわからんがな、妹の問題が解決すればそれ以上は付き合うまい?」
「それは……そうだね、そうかもしれない。 だからそれまでに俺達は俺達でやれることをやっておこう」
「フン、相変わらず前向きな男だ」
「そういうの好きだろ、アモンも」
「ソロモンを思い出すから我は嫌いだ」
心底嫌そうな顔をして、アモンはそっぽを向く。
誠はそんな彼に笑いながら、携帯で全員に連絡を取るのだった。
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同日、深夜0時
神奈川県鶴見川に掛かる小さな橋の上に、誠達は集まっていた。
彼らは念の為、顔の隠れる目出し帽を被りながらゆっくりと異界の穴がある場所へ向かう。
「……とりあえず、ここまでは何も無いみたいだね」
「み、みたいですね……!」
「となるとやっぱり、向こう側か」
三人は改めて周囲を見回した後、目の前に見える異界の穴を見つめた。
「アモン、この穴はさっき見た時には無かったんだよね?」
「正確には塞がっていた、だな。 それが今になって開いているということは……」
「間違いなく先に敵が居るってこった」
晶の言葉に、残りの二人が頷いた。
「……ここから先はかなり危険なのは間違いない、二人とも油断しないで」
「大丈夫です、私覚悟なら出来てます!」
「へっ、たりめーだろ。 さっさと敵をぶっ飛ばして……ついでにあのクソボケを助けてやるとしようぜ」
全員が再び頷きあうと、三人は異界の穴へと身を投じる。
世界が一瞬歪み、次の瞬間三人は魔人の姿で異界に姿を現していた。
「しゃぁっ! どっからでも掛かってきやがれってんだ!」
勢いよく晶が背中から得物を取り出し、振り回そうとして彼女はそれに気付いた。
「おぉ……んだこれ?」
「うわー……」
「センス悪いですね!」
三人は異界に入ると同時に、大きな建物の前に居た。
その建物の外観はリープリヒ製薬の工場に酷似していたが、幾つか違う部分があった。
まず一つは建物の表札が、原井生物研究所となっていたこと。
そしてもう一つが……。
「確かにすんげー悪趣味な銅像だな、どんだけデケェんだよ」
工場の隣に立つ、自由の女神の様な大きさの銅像だった。
銅像は恐らくその原井を模したのであろう女性像であり、その右手には本を抱え、左手には松明を掲げていた。
「自由の女神像の、パクリかな?」
「かもな、しかし生物研究所ってのぁなんだ?」
「怪しい響きですね……」
「敵は……やっぱりここにも居ないな」
誠は銅像から周囲に目を配り、確認をするがやはり誰も居らず息を吐いた。
「ならそこの建物に入ってみるしかねぇな、とらあなに入らなきゃ~って奴だ」
「それを言うなら虎穴ね、ともあれクイーンの案には賛成だ」
「私も賛成です、気を付けながら行きましょう!」
三人は研究所の入口に目を向け、駆け出す。
自動ドアの前まで辿り着き、その向こう側にある人物がいる事を確認した。
「……玖珂さん!」
自動ドアの向こうに広がる大きな受付フロアには、虚ろな表情をした晶の父親が立っていた。
誠がそれを視認し、声を上げると同時に晶も父親の存在を視認する。
その瞬間、彼女は扉を自動ドアを破壊して内部に侵入していた。
「オイ……オイ! オイ、テメェ生きてんのか!?」
一目散に父親の場所まで駆け、辿り着くと晶は父親の肩を揺すった。
「あ……あ……?」
「チッ、ゾンビじゃねーんだ! はっきりしやがれ!」
「クイーン、あまり乱暴にしちゃダメだ。 玖珂さん、俺の声が聞こえますか? ここがどこか分かりますか?」
「あ、う…………く、が……?」
ゾンビの様な表情で、誠の呼びかけを反復するように安男は呻く。
「……わかんねぇのか? 玖珂安男、テメェの名前だろ」
「あ……あ……わ、わからない……思いだせない……なにも、わからない……!」
「……そんな」
「アモン、どう思う?」
「さぁな、一時的な記憶の喪失にも見えるが……何かされたという線も捨てきれん」
晶の言葉に、安男は両手で頭を抑えるとそのまましゃがみこんでしまう。
その様子を見て誠はアモンに尋ねるが、彼は首を横に振る。
「……何にせよまずは生きていて良かった、どうして敵が来ないのかはよく分からないが今のうちに──」
「逃げる、ということでしたら許容できません」
「だっ──うおぉぉぉ!?」
「きゃあああああ!」
「お、落とし穴……うわぁぁぁ!」
四人が立っていた部屋の床が突然、女性の声と同時に消失した。
全員は同時に落下を始め、晶は近くに居た安男を右手で捕まえる。
「キング、どっかに前みたいに矢飛ばして掴まれねぇのか!?」
「あぁ、やってみる!」
晶の提案に、誠は即座に肯定の返事を返す。
右手で炎の槍を作るとそれを壁面に投擲する。
「なにっ!?」
だがその槍は壁面に刺さる事は無かった。
槍が近づいた途端、壁面がグネグネと蠢き始める。
壁だと思っていたものは実際は触手の群体であり、熱を嫌って槍を避ける様に壁に穴を開けすり抜けさせる。
「んだとぉ!?」
その壁は槍を避けたどころか、今度は逆に誠と花の二人へ違う壁が触手を伸ばし捕まえる。
「うわっ、し、しまった……」
「きゃー! き、気持ち悪い!」
「キング、ルーク!」
落下しながら、捕まった二人を見ながら晶は叫ぶ。
だが二人はそのまま壁の中に触手ごと飲み込まれ……晶と安男もまた地下へと落下していった。
「くそったれ!」
それからかなりの時間を落下し続け……晶は地面に着地した。
かなりの衝撃が予想されていたが、どうやらこの床もまた触手の群体であるらしく弾力のあるマットに着地するように衝撃を吸収した。
「うぉぉぉおっとぉ!?」
晶は着地して直ぐに真上を見るが、落ちてきた穴は触手の壁が塞ぎ見た目は完全に金属の床になった。
そして次に彼女は自らの父を見るが、彼は未だにぶつぶつと何かを呟きながら虚ろな目をしている。
「くそ、こういう感じの罠があるとは思わなかったぜ……」
「であるならば、それはあなたの想像力不足ですね玖珂晶さん」
「っ!? 誰だ!?」
一本道の通路に、女の声が響いた。
晶がその声に驚き周囲を見回すと、天上付近にスピーカーが設置されており声はそこから発されていた。
「あなたをここに招いた者ですよ玖珂晶さん、いえ……クイーンとお呼びした方が?」
「チッ、コイツ……おいテメェ! アタシの仲間はどうした、手出してたら許さねぇぞ!」
「無事だと思いますか? もしそうならお目出度い頭をしていますね」
「舐めた口聞きやがって……出てきやがれ、ぶっ飛ばしてやる!」
「……ではこの通路の奥までどうぞ、最奥部で待っていますよ」
女の声はそこで途切れ、晶は大きな舌打ちと共にスピーカーを愛用の釘バットで破壊する。
「野郎の誘いに乗るのは癪だが仕方ねぇ……キングとルークも無事だと良いんだが」
晶は視線の先にある一本道の通路を睨みつけ、父を右脇に抱えたまま走り出した。




