脅迫
2026年 6月19日 金曜日 17:12
夕暮れの秋葉原、隅田川。
そのほとりにある一つのマンションの前に誠とアモンは立っていた。
「えっと、ここ……だな。 古森さんが指定した場所」
「……本当にこの場所か? どう見ても人が住んでいる様には見えんぞ」
そのビルを見上げる二人の表情は不安げだ。
それもそうだろう、目の前にあるビルは殆ど完全な廃墟となっておりどう見ても十年以上は放置されている様な外観と荒れっぷりである。
「俺にも人が住んでるようには見えないけど……古森さんから送られてきた位置情報はここになってる」
「謀られたのではないか? そもそもこちらの提案に二つ返事をした段階で我は怪しいと思っていたのだ」
そう言われて、誠は古森のやり取りを思い出していた。
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「えぇ、そういう訳で俺達のやってる部活でそういう変わった事件とかオカルト的なものを集めてまして……古森さんなら何か知ってないかなと思って連絡をしたんです」
現在から遡って二日前。
誠は放課後、自室で古森に電話を掛けていた。
電話を掛けると彼は直ぐに反応し、誠は事前に用意しておいた言い訳を説明する。
「なるほどっス、高校生も大変っスね~とりま自分が知ってる程度で良いなら構わないっスよ」
「あ、ありがとうございます! それならメールで──」
「いやぁメールで内容送っても良いっスけど、どうせなら直接会ってあーだこーだ話す方が楽しいっスよ?」
「え、でも大学で忙しいんじゃ……?」
「自分一回留年してるんで、割と単位は余裕っス、むしろ暇を持て余してるくらいなんで遊んでほしいっスよ~」
古森はそう縋る様に誠に言うと、彼は苦笑しながら答えを返した。
「はは、良いですよ。 それなら今週金曜日の午後はどうですか?」
「五時以降ならいつでもオッケーっス、それなら住所送るんで自分んちに来てもらっても良いっスか? 歓迎の準備しておくっス!」
「分かりました、それじゃあ二日後に五時過ぎに遊びに行きますね」
「はいはーい、そんじゃ乙っス~」
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と言ったやり取りを交わしたのが二日前。
そして現在、誠達は目的地であろう廃ビルの前に立っていた。
「さて、どうする? 一度出直すか?」
「いや……もしかしたら本当に中に住んでるかもしれないし行ってみる」
「虎穴に入らずんば虎子を得ず、か。 本来なら外に誰かを残したい所だが……」
「今日は晶も花ちゃんも飯田さんに会いに行ってるからね、仕方ないよ」
「何れにせよ進むのならば油断はするなよ、少々怪しい雰囲気だ」
こくりと頷くと、誠はアモンの入った鞄を手にしながら廃ビルへと近づいていく。
力強くしかし慎重に一歩ずつ歩みを進め、誠は自動ドアの前に立った。
その扉はもう何年も開いていない様で、電源も入っていないように彼には見えた。
だが……。
「あれ、開いた」
自動ドアの前に誠が立つと、それはその見た目からは想像できない滑らかな動きで彼を招き入れる。
「……行こう」
開いた扉を抜けると、誠の顔面に大量の埃が吹き付けた。
「うわっ……げほっ、ごほっ! な、なんだ?」
埃を諸に顔面に受け、咳き込み、涙ぐみながら目を開いた誠の視界の先には大量のガラクタが積み上げられた受付があった。
その受付の左右には更に奥に道が続いており、かつてここは何かの会社だったのであろうことを誠に感じさせた。
「どうやら以前は不動産会社だったようだな、見てみろマコト」
アモンは鞄から飛び出すと、受付の上に山の様に積まれた段ボールの上に飛び上がった。
段ボールの中には無数に書類が積まれており、アモンはそれを誠へ向けて放り投げる。
「うわっとと……えーと、何々? こもり不動産……古森?」
「ふむ、呼び出した本人が住んでいるかどうかはともかくここはコモリとやらに関係する場所のようだな」
誠は放り投げられた紙の束を拾うと、それを捲っていく。
書類の中身は、誠には良くわからない難しい単語が並んでおり、何とか拾えた単語を読み上げていく。
「債務者死亡……差し押さえ……帝国銀行……会田頭取?」
「どうだマコト、中身は解読できたか?」
「いや、駄目だ。 何となく検討はつくけど……専門用語が多すぎて完全には分からない」
「では、やはり奥に進んで呼び出した本人に聞くしかないな」
アモンの問い掛けに誠は首を横に振ると、書類を受付の机に置いた。
そして、その横に続いている道へと歩みを進めていく。
通路の先にも段ボールが山積みで置かれており、アモンはその上に留まっては羽ばたきながら誠と一緒に進んだ。
「……なぁアモン」
「なんだ」
ゆっくりと無人の廃墟を歩く誠、壁や地面は老朽化し所々が剥がれ落ちている。
「どうして、古森さんは俺をここに呼んだんだと思う?」
「単なるイタズラの為に呼び出した訳ではあるまい、お前に伝えたい何かがあるのだろう」
「伝えたいことか……」
「何れにせよ後は奴に聞くと良い」
「……あぁ、そうしようか」
二人は五分ほど廃墟の中を歩き、一番奥にある突き当りの部屋へと到着する。
その部屋の扉は破壊されており、部屋の中には見覚えのある男性が立っていた。
「古森さん」
「おっ、来てくれたっスね誠君とフクロウ君、どうっスかうちの会社は」
「うちの? じゃあやっぱりここは古森さんの……」
「会社っス、まぁ親の会社だった建物っスけどね」
「だった……?」
部屋の中心に立つ古森に、誠は声を掛ける。
すると彼は振り返り、笑顔で応対を始めた。
「潰れたんスよ、三年前の石動市での事件をきっかけにね」
「…………石動市」
「そう、君のお父さんがやらかした事件のとばっちりで自分の両親は死亡、会社も倒産で一気に転落人生っス」
笑顔を浮かべたまま、古森は会話を続ける。
「そういうわけで君の親には自分は大変迷惑してるっス」
「……その恨みを晴らすために、俺をここに呼んだんですか?」
「いいや、違うっス。 ちょっと二人だけで話し合いがしたかっただけっスよ」
「話し合い? 父さんの事件に関してのですか?」
訝しむ誠に、古森は笑いながら首を横に振った。
「ははは、違うっスよ。 自分が聞きたいのは……君が色山恵子に対して何をしたのかっス」
「っ! どういう……意味ですか?」
「あー、そういう誤魔化しは別にいらないっス、それとも君……いや、君たちが代々木公園で姿を消した瞬間を見たと言えば理解してくれるっスか?」
「マコト、この男……」
「因みに拒否権は無いっス、君たちが色山ビルの周辺からいきなり現れる姿も渋谷の防犯カメラから抜き出してあるっス、拒否するならこれをネットに投稿するっス」
アモンは誠の肩に乗ると、古森を睨みつける。
だが彼はそれを受け流し、誠を見つめ続けた。
「脅迫ですか……仮に俺達が何かをやっていたとして、それを聞いてあなたはどうするんですか」
「それはこっちの勝手っス、利用できそうならするし、出来無さそうなら別の使い道を考えるだけっス」
「まさか見られていたとはな……拒否権は無さそうだ」
「やむを得ないか……分かりました、説明します」
「聞き分けが良いのは大変良い事っスよ~、そんじゃ聞かせてもらうっス」
古森の脅迫に誠は逡巡したが、他に選択の余地は無いと理解すると彼にあらましを説明した。
自分達の能力、そして色山恵子と悪魔の関係を。
「なるほど……現実とは別の世界に悪魔……超常の力っスか、普通なら頭の病院を勧められるっスね」
「……信じないなら、別に俺は構いません」
「いやいや、実際に君たちが消えていくのを見た以上は信じるっスよ、しかしそうか、異世界っスか……」
誠の話を聞いて、古森は俯くと何事かを思案し始める。
数分の間、彼は黙りこくった後に顔を上げると口を開いた。
「一つ質問なんスけど、例えばその異世界には現実から物を持ち込めるんスか?」
「物ですか?」
「そうっス、例えば車や服、現金とか」
「それは……出来ます、そうじゃないと向こうに行ったときに全裸になっちゃいますから」
「ハハハ、確かにそりゃそうっスね、なるほどなるほど、そうっスか……」
そして再び何事かを逡巡すると頷いた。
「オッケーっス、なら今日は帰っていいっスよ」
「そう言われておめおめと帰るつもりはありません……この情報をどうする気ですか」
「自分を信用しろとは言えないっスけど、少なくとも君たちをどうにかするつもりは今のところは無いっス」
「今のところは、ですか」
「まぁ君たちが欲しがってる情報も含めて指示は追って出すっス、今日の所はとりあえず大丈夫っス」
古森はそう言うと、右手で誠を追い払うような動作をした。
「……今のところはこちらに選択権は無い、帰宅して全員で緊急会議をするしかないな」
「分かりました、なら今日は帰ります」
「ほいほい、お疲れっス。 道中気を付けてっス」
そう言って背中を向けた誠に、古森は右手を小さく振りながら別れを告げる。
アモンと誠はそのまま帰り道に、晶と花へ連絡するとデアデビルのアジトになっている自宅へ二人を集めるのだった。
次は多分日曜には上げられると思う…思う…




